9-1 「不死の山」火口内部へ……
「ここが頂上か……」
ドーム球場ほどの広さの火口を、俺達は見下ろしていた。
「火口が緩やかで助かったね、モーブ」
「そうだな、ラン」
「お皿くらいになだらかな斜面だもんね」
下に降りるルートを探しているのか、レミリアは斜面の岩や木など、ランドマークを順番に指差していた。
「ああ」
頂上火口が噴火したのは随分昔のようだ。経年により熔岩噴出孔はすっかり土で覆われ、たしかに深めの皿のような形になっている。地下熔岩の影響なのか地温は高いようで、火口内部には雪は残っていない。高山なので高木は無く、強風にも耐えられる捻くれまくった低木と草に、火口内部は覆われていた。
「ねえヴェーヌス」
「なんだリーナ」
「登ってきた『蛇の道』はどうするの。他の人が触れたら、魂が吸われちゃうんでしょ」
「あたしたちの下山時に使うから、あの道はまだ必要だのう」
もっともなことを言う。あれがないと滑落は必至だからな。登山は登りより下山時のほうが厳しいから。
「それに他人の心配も無用。永久に残るものでもないから、次の春までには自然に消える。宝永火口から上はかなり厳しい。冬に登ってくる馬鹿などおらんだろう」
「そうね……たしかに」
「それにここは、神域の聖山です」
巫女アヴァロンが頷いた。
「遊びで登る方などいません」
「そうね。でも念のため、下山したら麓の神職の方に注意を促しておきましょう」
マルグレーテが引き取った。
「さあモーブ、火口に下りましょう。中は広い。小さな鍵穴を見つけるのは難しいわよ」
「それならお任せ下さい」
アヴァロンが手を伸ばした。巫女服の袖が、長く垂れる。
「あそこに鍵穴があります。ちょうど……火口の真ん中ですね」
「よくわかるな」
「正巫女になりましたから」
俺に微笑みかけてくれた。そういや、「コーパルの鍵」を使うべき場所をサーチしてくれたのは、当時「のぞみの神殿」正巫女だったカエデだった。正巫女パワーを受け継いだアヴァロンが感じ取れるのは、当然かもしれない。
「宝永火口内部の鍵穴位置を感じ取れなかったのは、すでにそこから鍵穴が移動させられていたからです」
「なるほど。あれ、言ってみれば鍵穴の抜け殻だったもんな」
「そういうことです。では進みましょう。……レミリアさん」
レミリアに向けて手を振った。
「火口の中央に進みます。先行して下さい」
俺を振り返った。
「いいですよね、モーブ様」
許可を待つように、アヴァロンが首を傾げる。
「ああ。助けてくれてありがとうな」
「モーブ様のお力になれたなら幸せです」
嬉しそうに微笑んだ。
いいな。最初は他のメンバーに遠慮がちだったアヴァロンも、もうすっかりパーティーになじんだようだ。まあ……複数での夜の寝台に慣れてきたこともあるかもしれない。これがまたかわいくて……。
頭を振って雑念を飛ばすと、俺は深呼吸した。高山の空気は冷え切り、澄んでいて気持ちいい。
とりあえずエロ妄想は打ち止めだ。そんなん思い出してたら、前屈みで火口に下りることになるわ。これは恥づい。
「よし、みんな火口に下りるぞ。レミリア、始めろ」
「りょうかーいっ」
ひょいひょいと、跳ねるような足取りで、レミリアは斜面を下り始めた。
「レミリアの後を進め。ただ気をつけろ。レミリアはエルフだから特別だ。足元の草を踏むと滑る。ゆっくりでいいから一歩一歩、慎重に進め」
俺の合図を見て、みんな注意深く進み始めた。
●
「あったよモーブ。鍵穴だ……」
しゃがみ込むとレミリアが、周囲の草をナイフで刈った。
「ほら」
絡みつくような草を除去して現れたのは、直径三十センチほどの盛り上がりだ。火口の地面から、鏡餅のように突き出ている。中央に渦紋様。その下に小さく、文字が刻まれていた。「アルネ・サクヌッセンム」と。
「宝永火口の鍵穴とそっくりだね」
「そうだな、ラン」
「どうするモーブ」
マルグレーテに、じっと見つめられた。なにか言いたげだ。
「このまま一気に進む? それとも……」
「それは……」
仲間の顔を見回した。皆、なにか心に引っかかりがあるようだ。それは俺も感じていた。なにしろ、ここまで「アルネに会いたい」で突き進んできたヴェーヌスが、あまり乗り気でなさそうだし。顔色は青く、気分が悪そうだ。
「今日はここでひと休みするか」
「急ぐ必要はないわね」
マルグレーテが補足してくれた。
「簡易ツェルトなら持参してきた。それにここは火口の熱で、それほど寒くない。みんなでくっつけば仮眠できるわ」
「晩ご飯ならあたしが」
レミリアが手を上げた。
「食べられる野草とか根菜、お芋なんかを集められるよ。マルグレーテの魔法で焚き火して、焼いちゃえばいい」
「登山が続いたものね。一度体を休めたほうがいいかも。それに……」
遠慮がちに、リーナ先生が付け加える。
「それに心も」
「構わん。進もう」
ヴェーヌスが言い切る。
「ここまで来て時間を置いたら、かえって色々苦しくなる」
なにが――とは、誰も尋ねなかった。アルネ・サクヌッセンムと会えば、ヴェーヌスの目的は達せられる。アルネがなにを語るかにもよるが、旅を共にする理由が消えれば、「秘名を与えた男」――つまり俺を、ヴェーヌスは殺すしかなくなる。
――あるいは……その前に全員でヴェーヌスを殺すかだ。
その苦い認識が、俺を苦しめた。ここまで厳しい道程で、命を助け、また助けられた戦友だ。先程は俺に涙を見せていた。そんな女と命を奪い合うなんて、したくない。
「モーブ、鍵を当てよ」
ヴェーヌスは、初めて俺の手を握ってきた。恋人繋ぎに。
「それがあたしとお前の運命だ。躊躇してどうする。数か月前の『迷いの森』、あの通信処での出会いから、それはもうわかっていたことではないか」
止むを得まい。たとえここでひと晩泊まろうと、事態は一ミリも改善しない。それはわかりきっていた。
誰にもわからないように溜息をつくと、懐から「コーパルの鍵」を取り出した。
「アルネ……頼むぞ」
――いい運命を導き出してくれ。
予想だにしなかった解決策をアルネが授けてくれること――。今はそれしか希望がない。心で祈ると、鍵穴に押し当てる。
一瞬、「コーパルの鍵」が震えた。鍵穴の渦巻き紋様が、虹色に発光しながら回転を始める。その輝きがどんどん強くなると、俺達七人を包んだ。
●先行するカクヨム版にだいぶ近づいてきたので、あちら同様、今後は隔日公開に切り替えます(向こうは第4部第13章に入ったところ。こちらより5章分先行してます)。これからもよろしくご愛読下さい。




