8-7 父娘の対話
「だが……ソールキン一族の運命はやはり変えられなんだか……。あの強い封印が、どうして解けた。誰か説明せよ」
「はい先生」
代表して、俺が説明した。アルネ・サクヌッセンムに会うためここ「不死の山」に赴いたが、「コーパルの鍵穴」はアドミニストレータにより場所を移動させられていて、罠の場所で戦闘になったこと。全滅の危機に巫女アヴァロンがリーナ先生の封印を解き、先生が無意識にその力を発動させたこと。現れた巨人によってアドミニストレータは倒したが俺以外の全員が命を失い、俺が冥界から復活させたこと――。じいさんは黙って聞いていた。
「アヴァロン……巫女か。お主の力は……」
「初めましてゼニス様。私は『のぞみの神殿』正巫女です」
「なにっ……」
声が途切れた。ややあって……。
「まさかとは思うが、カエデの……」
「はい。カエデの子です。一度だけ、三女がポルト・プレイザーでお会いしております……お父様」
「やっぱりね」
マルグレーテが頷いている。そうだろうとは、俺がみんなに話してあったからな。
「やはりそうであったか……」
じいさんの声が続けた。
「カジノのカウンターで見かけたとき、カエデの面影があったので、もしやとは思ったのじゃが……。わしの娘が、モーブのパーティーに参加したのか。……これも定めじゃな」
「母はゼニス様のことをずっと想い続けています。子供の頃から、英雄ゼニス様の優しさを聞かされて育ちました」
「……そうか」
「ゼニス様、母はまだご帰還を待っております。もしお気持ちがあれば……」
「うむ」
言い切った。
「一連の事件が片付いたら、また訪れるとしよう。……こんなじじいの姿を歓迎してくれるかはわからんが。獣人は加齢が遅いからのう……。カエデはまだ若い姿であろう」
「ゼニス様、母は人の姿など気にしません。魂しか見ておりませんゆえ。母は巫女です」
「これはしたり……」
笑い声が響いた。
「我が娘に論破されてしまったか。これはわしも従うしかないのう……」
「お願いします」
「ところでモーブ、ではお主は『冥王の剣』を使ったのじゃな」
「はい先生。その……俺は先生の命に背きました。自死など考えるな剣を返せと――いう言いつけを守らず、絶望した俺は火口から身を投げた。思いもよらぬことに、生きたまま冥府冥界に入れたのです。本来は冥界のアイテムである『冥王の剣』を持っていたから。そこで冥王と交渉し、仲間の復活を認めさせたのです」
「うむ」
「先生……俺の未来を知っていたんですか? だからこの剣を預けたんですか。俺がいずれ冥界に落ちると知って」
「可能性じゃ」
じいさんの声は言い切った。
「お主の未来は、複雑に枝分かれしておる。わしにも読めん。冥王と会うことなど、わかりもせんかった。ただ……この剣を渡した場合の仮定未来が、わずかにアルネ・サクヌッセンムに近づくのはわかった。ただしその代償として、魂を引き裂くような辛い経験があるのも見えた。具体的な内容はわからんかったが……」
苦しませるとわかっていてこの剣を託すのは辛かった……と、じいさんは続けた。
「いえ先生。おかげで俺は仲間をひとりも失わずに済んだ。感謝しています」
「うむ……。リーナよ」
「はい、ゼニス先生」
「その力、もう使うな。どう転ぶかわからん力だからな」
「そうします。……モーブくんの命の危機のとき以外は」
「ほっほっ」
じいさんの高笑いが響いた。
「世界を危険に晒してもモーブのために動くと申すか……。仕方ないのう……女子が恋をすると……」
「その……あの……」
居眠りじいさんが自分の気持ちを知っているとわかり、リーナ先生は真っ赤になった。
「恋のために世界を危険に晒すのか、リーナよ」
「いえ、私が命を捨てればいいんですよね。そうすれば力は敵にしか向かない」
「祖父イラリオンと同じ道を歩むというのか……。業の深いことじゃ」
溜息が聞こえた。だが、じいさんは否定自体はしなかった。
「よく考えよ。お前の運命じゃ。イラリオン、そしてわしの孫娘よ。誰を悲しませ、誰を救うのかを。……さて、わしはもう戻る。幽体離脱も疲れるからのう……特に大海を越え大陸を跨ぐとなると。少し休ませてもらうわい」
「先生もお歳なのだから、無理してはいけませんよ」
「なにマルグレーテ、わしはまだ現役だわい。……また尻を撫でてやろうか」
「わたくしに触れていいのは、モーブだけです」
マルグレーテは、つんと横を向いた。
「先生は早く『のぞみの神殿』にお向かいなさいませ。そこに安らぎも幸せもあるはずです」
「ほほう。教え子に説教されるとはの。ほっほっ……」
なんやら知らんが、楽しそうだ。
「今日この会話は、後でアイヴァンにも説明しておく。奴もリーナのことを心配しておるからな。今頃やきもきしておることであろう。……そして、そこに魔族の女がいるな」
「わかるんですか」
思わず声を出しちゃったよ。だってヴェーヌスはまだ、ひとことも発していなかったからな。普通わかるわけないじゃん。
「大賢者を舐めるな、モーブよ。……で、女、お前はあの地下に映像を飛ばした奴じゃろう」
「……そうだ」
不承不承といった雰囲気で、ヴェーヌスは頷いた。迷いの森七滝村地下坑道での魔王の影・アドミニストレータ戦のときの話だ。あのときじいさん、やっぱり幽体離脱して声だけ参加していたからな。
「あたしはカー……ヴェーヌス。魔王の娘だ」
「うむヴェーヌスよ、モーブのことを頼むぞ」
「なんであたしが」
「自らの魂に聞いてみい。――モーブと仲間に祖霊の護りあれっ」
凄い。幽体離脱状態というのに、俺達の体を、緑色の光が包んだからな。今すぐ効くような魔法ではないが、LUKを上げる効果があったのはすぐわかった。
「アルネ・サクヌッセンムは近い。進めモーブよ。魂の導くままに」




