8-6 リーナ先生「封印」の真実
ふと気がつくと、幻影は消えていた。俺達は皆、「不死の山」宝永火口に立っている。誰もなにも言わない。微かに火口奥部の鳴動が聞こえているだけだ。
「これがダンケーク全滅戦の真実じゃ」
居眠りじいさん――大賢者ゼニスの声が告げた。
「あの起動で、ダンケークの敵は皆死んだ。味方も片手で数えるほどしか生き残らなかったが、大戦の流れは決定的に変わった。天下分け目の決戦と投入した最強の魔族が全滅し、魔王は軍勢を引いた。あらゆる前線から。そして四十余年、仮初の平和が続いたというわけじゃ」
ほっと息を継ぐ音が聞こえた。
「わしとアイヴァンは大戦の英雄として持て囃された。じゃが真の英雄はイラリオン・ソールキン……。それを明かすことはできなかった。もちろんイラリオンとの約束を守り、奴の家族を守るためよ。苦々しい気持ちで、わしとアイヴァンはあちこちの戦勝イベントに顔を出し、偽りの笑顔で応えた」
「お祖父様……」
リーナ先生はしゃがみ込み、肩を震わせて泣いていた。
「ほら、モーブ」
マルグレーテに肩を押された。
「あなたの出番でしょ」
「先生……」
腰を落とし抱いてあげると、リーナ先生は俺の胸にすがり、涙を落とした。
「モーブ……くん」
「俺がついてます」
「うん……」
胸に顔を埋めてきた。
「禁じられた魔法をイラリオンが起動したことは、もちろん秘密にした。だが王家は感づいた。わずかに生き残った兵士が、信じられない光を見たと証言したから。わしの魔法だととぼけたが、王家は疑っていた。いかな大賢者魔法とはいえ、千にも及ぶ魔族殲滅はあり得ん話よ」
「ポルト・プレイザーのすごろくで、歴代一位はリオール・ソールキン……つまりリーナ先生のご先祖様だったよね」
「ああそうだな、ラン」
「あの記録がだいたいコイン四百万枚。歴代二位が十一万コインだから、四十倍くらいの圧倒的一位だった。あれ、一族だけの特殊な魔法を使って、全すごろく戦闘で圧勝したからって言ってた。つまり……」
「つまり、この魔法だったんだね」
「そういうことになるな、レミリア」
「でも、すごろくでは全戦瞬殺って話だったわよね。一度も効果が味方に向かなかったのはなぜかしら」
「それはのうマルグレーテ、おそらくあの戦闘が仮想戦だったからだ。すごろく戦闘で殺されても、実際に死にはせん。現実の戦いではない。わしと共に経験したじゃろ、お主も」
「そういえば、そうですね」
「王家はどう動いたんですか、ゼニス先生」
「うむラン、王家はのう、ソールキン家に対する監視を強めたのじゃ。密偵を放ち、ソールキン一族の一挙手一投足を監視しておった」
「ソールキンの力は強大過ぎたからだね。万一王都で暴走でもすれば、王家は壊滅する」
「そういうことじゃ、レミリア。特に一生に一度、自らの命と引き換えに神々を自在に操れるというのが危険じゃった」
「もしそれを王家が知れば、ぜえーったいヤバい仕事やらせるよね」
レミリアも眉を寄せている。
「そうじゃ。どんな局面でも逆転支配できる究極の使い捨て兵器として、命を捨てさせるのは見えておる。だからわしもアイヴァンも、どう脅されまた持ち上げられても、あの戦いについては口をつぐんでおった」
「ソールキン一族はみんなその力を使えるんですか」
「いやマルグレーテ、嫡子のみじゃ。嫡子誕生と共に、その力は嫡子に移る。これまで力を保持していた一族の長からは、力が失われる。……ただ、嫡子が実質的にその力が使えるようになるのは、思春期の頃……つまり子を作れる歳になってからじゃ」
「それなら次世代を儲け、力を受け継げさせられるからね」
「いかにも」
じいさんの声が続けた。リーナ先生もようやく落ち着き、俺の胸で話を聞いている。
「イラリオンから力を受け継いだのは、リーナの父親。一族の呪われた血を嫌う父親は、一度たりとも力を使わなんだ。リーナが生まれ、力はさらに次の世代へと移った。そして……父親がリーナの力を封印したのじゃ」
わずかに悲しみが声に含まれていた。
じいさんは続けた。封印したのは、我が娘が血塗られた世界に放り込まれるのを防ぐためだと。一族の力についても、父親は娘に教えなかったと。
「ただ……リーナの体内には、祖霊の魂が宿っておる。いずれ封印が解かれれば、その力は自然と溢れ出す。わしとアイヴァンは、リーナの父親が生まれ、育って婚姻の儀を迎え、生まれたリーナが大きくなるのも見守っておった。命を捨ててわしとアイヴァンを守ったイラリオンの願いに応えるためもある。だが、わしにとってもアイヴァンにとっても、それ以上に楽しみでもあった。リーナを孫娘のように感じられたからじゃ」
溜息が聞こえた。
「十六歳になったリーナが成人のイニシエーションを終えると、王家から下命があった。リーナを捕縛し、監視を強めよと。ソールキン一族の謹慎を信じておらなんだのじゃ。わしとアイヴァンは動いた。リーナはヘクトールに奉職させる。そこで監視するから任せよと。わしとアイヴァンはもう随分前からヘクトールに着任しておったからのう」
「だから私、まだ十六歳なのに教諭にリクルートされたんですね」
「そういうことじゃ、リーナよ。英雄であった上に、大戦後に現国王の遊び相手だったからのう、わしは。多少はごり押しの提案でも通せるわい。わしとアイヴァンという実力者の元で監視すれば、一応は王の顔も立てることになるし」
優しさを感じる声だ。
「ヘクトールはリーナにとって『王家の檻』。わしとアイヴァンは、それをなるだけ感じさせないように努めた」
「ええゼニス先生。おかげさまで……一度だってそう思ったことはありません」
「だが……ソールキン一族の運命はやはり変えられなんだか……。あの強い封印が、どうして解けた。誰か説明せよ」




