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5-9 決着の浜辺

「まさか……」


 涼しい顔でデッキチェアーに横たわりドリンクを楽しむ俺とランを見て、ブレイズは口をぱくぱくさせている。なんの言葉も出てこない。


 ひと目で、俺とランがずっと前に海から上がったのはわかるはず。ランの髪は乾いていて、海風に優しく揺れてるしな。


「……どうして」


 ブレイズは、泣きそうな顔になった。審判を見る。


「モーブがまたなにか邪悪な技を使ったんですよね。失格ではないですか」


 言うに事欠いて、「邪悪」と来たか。俺、ブレイズから大魔王ぽく思われてないかこれ。


「遠泳大会はなんでもありのバトルロイヤルだ。それは知っているはず」


 審判は冷たく言い放った。


「それとこれとは別です。絶対になにか――」

「審判の裁定に不服があるのか。今ここで君を失格にしてもいいんだぞ。判定不服従で」

「いえ……それは……」


 なにか口の中でもごもご言う。自分に続いて今上がってきた、クラスメイトを見ている。


「……いえ、不満はありません」

「なら大人しく、フィニッシャー席に移れ。三位だぞ、君は。誇れる記録じゃないか」

「くそっ」


 頭を振って、珍しくブレイズが毒づいた。次々に、スイマーがゴールし始める。どいつもこいつも、フィニッシャー席を見て唖然としてるな。


 例の大集団だが、Sクラスの連中だった。SSSとSSの潰し合いを、やっぱりうまく利用したみたいだ。なかなかの策士がいるわ、S。……まあ、俺とランを見て驚愕してはいるけどさ。


 二時間後、全ての泳者がゴールするか、リタイアした。ビーチ奥の大テントで審判と救護教員、サポート教諭が集まる。結果を集計し、確認の会議を開いているんだ。俺とランの周囲にも、今はZクラスの連中が集まっている。


 ほとんどは海を眺めてるか審判席を見ているが、ふたりほど、海を背にランの水着姿をガン見している。いやそこでそうしてても、なんも見えんぞ。しゃがんで視線を低くしても無駄だってのに。……てか、他のクラスの奴まで、何人か横で同じように謎の屈伸運動してるやん。もうお前ら友達になれよ。ZとBの友情とか言って。


 やがて……。


「クラス対抗、ヘクトール夏季遠泳大会、結果を発表します」


 ビーチに並ぶ学園生を前に、事務方の教員が、声を張り上げた。ざわざわしていた浜辺が、一気に静かになる。穏やかな波の音が聞こえ、心地良い海風が渡った。


「優勝、Zクラス」

「うおーっ」


 俺の周囲はもう、お祭り騒ぎだ。クラス全員、両手を上げて吠えている。


「マジか」

「嘘だろ。あいつら底辺だぞ」

「……やっぱりか」

「Z優勝って、ヘクトールの歴史上、初めてよね」

「モーブとランが、とにかく異様なポイントを稼いだからな」

「あのふたりマジ、どんな技をいくつ隠し持ってるんだよ」


 お祭り騒ぎを遠巻きに、他のクラスは呆然としている。Z担任のじいさんはまた、学園長となにかこそこそ話してるな。


 じいさんが授業で毎日寝てるの、学園長はどう思ってるんかね。長老だし引き取り先もなくて可哀想ってのはわかる。でも俺なら担任からは外して、用務員とかにするけど。用務員さん、今人手不足だってこの間、愚痴ってたしなー。居眠りばかりで用務員でも使い物にならないって判断なのかもしれんが。


「あーあ。まさかのZかよ。スタート後も延々宴会やってたって話だぞ。アホらし」

「楽しんだもん勝ちか……」


 他クラスの学園生ども、すっかり気が抜けたみたいだな。


「ま、今年はイレギュラーだ。あいつらなんかノーカン。モーブとランがいるし。二位が事実上の優勝ってことよ」

「ならやっぱりSSSドラゴンか。ブレイズが三位だったし」

「いや、わからんぞ。俺のポイント読みでは、二位争いは稀に見る大混戦だ。なにしろ……」


「次に二位……」


 事務方の声に、また浜が静まり返った。Zの連中も、底辺とはいえ他のクラスの晴れ舞台を邪魔するアホは、さすがにいないらしいな。


「Sクラス『キリン』」


 やっぱりか。


「やったっ」


 右奥あたりの集団が踊り狂っている。Sの連中だ。そら嬉しいだろう。SSSとSSという、上位クラスをふたつもぶっこ抜いたんだから。戦略の勝利だな。


「なんだとっ!」

「どうして」


 悲鳴を上げたのは、SSSドラゴンだ。


「ブレイズの言う通りにしたのに……」

「ド外れ能力のモーブ組はともかく、ふたつも格下のSに負けるとか」

「今年はどうなってるんだ。俺達、冒険者としての実力は、例年に負けず劣らずトップ独走だぞ……」


 クラスメイトの視線が、気まずそうなブレイズに集まった。ブレイズは眉を寄せたまま、悄然しょうぜんとしている。


「三位、SSSクラス『ドラゴン』」

「……」


 栄誉ある三位というのに、ドラゴン組からは歓声も上がらない。白けた空気が漂っている。後ろのほうで遠慮がちに立っているマルグレーテが、俺を見て、情けなさそうな、微かな笑顔を作ってみせた。


 まあ、気持ち……というかクラスの空気はわかるわ。


「以上、上位入賞クラスには、報奨が与えられます。またゴールタイム上位数名には、個人的にも賞金が出ます。他クラスの成績も含め、そのあたりは現在確認中ですので、後日校舎内に張り出します。――以上。……では学園長、ひとことお願いします」

「そうですね……」


 例のイケメンハーフエルフが進み出た。浜に並ぶ学園生をゆっくり見回すと、話し始める。


「いやー驚きましたねー、みなさん」


 言葉を切ったが、誰もなにも言わないので、そのまま続ける。


「でも私は、今年の結果はいい教訓だと思っています。諸君の多くは、将来、冒険者や近衛兵、親元に帰っての荘園運営など、この王国を支える貴重な戦力になります。危険な地に特殊任務で赴くとき、今日のことを思い出して下さい」


 ちらっとブレイズを見る。


「魔物との戦闘では、実力通りの結果が出ることは、むしろ稀です。ちょっとしたボタンの掛け違いや戦略ミスで、あっという間に優劣はひっくり返る。私はかつて戦場で、多くの友を失いました。怪我をして、前線に立てなくなった大恩人もいる。この厳しい事実は、身に染みています。油断するなということです」


 また黙った。言葉が皆に染み渡るのを待っていたのか、やがて口を開く。


「それは救いにもなります。彼我ひがの戦力を考えたとき、たとえ圧倒的に不利な状況でも、細い勝ち筋は、必ずある。必死でそれを探すべき。神の一手という奴です。Zクラスの優勝が、それを如実に示しています。皆さん、Zの健闘を称えましょう」


 学園長が拍手を始めると、恐る恐る……といった雰囲気で、拍手がぱらぱら起こった。だがそれはすぐには止まず、次第に輪が広がり、音も大きくなった。腕を組んだり口を「へ」に結んでいたSSSドラゴンの連中も、半分くらいは渋々ながら拍手をしている。


「さて、皆さん疲れましたね。これから船に分乗して学園に帰ります。皆さんの健闘を称えて、今晩の夕食は特別食です。一般食の皆さんに、貴賓食を振る舞いましょう」


 学園生の間から、大歓声が巻き起こった。いや、さっきの表彰式より喜んでるじゃん、みんな。


「そして貴賓食堂で私達と食事を共にする上位クラスの方々には、教員共々、一般食を食べてもらいます」


 ぐえっという悲鳴が、数名から上がった。多分、上位食と一般食、両方味わったことのある連中だろ。二年以上在籍して、クラス替えで上下すれば、そういう奴はいるからな。


「これは罰ではありません。戦場に美食などない。腐った肉と雑草で、命を繋がなければならないときもある。そうした覚悟を、皆さんに持ってもらうためです。……そしてモーブ」


 厳しい瞳で、俺を見つめてくる。会場中の視線が、俺に集まった。


「君は面白い。……でも自分の策に溺れないように。君がどういうスキルを持っているのか、私の持つエルフの感知力でも、さっぱりわからない。でもその策が通じる局面ばかりではありませんよ」

「モーブ……」


 隣に立つランが、俺の手を、ぎゅっと握ってきた。不安そうな瞳で、俺を見上げている。


 大丈夫だよラン。そんな危険な冒険する気、俺はさらさらないから……。


 ランの手を、俺はそっと握り返した。




●次話から新章「第六章 俺の誕生日イベント」開始。


即死モブたるモーブに、誕生日などゲーム開発者が設定していたはずはない。だがなぜかこの世界では、社畜俺の誕生日が「モーブ誕生日」として上書きされていた。ランとマルグレーテが、モーブのために特別な晩餐を用意してくれる。そしてその深夜、マルグレーテとランはボロ寮の寝台で……。


さらに先の第七章は、学園内の戦闘パーティー組みイベント。今プロットから原稿起こし中です。間近に迫った卒業試験に向け激化する学園生同士の駆け引きに、モーブはどう動く。そして本来の主人公ブレイズは、またしてもモーブと真逆の行動を取り、学園全体にドン引きされる……。


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