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8-4 復活のメモワール

「俺は……」


 意識が戻った。俺は火口の内部に立っていた。ちょうど崖が垂直に落ちる寸前に。遥か下には赤熱する熔岩がちろちろと見えている。「不死の山」宝永火口だ。間違いない。


 てことは俺、元の場所に戻ったのか。いや、それより――。


 慌てて振り返ると、立っていた。俺の仲間が。六人が。血まみれの服を着て。


「――! みんな……」

「モーブっ!」


 ランが駆けてきた。涙を流しながら。俺に跳びついてくる。


「モーブ……モーブ」

「よしよし、ラン。……頑張ったな」


 撫でてやった。俺の服に、ランの熱い涙が落ちた。


「そこは危ないわ、モーブ。落ちたらどうするの」


 マルグレーテが口を開く。


「あ、ああ……そうだな」


 ランを抱いたまま、みんなの立つ場所に戻った。途端――


「モーブっ!」


 勢いよく、マルグレーテが抱き着いてきた。俺が安全地帯に戻るまで、我慢していたのか……。


「マルグレーテ」

「モーブぅ……えーんっ」


 大泣きしているレミリアも。


「モーブくん」

「モーブ様」


 リーナ先生とアヴァロンにも跳びつかれて、俺は倒れた。みんな、俺の体にすがりつくように泣いている。俺の体中に涙が落ちた。


「ヴェーヌス」


 顔を起こして見ると、ヴェーヌスは自分の体を調べていた。傷はない。千切れていた腕も、もう元通りだ。


「モーブ……お前が助けてくれたのだな」

「冥王と交渉した。この剣を持っていたから可能だったんだ」


「冥王の剣」を、俺は示した。


「そうか……」


 ゆっくり近づいてくるとヴェーヌスは、俺の体を起こしてくれた。


「礼を言おう。……だがモーブ、冥界に行ったということは、お前も死んだのだな」

「いや……その……」


 一瞬、躊躇した。だがここで隠し事をしても仕方ない。俺は全部話してやった。俺以外、全員死んだこと。絶望した俺が火口に身を投げると、剣の力で生きたまま冥王の前に立っていたこと。そして冥王から、皆を連れ帰る許可をもらったこと――。


「なるほど……」


 俺の手を取ると、ヴェーヌスは頬に当てた。


「あたしはいいリーダーを持った。モーブという名の男……」


 頬を擦り付けている。


「全員、怪我はないか」

「うん」

「ええ」

「モーブ……」

「よし」


 立ち上がった。


「すぐ頂上火口に向かおう。アドミニストレータの奴は、当面復活できまい。今度こそ、『コーパルの鍵』を使ってアルネに会うんだ」

「いい判断ね」


 マルグレーテも賛成してくれた。


「でも俺は、その前にどうしてもひとつだけ確認しておかないとならない」


 みんなを見回した。


「アヴァロン、お前がリーナ先生の封印を解いたんだな」

「はいそうです、モーブ様」


 アヴァロンは頷いた。


「正巫女の地位を受け継ぎ、『正巫女の服』を着た瞬間から、リーナさんの封印は解けるとわかりました。ただ……封印はリーナさんの父親によって施術されていた。強い願いを感じました。この封印こそが、娘の幸せを守るのだという」


 だから封印解除はせず、見守っていこうと決めていたという。封印されていたのは、恐ろしいほど強い力だったから……。ただ、アドミニストレータ四体との戦闘で、俺が死ぬのがわかった。自分は死んでもいいが、俺が死ぬのだけは避けたい。だから禁忌を破り、封印を解いたのだと。


「なるほど」


 俺は視線を移した。


「それでリーナ先生、あの力はなんなんですか」

「それは……わからない」


 苦しげな表情で首を振った。


「なにか巨樹の幻影が出現し、謎の巨人が姿を現しました」

「それを見てないのよ。意識を失ったし。それに……自分がどんな呪文を唱えたのかも覚えていない」

「ほぼ無傷のアドミニストレータ四体を、あの巨人が殲滅したんですよ。俺も気を失ったから、その瞬間は見てないけれど」

「本当に、そんなことがあったの、モーブ」


 マルグレーテは、信じられないといった顔。あの術式が発動したとき、生き残っていたのは俺と、リーナ先生、アヴァロンの三人だけ。残りのみんなが信じられないのも無理はない。しかも生きていたとはいえ残っていた三人とも瀕死で、こっちもまともに術式の展開を見てないからな。多分……巨人出現をかろうじて見た俺が、最後の目撃者のはずだ。


「ああ……俺も信じられないほどの術式だった」

「わからない……わからないのよ、モーブくん」


 リーナ先生は、苦しそうだ。


「でも……なにか体の中に強い力が生まれたのを感じる。それは……今も残ったままで」


 抱き着いてくると、俺の胸に顔を埋めた。


「怖いよ……モーブくん……。私、どうなっちゃうんだろう」

「先生……」


 混乱するリーナさんを抱いてあげていると、突然――。


「とうとうこの日が来たか……。感慨深いことじゃ」


 虚空に、声が響いた。居眠りじいさんこと、大賢者ゼニスの。


「先生……どこにいるんですか」


 予想していたとおり、見回してもどこにも人影は無い。


「幽体じゃ」


 やっぱりか……。エロじじいとはいえ、腐っても大賢者だけはあるな。


「リーナの封印が解ければ、わしと学園長アイヴァンには感得できる。そのようにマーカーを埋め込んでおったからな。リーナが学園に来た最初の日に。先程それを感知し、わしの幽体が自動的に起動した。リーナを……初発の混乱から救うために」

「なにか知っているんですね、ゼニス先生」


 リーナ先生が、虚空に呼びかけた。


「教えて下さい。でないと私……」

「安心せよ、リーナ。わしが全て教えてやるからの」


 少し微笑んだような声だ。


「……では皆に見せるとするかの、わしの周囲で起こったことを……」


 大賢者メモワール――と、じいさんの宣言が聞こえた。


          ●


 ――と、俺は戦場の真ん中に立っていた。たった独りで。いや、俺が立っていたのではない。俺は見ていたのだ。なにか……魂のような不可視の存在として。ちょうど、VRで映画を観ているかのような感じだった。


 そこは荒れ果てた大地。こちらには王国軍、向こうには魔王軍。……だが王国兵のほとんどは斃れ、大量の血が乾いた大地に吸い込まれてゆく。魔王軍はほぼ無傷。こちらの惨状を見て取ったサイクロプスだのミノタウロスだのが、瓦礫の向こうから顔を出したところだった。


「アイヴァンよ、いよいよ最後だな……」


 塹壕に隠れていた男が、声を発した。聞き覚えのある声。居眠りじいさんだ。だが、男は若い。多分、今の俺と同じくらいの年格好。魔道士ながら筋骨隆々としていて、かろうじてじいさんの面影があった。


「ええ、ゼニス様。敗走の正念場です」


 答えたのは、これは明らかにアイヴァン学園長。なにせ俺の知っている学園長と、瓜二つだったからな。ハーフエルフだけに、加齢は極めて遅い。


 ――ならここは、前大戦の記憶か……。終結したのは四十年程前のことと聞いている。その後に続いたふたりの会話からして大戦末期、最終防衛戦が破られた「タンケーク全滅戦」の真っ最中と思われた。


「ここタンケークは最後の防衛線。破られれば王国は蹂躙され、大陸の人間は全て魔族に滅ぼされるでしょう。そして人類が敗れればいずれ……エルフや他種族も。そして次はもうひとつの大陸です……」

「ゼニス様。私がやりましょう」


 進み出たのは、成人したばかりと思われる若い男だ。魔道士とも戦士とも思える、特異な戦闘服に身を包んでいる。本人のものかは不明だが服には大量の血が滲み、額に謎の紋様が浮き出ていた。


「あの人は……」


 思わず口をいた。


「モーブ……そして皆、映像を見ておるな」


 脳内にじいさんの声が響いた。いや、今幻影として見えている「若き日のじいさん」ではない。今現在の、エロじじいの。


「これは前大戦の土地の記憶。四十二年ほど前の歴史じゃ。そしてこの男はのうリーナ、お主の祖父イラリオンよ」


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