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8-1 冥王との邂逅

「モーブとやら」


 俺を呼ぶ声に、ふと我に返った。


「ここは……」


 俺は立っていた。暗い世界に。不思議だった。どこにも光源は無く真っ暗なのに、視界は利く。世界はどこまでも暗い。闇夜のように。壁も天井も見えないから屋外のようにも思えるが、風もなにもない。なんの匂いもしない。足元はごつごつした岩肌の地面。そしてなにより――


「あんた、誰だ」


 俺の目の前に、人影が立っていた。身長二メートルないほどの男。なんかくたびれた初老の男だが、眼光だけは鋭い。見たところ人間に思える。着物に似た服を着ている。黒地に黒でなにかの紋様が染め付けられている。


「我は冥王なり」

「冥王……ならここは冥界か」

「然り」


 男は頷いた。


「ここは……黄泉の国なり」


 黄泉の国……。ならやっぱり、俺は死んだのか。まあ当然だが。火口に身投げしたんだもんな。


「なあ、あんた冥王なら、知ってるだろ。俺の仲間も一緒に死んだ。会わせてくれ。俺達はこれから、ここで暮らす。永遠に」

「無理であろう」

「どういうことだよ」

「ここに暮らせるのは、死人しびとのみ」

「だから全員死んだって言ってるだろ」

「死んではおらん」

「はあ?」


 なんだかムカついてきた。


「あんた冥王だかなんだか知らないが、ちゃんと説明してくれ。ひと言返すだけだと、埒が明かない」

「やはり生者。死人と違い、活きがいいのう……」


 無表情ながら、微かに苦笑いしたような気がした。


「生者ってなんだよ。俺は死んだんだろ」

「生者がここ黄泉の国を訪れたのは、初めてのことだ」

「俺、死んでないってのか」

「然り。……それは『冥王の剣』であろう」


 俺の剣を指差す。


「そうだけど……」

「それが冥界へとお主を導いた。生きたまま」

「……」


 ……待てよ。


 俺は考えた。そういえば、巫女カエデは言っていた。不死の山の火口は深い。そのためか、火口は遠く冥府まで続くと言い伝えにある――と。俺は火口に飛び込み自殺した。あの穴が、ガチで冥府冥界まで続いていたってことか。


 考えてみれば、この剣の名称は「冥王の剣」だ。冥界となんらかの繋がりがあっても不思議ではない。


「この剣の力なんだな」

「然り」


 冥王は説明してくれたよ。この剣は、ここ冥府のはがねを鍛え、冥王が造らせた剣らしい。それがあるとき、なぜか消えてしまった。なんらかの不思議な力が働いた結果として……。


「モーブとやら……」


 無感情な瞳で、冥王は続けた。


「その剣を、なぜお主が所持しておる」

「それは……」


 この剣を巡る物語を、俺は全部話した。ゼニスという大賢者が俺に託したと。そしてどうやらこの剣には、アルネ・サクヌッセンムという謎の存在が絡んでいるようだと。


「アルネ・サクヌッセンム……」


 俺から視線を外すと、冥王は遠い目をした。


「そうか……」

「なあ冥王」


 俺は口を開いた。冥王には悪いが、今は剣がどうこうより大事な問題がある。


「俺は火口で戦闘し、仲間を六人失った。あいつらも生きたまま冥府に落ちてるんだろ。会わせてくれ」

「アヴァロン、ヴェーヌス、マルグレーテ、ラン、リーナ、レミリア……」

「そう、その六人だ。会わせてくれ。どこに居る」


 俺は見回した。ここに立っているのは俺と冥王だけ。それは変わらない。


「会わせることはできん」

「なぜ」

「その六人はもう、冥府の住人だ」

「つまり……」

死人しびとになっておる」

「……」


 そうか……。俺が生きてここにいるのは、冥王の剣を持ったまま、冥界に通じる火口に身を投げたから。戦闘中に倒れた六人は、剣とも火口とも無関係だ……。


「俺はこれからどうなる」

「生あるものは、地上に帰る」

「六人を連れ帰りたい」


 冥王の瞳を、俺は見つめた。


「頼む。俺の願いを聞いてくれ。この剣が冥王の所持品と言うなら、じいさんには悪いがあんたに返却する」

「……」


 しばらく、冥王は黙っていた。なにも言わず、俺の顔をまじまじと見つめている。かなり経ってから、口を開いた。


「黄泉の国に潜り込んだ生者が前代未聞なら、その願いも先例のないことだ。だが……」

 俺の剣を指差した。


「だがその剣の所持者であれば、特別に機会を与える」

「ありがたい。……なにをすればいい」


 みんなと合流できるなら、この際なんだってやる。いや、どんな難題だろうとやり遂げてみせる。


「その魂は、現世に強い未練があるようだ。皆、冥府のあるべき場所に落ち着かず、黄泉平坂よもつひらさかに留まっておる。全員で寄り添いながら」


 冥王は続けた。黄泉平坂に赴き、魂を連れ帰れと。


「……ただし、間違った魂を選んではならん。もしひとつでも別の魂を選べば皆、冥府で散り散りになる。そしてお主は、生者のまま冥府を永久に彷徨さまようことになるであろう。仲間には永遠に会えないまま」

「それでもいい。なんとしても俺が、みんなを救ってみせる」


 冥王の剣を、俺は突き出した。


「受け取ってくれ。これは元々あんたのものだ」

「いや……」


 冥王は首を振った。


「その剣が冥府から消えたのも、定め。運命の流れが切り替わったのだ。……お主が持っておれ」

「いいのか」

「構わん。……それにその剣、冥府から出た後、なにか別の魂を得ているようだ」

「なにか……」


 なんだろう……。考えたが、思いつくのは、アルネ・サクヌッセンムかゼニスの影響、はたまた「のぞみの神殿」で草薙剣スキルが乗り移ったくらいだ。あるいはその全部のことを言っているのかもしれんが……。


「まあいいや。ならこいつは、俺が預かっておく。いずれ俺が死んだらここ冥府で、あんたに返すことになるだろうしな。……それで黄泉平坂ってのは、どう行けばいい」

「生者のお主が冥府を思うとおり進むことなどできん。ここを……」


 冥王が手を振ると、光の道が現れた。地上から空中に向かい、くねくねと進んでいる。


「この道を辿れ。先に黄泉平坂がある」

「助かった。そこで魂を回収すればいいんだな」


 礼もそこそこに、俺は一歩を踏み出した。早くみんなに会いたい。


「心せよ、モーブ」


 背中に、冥王の声が響いた。


「魂を間違えてはならん、絶対に。正しい六つの魂だけ選ぶのだ」

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