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7-9 奈落の底へ

 ……ここは。


 意識が戻った。周囲は真っ暗。微かに地面が鳴動し、わずかな赤い光が遠くの天井に反射している。焦げ臭い香りが漂っている。


 そうか……。


 四体のアドミニストレータとの中ボス戦だったはずだ。その最中に俺は倒れた。そう……俺達が全滅寸前のときに。


「ラ……」


 ランと言おうとして、激痛でまた意識が飛びかけた。そう、俺は腹を貫かれたはず。砂でできた槍に。手探りで腰のポーチからポーションの瓶を取り出すと、腹に振り撒いた。はあはあ苦しんでいると、やがて痺れるように痛みが引いていった。


「ラン……マルグレーテ」


 返事はない。


「みんな、大丈夫か」


 無音だ。地鳴りが聞こえるのは、ここが火口だからだろう。なんとか体を起こす。トーチを取り出すと、点火した。物理トーチなのでマジックトーチのように明るくはないが、周囲の状況はかろうじて見える。


「ランっ!」


 微かな光に照らされて、倒れたままの人影が、いくつも影を曳いている。ヴェーヌスのボンデージ姿、マルグレーテの赤い髪、そしてランの金髪……。


 駆け寄った。血溜まりの中に。


「嘘だろ……」


 ランは事切れていた。マルグレーテもレミリアも、魔王の娘ヴェーヌスすらも。そして……最後まで息のあったリーナ先生とアヴァロンまでも。


 その光景に見覚えがあることに気づき、俺はぞっとした。この大陸に来てラルギウス崖縁村で村の呪いを解呪した。次女アヴァロンと俺で解呪したんだが、その最中に見た幻影だ。運命のストリームが見えることがあると、次女は言っていた。あれはこの世界線の未来だったのか……。


「ラン……」


 まだ温かい体を抱いた。瞳を閉じたランは、穏やかな顔。夢の世界に遊んでいるかのように見える。


「ラン……ラン」


 知らずに涙が垂れて、ランの頬にぽたぽたと垂れた。


「くそっ……どうして」


 土に汚れた頬を、服で拭った。俺の涙がランの顔にラインを描く。


「……みんな」


 そこからは記憶も飛び飛びだ。俺は、みんなのむくろを並べていたようだ。胸の上で手を組ませて……。ヴェーヌスの千切れた腕を胸に乗せるとき、また涙が溢れた。


 みんな……みんな、俺と共に戦ってくれた。なのにどうして……。


 逆行性健忘で断片的だった戦闘の記憶が、ぼんやり頭を通り過ぎる。四体のアドミニストレータはここには居ない。おそらく……死んで虹に還ったのだ。


 なぜか。それはリーナ先生が、なにかよくわからない技を使ったから。


 どうして使えたか。アヴァロンが先生の封印を解いたから。


 先生の力は、おそらくは家族によって封じられていた。理由は不明だ。だが無傷同然のアドミニストレータ四体を一気に殲滅せんめつした力だ。なにかそのあたりにポイントがあるのだろう。


「生き返らせるには、どうすればいい……」


 復活魔法は、最高レベルの回復魔法だ。ランですらまだ習得していない。ヘクトールまで戻れば、SSSドラゴンの教師が使えるはずだ。だがヘクトールは別大陸。あまりに遠い。


 腿に乗せたランの頭を撫でながら、とりとめもない思考が頭をよぎるままにした。


「のぞみの神殿」はどうだ。霊力に優れたカエデとマナ溢れる聖地なら、復活させることが可能かもしれない。それでも道のりは遠い。防腐処置も必要だ。まず俺が山を下り、ふもとの神職に助っ人を頼む。火口まで馬なんか進めないから、全員を人力で麓まで運ぶ。そこで防腐処理をして馬車に乗せ、なんとしてでも「のぞみの神殿」に向かう。いや、防腐処理が問題だ。どう考えても、山から下ろすまで数日掛かる。防腐処理のための薬剤なんかないだろう。それを麓まで取り寄せるのに、下手すれば数週間。間に合わない。薬剤でなく、魔法でやるしかない。だがここは街中ではない。あの神職ふたりは、そんな魔法を習得していないだろう。そもそもジョブ違いだし。山に来る道中を振り返った。大きな街なんて、馬車で一週間は掛かるほど離れている。間に合わない。近くの村は寂れた山村も同然であって、都合よく偶然高位魔道士が立ち寄っているとは思えない。ならどうすればいい。俺はどうすれば――。


 涙がこぼれた。食いしばった歯の間から、音が聞こえる。俺の嗚咽だった。


 留まることなく、涙がこぼれ落ちた。


 ――無理だ。どう考えても無理だ。もう、誰ひとりとして生き返らせることなんか、できやしない。


「俺は……どうしたら」


 絶望に胸が押し潰された。転がっていた「冥王の剣」を拾うと、トーチの明かりにかざした。刃には乾いた血が付着している。敵の血液ではない。ランの体から流れ出たものだ。


 ――モーブよ、「冥王の剣」をお主に授ける……。


 大賢者ゼニスの声が、記憶に蘇った。ヘクトール卒業式の日の。


 ――お前はわしに借りができた。この「冥王の剣」をわしに返すまでは、死んではならん。……たとえ魂を引き裂く悲しみが、その身に訪れようとも。いいか。わしの言葉を忘れるな。毛ほども細くただひと筋、たしかに存在する救いの道を探すのだ――


「ゼニス先生……」


 先生は死ぬなと命令してくれた。厳しい運命を持つ俺の未来をおもんばかって。先生は未来をある程度詠めると言っていた。もしかしたら、この光景を幻視でもしていたのかもしれない。


「先生……でも、俺もうだめです」


 大賢者ゼニスのような前大戦の英雄なら、心は折れないかもしれない。でも俺はただの即死モブ。転生前だって、泥の中を這い回ってきた底辺社畜でしかない。


 この厳しい異世界に転生されても頑張ってきたのは、ランやマルグレーテ、それにみんなとの幸せな暮らしのためだ。そのためには、降りかかる火の粉は払わねばならない。だからアドミニストレータやアルネ・サクヌッセンムの情報を集めてきた。


 しかし、今はどうだ。たしかに今回もアドミニストレータを排除はできた。だがあいつの存在自体を抹消できたわけではない。今回の被害を回復できたらまたぞろ、あの野郎は俺を付け狙うだろう。それにそもそも、もはや守るべき仲間がいない。俺達はアドミニストレータとは違う。死んだらそれまでだ。全ての仲間を失った俺が、生きる意味などない。


 ゼニス先生、この事態を予見したんですね。でも俺、もう気力が持ちません。転生での二周目人生に失敗したへたれ社畜として、ここで命を絶ちます。


 幸せにしたかった仲間を失った以上、アルネもアドミンも、もはやどうでもいい。死にさえすれば、苦痛は終わる。痺れるような、死後の虚無に落ちるから。


「ゼニス先生申し訳ありません。言いつけに背くことになって……」


 俺は立ち上がった。みんなの服や髪をもう一度、きれいに整え、全員にキスをする。ランの唇は、血の味がした。それから火口の奥へと進む。縁で見下ろした。はるか下に、微かに熔岩の輝きが見える。火口の奥から、熱気を含んだ風が吹き上がってくる。焦げたような臭いと共に。


 ラン、マルグレーテ、レミリア、リーナ先生、ヴェーヌス、そしてアヴァロン……。みんな待っていてくれ。俺もすぐ、そっちに行くから。


「冥王の剣」を胸に抱いたまま、一歩踏み出した。地面の途切れた先に。なにもない空間に。一瞬、高速エレベーターが下降するような感覚があった。


 俺の体は、まっすぐに落ちていった。奈落に待つ、高温の熔岩に向かって。




●次話から新章「8(仮題)」に入ります

居眠りじいさんとの約束を破り、絶望から死を選んだモーブ。闇に覆われたその未来に、なにがあるのか……。そこには……想像を絶する……。


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