7-8 全滅
「もう終わりか。つまらんな」
白衣アドミニストレータが鼻を鳴らした。
「せっかくのイベント戦闘だというのに」
戦場からは、飛び交う魔法の轟音はすっかり消えていた。すでに守備的フォーメーションに追いやられ、俺は仲間の真正面で、片膝を立てている。
だが背後からは音がしない。ランもマルグレーテも倒れている。レミリアもヴェーヌスも動かない。アヴァロンの白い巫女服は、大量の血で真っ赤に染まっていた。体の下にも血溜まりがある。ヴェーヌスは傷だらけ、右腕は半ば千切れ、かろうじて這うように動いているだけだ。リーナ先生も、しゃがみ込んだまま、立ち上がれない。もう回復魔法を展開する気力も無いようだ。
「どうだモーブ、仲間が死んでいく気分は」
サンドゴーレムロードが大声で哄笑した。
「これまでの狼藉には、お仕置きをしないとな」
「最後までお前を殺さずにおいてやったのだ。仲間の死体をたっぷり見せるためにな」
白衣アドミニストレータが鼻を鳴らした。
「ありがたく思え、モーブ。お前は一気に殺してやろう」
「て……てめえら全員、皆殺しだ」
「空元気もここまでいくと、笑うしかないな」
連中の哄笑が響いた。
「愚者の淀み」
魔道士の攻撃が、這っていたヴェーヌスを直撃する。言葉も発せず、ヴェーヌスは動かなくなった。
「くそっ……」
「あと生きているのは誰だ」
「MBと変数」
「巫女と教師だな」
「ランとマルグレーテを最後まで残したかったがな……」
「なんせ本来、ゲームのメインキャラだ。強敵だったからな。つい最初に息の根を止めてしまった。おまけにマルグレーテは、魔法連発スキル持ちのアーティファクトを装備していたし。……あれはキツいわ」
「まあ仕方ない。思った通りの楽しみなど得られないものだ」
「それが人生だ」
くそっ。白衣とゴーレム、ふたりして勝手なことを抜かしやがって……。
「てめえら……」
剣を杖のようにして、俺はなんとか立ち上がった。
「ぜ……全員、俺が殺してやる」
「息が上がっているではないか。四体のボス相手に、たったひとりのお前が、どう戦う」
「仮に私達を全員倒せたとして、それからどうする、モーブ」
白衣アドミニストレータは、せせら笑った。
「お前の嫁は全員地獄行きだ。……まあまだ死にかかりもいるが、もはやポーションでは回復できまい。お前は無能。回復魔法すら使えない。一時間も持たずに死ぬだろう」
「生き返らせてやるさ」
「どうやって」
おどけたように、両手を広げてみせた。
「なんとしてもだ」
「モーブ……」
困ったような表情で、首を傾げた。
「お前はもっと賢い男だったはず。……どうしてこうなった」
「女に溺れたからであろう。……哀れな男よ」
「もう飽きたな」
「おう」
白衣とゴーレムが頷き合う。
「そろそろ死んでもらうか」
「面倒なイレギュラーだったな」
「ああ、頭痛の種だ」
「死ぬのはてめえらだ!」
剣を高く掲げ、俺は走り出した。最後の力を振り絞って。
「ふん……」
サンドゴーレムロードの手の先に、砂が盛り上がった。槍の形に。
「往生際の悪いイレギュラーだ」
「ぐはっ!」
投擲された槍が、俺の腹に突き刺さった。俺が倒れると砂に還る。さらさらと、顔に砂が掛かった。どえらく腹が痛む。
「モーブ……様……お気を……確かに」
うつ伏せで這うアヴァロンが、俺に手を伸ばした。いたわるように。
「獣人はなかなか死なんな。たいした耐久値だ。感心したぞ」
サンドゴーレムロードが顎を撫でると、じゃりじゃり音がした。
「ケットシー種族値としてのVITに、ポイントを振り過ぎたな。もう少し平準化しておくか」
「ああ。この世界を既定路線に戻すのに手間が掛かる。ついでにな」
「アヴァ……ロン……」
「モーブ……様……。いけないこ……とですがリー……ナさんの封印を……解……きます……お許し……を……」
それだけ口にすると、がくっと倒れた。うつ伏せのまま、もう頭も動かない。伸ばした右手だけが、奇妙で複雑な印を結んでいる。一度……二度……、そして三度動くと、アヴァロンの手から虹色の光が生じた。ちょうどモンスターがマナに還るときのような。先程までしゃがみ込んでいたリーナ先生は、もう倒れ伏している。それでも光に包まれると、閉じていた瞳が、ふと開いた。
「ユグ……ドラシ……ル」
血の滲む口から、謎の言葉が紡がれた。
――と、体から虹色の幻影が立ち上がった。巨木のような。凄まじい光を放っている。
結果を見ることもなく、リーナ先生の頭からは力が抜けた。
「これは……」
白衣アドミニストレータが目を見開いた。
「いかん! 完全展開する前に潰せっ」
「効果付与無効」
「オブジェクト:世界樹」「コンストラクタ定義」「依存性インジェクション実行」
「サンドジャベリンっ」
四体のアドミニストレータが、全力でその幻を攻撃し始めた。だが効果があったのかなかったのか……。謎の巨木からは、十メートル近い男の姿が現れた。筋骨隆々たる半裸の体躯。体にはびっしりなにかの紋様が刻まれており、粗末な衣服を纏っている。
その男は、燃える瞳でアドミニストレータを見据えた。憤怒相だ。仁王のような。
「ヨートゥン……霜の……巨人……。馬鹿な……」
呆然と、白衣アドミニストレータが呟いた。
「あの機能はゲームバランスを崩すから、開発初期に廃棄されたはずだ……」
どんどん光量を増す輝きに目を閉じた瞬間、激痛と失血から、俺は意識を失った。




