7-7 四体ボス戦
「全員戦闘フォーメーションっ! 冬季装備を脱げ! 詠唱開始っ!」
戦端を開く俺の宣告が終わる前から、ヴェーヌスはダッシュを開始していた。一直線に。あいつは冬季装備も元々着用していない。まさに瞬発だ。
ヴェーヌスは魔道士系アドミニストレータに向かう。集団戦闘でまず倒すべきは魔道士――。その基本に従ったのだろう。
遅ればせながら、俺も駆け出した。「冥王の剣」を抜き、タコ野郎がターゲットだ。野郎の二十本以上の触手は、ぐにゃぐにゃゴムのように弾力に富んでいる。ヴェーヌスの蹴りが通用するとは思えない。
肉弾攻撃に頼る格闘士にとって、相性最悪の敵だ。必中スキル剣で俺が触手攻撃を潰しておかないと、ヴェーヌスが捕らえられてしまう。そうなればサンドゴーレムロードの砂造剣で、いつぞやの俺のように首を落とされてしまうだろう。
「詠唱速度向上」
「魔法威力増大」
「戦闘中HP二十パーセント増加」
「敵魔法効果半減」
「HP定期回復っ!」
「敵行動速度十パーセントダウン」
「行動速度二十パーセントアップ」
ランとリーナ先生の宣言が飛び交い、俺達や相手に魔法効果を付与し始めた。
レミリアの毒矢が次々にタコと魔道士に命中する。これまで戦ったアドミニストレータの情報はパーティーで共有してある。効果のありそうなターゲットに絞ったということだろう。白衣アドミンには効かなかったしな、毒矢。それにサンドゴーレムは砂だけに、物理攻撃自体が糠に釘だ。
「ケットシー祖霊の護り……対地」
背後から、アヴァロンの呟きが聞こえ、俺の剣が熱くなった。タコやゴーレムなど、敵には土属性が多い。まずは相手の土属性を弱体化させ、こちらの対地属性攻撃を活性化させたということだろう。
最前線まで走り込んだヴェーヌスが、滑り込むようにして魔道士に足払いを掛けた。倒れ込んだ野郎の首に脚を絡め、締めて落とそうとする。ヴェーヌスに伸びたタコ野郎の触手を数本、俺は斬り落とした。
「オブジェクト:MB」
「コンストラクタ定義」
「依存性インジェクション実行」
白衣アドミニストレータの宣言と共に、アヴァロンが吹き飛ばされた。地面でのたうち回っている。
「癒やしの大海っ!」
ランの回復魔法がアヴァロンに飛んだ。嘘だろ……ラン、それって回復系の究極魔法じゃんか。HP完全回復に加え、状態異常全回復、エンチャント効果まで含んだ。
俺がタコと格闘していると、脇からサンドゴーレムロードの砂造剣が首を狙ってきた。止むなく跳びしざる。
「ちょろちょろと鼠のように……」
野郎の苦笑いが聞こえた。
「モーブよ。いつの間にか仲間が増えたではないか」
口にした瞬間、マルグレーテの氷結魔法で、サンドゴーレムロードは凍りついた。前回の「二周目」は、この手法で野郎を倒したからな。
「マルグレーテ、風魔法でゴーレムの首を落とせ」
「鎌鼬、レベル十」
「鎌鼬、レベル十」
従属のカラー効果で、魔法が輻輳する。天使の輪に似た魔法が飛んだ。ゴーレムロードの首を見事に斬り落とす。轟音を立てて、野郎は倒れ込んだ。だが――
「オブジェクト:アドミニストレータC」
「ロールバック」
白衣アドミンの宣言で、あっさり首が繋がり、ゴーレムロードは映像逆回転のように立ち上がった。そこに――
「効果付与無効化……」
魔道士の宣言で、俺達や敵に掛けられた魔法効果が全てキャンセルされてしまった。残っているのは、キャンセル不可の地形効果だけだ。
「愚者の斬首」
「あっ!」
魔道士のキツい一発を食らったヴェーヌスは吹っ飛んだ。そこをタコに捕らえられ、胴を締め上げられる。先程からレミリアの毒矢が大量に突き刺さっているが、さしたる効果は見えない。……もしかしたら、七滝村での戦闘の経験から、中ボス特性を微調整しているのかもしれない。
「くそっ!」
タコ野郎の脚をざくざくと斬る。傷口から気味の悪い液体がどろりと漏れ、生臭さに吐きそうだ。だが今はそれどころではない。
「モーブ、逃げろっ」
絡まれたままのヴェーヌスが叫んだ。
「ぐはあーっ!」
背後から、魔道士の攻撃がぶち当たり、俺は悶絶した。苦痛で息もできない。大型トラックに踏み潰され、肋骨を全て折られたときのような痛みだ。
「モーブ様。私がっ」
巫女服のアヴァロンが駆け込んできた。中衛だというのに。匕首を抜き放つと、白衣野郎の大腿動脈に斬りかかる。特異なほど高いアジリティーを生かした、恐ろしいほどの早業だ。
四体相手だからな。たしかに前衛の枚数が足りない。アヴァロンが最前線に飛び出してきたのは、いい判断と言える。
「ふん、この素体に痛覚などない。急所もな」
太腿内側を大きく斬り裂かれたというのに、白衣野郎は知らん顔だ。
「オブジェクト:MB」
「コンストラクタ定義」
「依存性インジェクション注入」
早口の宣言で、アヴァロンは倒れた。
「あ……あ……」
「癒やしの大海っ」
「HP定期回復っ!」
「敵行動速度十パーセントダウン」
「氷結魔法、レベル十」
「愚者の斬首」
敵味方の魔法が飛び交い、俺達は倒れたり立ち上がったりした。だが、中ボス四体の連携攻撃は、想像以上に厳しかった。長時間の戦闘でようやくひとり倒したと思ったら、白衣が「ロールバック」宣言して生き返るんだからな。ならば白衣からと攻撃を集中させると、魔道士が攻撃魔法を連発してくる上に、タコとゴーレムが物理攻撃を仕掛けてくる。
俺達は徐々に押され始めた。四体相手だと俺達には、戦闘の枚数が足りない。前衛も攻撃魔道士も、要たる回復魔道士も……。ランが精一杯回復に努めてくれるが、疲労は蓄積してゆく。ヴェーヌスのハイキックも切れを失い、次第に脚が高く上がらなくなっていった。
そして……。




