7-6 宝永火口の罠
「ここが……火口か」
火口というから垂直に空いた穴かと思っていたが、ここは違った。山腹にあるためかもしれないが、緩やかな傾斜で斜めに下りていく感じ。山の火口だけに、穴は広い。リーナ先生のトーチ魔法でも、ようやく天井が照らされるくらい。それだけ大きい。
寒くはない。外からは吹きすさぶ寒風が吹き込んではくるが、洞窟の奥から熱気が湧いている。多分ここが火山だからだろう。
「足元に気をつけろ」
ゆっくりと、俺達は進んだ。先頭はヴェーヌス。逸る心を抑えられないんだろう。その後に俺とレミリア、リーナ先生。続いてランとマルグレーテだ。
霊山だけに戦闘はないはず。実際、ここまで皆無だったし。でも念のため、しっかり準備はしてある。進行フォーメーションも、万一戦闘になったときに有効な形を取っている。
「見よ、モーブ」
二、三分ほど歩いただろうか、ヴェーヌスが立ち止まった。
「ここから奈落に落ちておる」
そろそろと進むと、ヴェーヌスは崖の上で立ち止まっていた。そこで緩やかな傾斜は終了。穴は垂直に姿を変え、闇の底へと消えている。はるか奥に、熔岩の赤い輝きが見えていた。相当に下だ。
「『時の琥珀』への入り口があるはずよ」
マルグレーテが、こわごわ底を覗き込んだ。
「……でも、この先には絶対に無いわね。落ちるだけだし」
「周囲を探せ。なにかあるはずだ。なにか……鍵穴のようなものが」
全員、ぱっと散った。だが、ごろごろした石ころが転がっているだけで、どこにもそれっぽい場所はない。
そんなはずはない。巫女カエデが、あれほどはっきり教えてくれたのだ。俺が焦り始めた頃……。
「ここになにかあるよ」
ランが大声を上げた。駆け寄ると、壁が立ち上がるあたりに、なにか渦のような紋様が浮き出ている。直径二十センチほどの。明らかに人為的なものだ。下に小さく、文字が刻まれている。「アルネ・サクヌッセンム」と。
「これだ。間違いない」
「モーブ、コーパルの鍵を当ててみて」
マルグレーテが、渦の周辺を拭って埃を取り去った。
「すごろくの鍵と同じ仕組みなら、当てれば使えるはず」
「ちょっと待て」
当ててみた。だが、なにも起こらない。
「どういうこと。ちゃんと錠前はあった。鍵も使った。なのに……」
リーナ先生は首を振っている。
「アヴァロン」
「モーブ様」
「お前はもう正巫女の座を受け継いだ、力のある巫女だ。祖霊に訊いてみてくれ」
「はい」
しゃがみ込むと、錠前に手を当てた。瞳を閉じ、そのまま精神集中に入った。
静かな一瞬が過ぎた。吹き込んでくる風の音は、もう微かにしか聞こえない。代わりに地鳴りのような、深く低い音が途切れることなく続いている。もちろん、奥底の熔岩がうねっている音だろう。
「……」
つと目を開けると、黙って立ち上がった。俺の顔を見る。
「モーブ様……場所がまた変わっています」
「なに!?」
「母が感得したのは、もう二か月近く前のこと。あれから入り口が、また移ったようです」
「そんなにすぐ移動するのか? ならカエデが教えてくれると思うんだが」
「わかりません」
アヴァロンは首を振った。
「なにか……外側からの力が加わったのかも」
「マジか……」
「ええ。というのも、新たな錠前は、ここ『不死の山』の山頂火口でした。ごくわずかしか移動していないのは奇妙です。特殊な魔法かなにかで無理矢理動かしたから、最大でもその程度しか移動できなかったのかも……」
「たしかにおかしいわね」
マルグレーテは眉を寄せた。
「すぐ行きましょう、モーブ。なんだか嫌な予感がする」
「俺もだ」
早足に戻り始めた。わずか数歩。その途端――。
「そう急ぐな」
どこからともなく、声が響いた。男の声が。……聞いたことのある声色の。
「イベント消化を忘れているぞ、モーブ。それでもトップクラスのゲームプレイヤーか」
「アドミニストレータ……。どこまでも俺の邪魔をするってのか」
「なにを世迷い言を……」
哄笑が響いた。
「ゲーム管理の邪魔をしているのはモーブ、お前のほうではないか」
地面に魔法陣が生じた。四つも。五芒星や六芒星を、見たことのない文字が取り囲んでいる。青や白、赤などにそれぞれ輝きながら回転している。ごごごごっと、地鳴りが響く。魔法陣から生えるように、人影が浮かび上がった。
「アドミニストレータ……」
アドミニストレータが現れた。前世のゲームで未見の中ボスだからアドミニストレータと判断したわけじゃない。誰がどう見ても奴だ。というのも、すでに知っている形態だったからな。
「嘘でしょ。なんでこんな……」
マルグレーテが絶句した。
「四体も……」
「待たせたな、モーブ……」
四体のうちの一体が口を開いた。
「素体の再構築に時間が掛かったぞ」
「お前に倒されたからな、一度」
「……」
出てきたのは四体。卒業試験ダンジョンで俺を罠に嵌めた、魔道士系アドミニストレータ。マルグレーテ実家地下で暗躍していた、サンドゴーレムロードとタコのアドミニストレータ。そして迷いの森「七滝村」地下坑道に居た、データ収集用の白衣素体――。要するに、過去のアドミニストレータが勢揃いってことだ。
――ぼっ――
着火音と共に、俺達の周囲に炎が立ち上がった。紅蓮の炎が。原作ゲームでおなじみの、中ボス戦演出。これが展開したってことは、もう逃げられない。中ボス戦をクリアするか、俺達が全滅するまで……。
マジかよ。ダブルボス戦でさえ俺は首を落とされて死にかけたってのに、クアドラブルボス戦とか……。おまけに俺達は、火口を背にしている。追い詰められるか魔法で吹き飛ばされれば、崖から転落してしまう。高温の熔岩が待つ、奈落の底へと。
「全員戦闘フォーメーションっ!」
叫ぶと同時に、千切るように外套を放り投げた。「冥王の剣」を抜き放つ。
「冬季装備を脱げ。詠唱開始っ」




