7-4 恋愛フラグ管理「アヴァロン」
俺がノックすると、アヴァロンが顔を出した。突然の訪問に驚いているようだ。
「モーブ様……」
「少しいいかな」
「もちろん。……どうぞ」
部屋に入れてくれたよ。
「なにしてた、アヴァロン」
アヴァロンはまだ巫女服のまま。夜着には着替えていなかった。なにか巫女作業でもしていたのかもしれない。
「はいモーブ様。その……祝詞を書いておりました」
見ると、ライティングテーブルの上に紙を紐で綴じた手製の書物がある。白いページに、筆でなにか認められていた。
「見せてよ」
「あっ……」
一瞬嫌がったが、俺が手に取ると、諦めたかのようにうつむいた。
「これは……」
祝詞ではなかった。日記だ。ほぼほぼ俺のことばかりの。どう言ったとか、みんなのことをこう導いてくれた、俺が微笑みかけてくれて嬉しかったとか、胸がどきどきしたとか、そういう感じの。
「アヴァロン……」
アヴァロンはいつも冷静だ。てきぱきとパーティーの用事をこなし、自分からなにか我を通したりわがままを口にすることは、まずない。
それは巫女としての精神修養の結果だと思い込んでいたが、とてつもない勘違いだった。自分の心を無理やり奥に隠し、俺のために励んでいてくれたのか……。
アヴァロンを愛おしく思う気持ちが、胸一杯に広がった。
「すみませんモーブ様。個人の感情の赴くまま、勝手なことを書き散らして……」
「謝ることなんかない」
本を置くと、アヴァロンの手を取った。
「ごめんなアヴァロン。お前の気持ちに気づかずに、好き勝手に振る舞って」
「いいのです。モーブ様は私のご主人様。私はモーブ様のために生きていくだけです」
「おいで。今晩はふたりで眠ろう」
手を引いた。
「いいのですか……その……皆様は」
戸惑っている。
「なんならマルグレーテとリーナ先生にそうしろって言われてる。もちろんランも賛成だ」
「その……」
まだ戸惑ってるな。
「ほら」
寝台に腰を下ろすと、隣をポンポンと叩いた。
「はい、モーブ様」
ちょこんと座る。少しだけ間を開けて。あの儀式のときと全く違う初々しいふるまいに、笑いそうになった。
「儀式のときはもっと……こう……なんというか積極的だったけど」
「あれは……恋心と儀式遂行、ふたつの意味がありましたし」
「今はどうなんだよ」
「……」
答えなかった。ただ俺に密着してくると、肩に頭を預けてきた。
「恋心だけ……。モーブ様をお慕いする気持ちだけです」
「アヴァロン」
ゆっくり顔を寄せると、アヴァロンは瞳を閉じた。唇を重ねる。積極的だった儀式のときと異なり、全て俺のなすがままだった。長いキスでアヴァロンの緊張を解くと、次第に、俺の舌に応えるようになった。
「モーブ……様ぁ」
吐息が甘い。
巫女服の上から、胸に手を置いた。特に嫌がったりはしない。獣人の体温は、人間より数度高いようだ。今は頬も赤く、体が火照っているので余計にそうだ。儀式のときにわかったし、レミリアもそう言ってたもんな。
「いいな、アヴァロン」
「はい……」
消え入りそうな声だ。
「モーブ様の好きに……かわいがってください」
押し倒して襟をさらに大きく広げ、乱暴に袴をむしり取った。
長女と同じく、アヴァロンも注連縄のような褌状の下着を身に着けていた……。
●
「あらおはよう、モーブ」
朝。アヴァロンの部屋から出ると、マルグレーテがちょうど廊下を歩いていた。朝の湯浴みから戻ってきたところだと。馬車旅行の間はわがままを言わないが、貴族育ちのマルグレーテは、基本的にはきれい好きだ。時間に余裕のある旅籠ステイのときは、こうしてよく朝風呂を使っている。
「いい大風呂があるわね、この宿。大深度地下からの湧き水を沸かしているとかで、とてもリラックスできたわ」
「よかったな、マルグレーテ」
「モーブも昨晩はリラックスできたんじゃない」
くすくす笑っている。
「なんだかすっごくすっきりした顔しているわ。いやあねえ……殿方は」
「マルグレーテに言われて反省したんだよ。たしかにアヴァロン、ここまで無理して自分を隠してたみたいだ」
日記の件を思い返した。
「ほらみなさい」
腕を腰に当てた。
「言ったとおりじゃない。……これからは、アヴァロンもちゃんと扱ってあげるのよ」
「ああ。助かったよマルグレーテ。フォローありがと。……いい娘だな、お前」
「あたりまえでしょ。わたくし、モーブの幸せのことしか考えていないもの。あと、みんなの幸せと」
「俺と一緒だ」
抱き寄せると、キスしてやった。
「ん……ん……っ」
瞳を閉じたマルグレーテは大人しく、俺の唇を受け入れている。
「モーブ……好き……」
「ちょっとだけ、朝寝しようか」
「はあ? リーナ先生もいるわよ。ランちゃんは……多分まだ眠っているでしょうけれど」
「先生ならわかってくれるさ、ほら」
「仕方ないわねえ……。お風呂に入ったばっかりなのに、さっそくモーブに汚されちゃうわ、体中……」
呆れたように俺を見上げた。
「やっぱり絶倫茸なんか、食べさせるんじゃなかった」
「お前が率先して俺に食わせたんだぞ」
真っ赤になりながら「食え食え」迫ってきたマルグレーテの姿を、思い出した。
「わたくしの人生、最大の失敗かしら。はあーあっ」
大げさに溜息をついてみせる。
「……はい、モーブ」
出してくれた手に応え、恋人繋ぎする。そのまま、ふたりがまだうたた寝している寝台に潜り込んだ。
「モーブ……くん」
夢うつつのリーナ先生が、俺に抱き着いてくる。ランも先生も、夜着は脱いでいる。全裸だ。多分だけど、三人裸で抱き合って眠ったのだろう。マルグレーテの奴、唇寂しいからってまさか、先生の胸に吸い着かなかったろうな……。
「先生も、一緒に」
「……うん」
なにを言わなくても伝わった。
●次話、いよいよ「不死の山」クエストに……!




