7-1 焚き火を囲んで
「『不死の山』かあ……」
山鳥の丸焼きから肉をこそげ取ると、レミリアは口に放り込んだ。
「まだまだ遠いね」
聖地「のぞみの神殿」を出て二週間、俺達は旧道山道の崖崩れ現場で、ワイルドな昼飯にしていた。馬車に積んだ保存食に加え、レミリアが射落とした鳥を焚き火に放り込んだ即席料理というメニューだ。
「ええ。地図で確認すると、まだずっと離れているしね」
保存用の堅パンをナイフで小さく切ると、マルグレーテが口に放り込んだ。
「うん。チーズを塗ると、割とおいしいわね」
「あたしもその食べ方好きだよ」
「レミリア、お前はどんな食べ方でもどんな食べ物でも好きだろ」
「そうだねー、モーブ」もぐもぐ
嫌味も通じなかったか。まあ明るいのはレミリアの美点だしな。ランと近いところがあるわ。
「まあ、あとひと月かそこらの我慢だ。頑張ろうぜ」
「そうは言うけれどモーブくん、山道は気が滅入るわよね。一度でも海岸線に下りられれば、視界も開けるし優しい海風が吹くからリラックスできるけれど」
「そうですね、リーナ先生」
俺も同意だわ。
もう九月も下旬。しかも山道で標高は高い。肌寒い毎日が続くし陽も短くなりつつある。こうして焚き火を囲んでいれば安らげるが、夕方はなんだか物悲しいというか気が滅入る。だから毎日早めに野営地を決めて、夜は早く寝るようにしている。
「不死の山」は高山だ。麓はともかく、この調子だと頂上付近は相当に寒いに違いない。どこかの街で冬装備を揃えておかないと……。
「でも私、山も好きだよ。ねっモーブ」
お茶のカップを置くと、ランが俺の手を取った。
「ふたりのふるさとは山奥の村だもんね」
言ってから、しまったという顔になった。
「その……元のモーブの話だけれど」
上目遣いで俺を見る。
「ごめん……モーブ」
俺の憑依転生前のモーブの話だ。
「気にすんなラン。俺は俺だ」
「モーブが異世界人だったとはのう……」
魔王の娘ヴェーヌスが、山鳥を頭からばりばり齧った。仲間になってから事あるごとに少しずつ、俺の正体を説明してある。最初はヴェーヌスも驚いていたが、異世界からの転生者という事実にも慣れたのか、今では特段気にしている様子もない。
「それで色々不思議な力があったのだな。初めてあの森の通信処の画面越しにモーブを見たとき、能力は低いとすぐわかった。それでも奇妙な力と魅力を感じた。その理由がわかったわい」
「モーブ様は、特別な運命をお持ちの御方」
巫女服のまま、獣人アヴァロンは佇まい美しく座っている。手元の茶碗に手を伸ばすと、茶をひと口含んだ。
「ならばこそ、私も同行を願ったのです」
「あら、それだけかしら」
マルグレーテが含み笑いをしたが、アヴァロンは知らん顔だ。
「それにしても、巫女というのは面白い戦い方をするのだな」
感心したかのように、ヴェーヌスが唸った。
「魔法攻撃でもない、もちろん物理的な攻撃でもない、奇妙な間接攻撃……。あたしがまだ戦ったことのない力だのう……」
実際そうだった。アヴァロンが持っていたのは、魔力でなく霊力だった。敵との戦闘中に、攻撃や回復に直接寄与する力ではない。そうではなく、地脈水脈空脈に棲息する霊魂やスピリッツに依頼して、地形効果を操り敵や味方の能力を変化させる。
言ってみれば補助魔法に近い力だが、馬鹿にしたものではない。効果はずっと続くので、戦いが長引けば長引くほど、こちらに有利になる。言ってみればこちらの能力が百二十パーセントに増幅され、敵は六十パーセントに弱体化されるようなものだ。
これはMPを消費するものではないので、気にせず撃てる。しかも地形効果は魔法ではキャンセルできない。つまり敵に魔道士がいても、相手は能力の復元を図ることができない。
「しかもアヴァロン、それだけじゃないしねー」
残った骨を焚き火に投げると、レミリアは次の鳥を手に取った。
「獣人は体力もあるし、おまけにアジリティーだって極めて高いもん。地形効果をチューニングした後は、中衛として頼りになるよねっ」
ポルト・プレイザーのビーチバレー戦で、末っ娘アヴァロンの無駄肉の無い体を、レミリアも見ている。それに俺は、依代の儀でアヴァロン三姉妹の奥の奥、全身の隅々まで知っている。筋肉だけではない、柔らかで感じやすい体を。記憶にふと浮かんだあのときの光景を俺は、頭を振って吹き飛ばした。
とにかく、筋力こそないものの、敏捷性を生かした攻撃を繰り出せる。中衛に置いて、防御的ファイターとして後衛守護を任せるのに最適だった。
「そうそう」
マルグレーテも頷いた。
「匕首って言うのかしら、あれ。鍔の無い奇妙なナイフを逆手に構え、あっという間に相手の急所を斬っていくものね。力で倒す剣術じゃなく、知性と俊敏さで倒していく剣術で」
「あの速度に勝てる魔物は、そうは居まい」
レミリアが投げ捨てた骨を焚き火からサルベージするとヴェーヌスは、噛み砕いて飲み込んだ。
「魔族の仮想戦に参加させたいほどの力だが……」
苦笑いしている。
「魔族は巫女が苦手だからのう」
「お前も苦手なのか、ヴェーヌス」
「……知らん」
ぷいと横を向いた。それから、思い直したかのように俺を見た。次にアヴァロンに視線を移す。
「あたしは嫌いではない。旅の仲間だし」
それなりに気を使ってるんだな、ヴェーヌスも。苦手なのは、こいつも他の魔族と同じはずだし。
「もう何日も馬車泊まりだよ、モーブ」
また骨を放り投げると、レミリアは果物を掴んだ。リンゴに似た奴だ。ヴェーヌスとリーナ先生に投げると、自分もしゃりしゃり食べ始める。他のメンバーはまだメインの食事を終えていない。ランとか、ゆっくり楽しそうに食べるからな。どんな粗食でも、豪勢なリゾート食でも、全く同じ態度で。
「あたしそろそろ飽きたな。お風呂も腰までしかない小川での水浴びとか、濡らしたタオルで体を拭うだけだし。……このへん、泉すらないもんね」
「お前、森の子エルフだろ。山が嫌とか、なに情けないこと言ってるんだよ」
「エルフだって、たまにはおいしいもの食べて、のんびりしたいんだよ」
「まあいいじゃないの、モーブくん」
リーナ先生が取りなした。
「レミリアちゃん。地図によるともうじき、大街道に出る。そこには商人相手の旅籠があるわよ」
「それだけが今の心の支えだよ」
情けないことを口にする。
「わかったよレミリア。みんなも疲れただろ、荒れ道で毎日馬車に揺られて。そこで何日か逗留して、ゆっくり英気を養おう。体の疲れを取って、荒れ道激走で緊張した心も解き放ってな」
「本当、モーブ。おいしい料理食べられるの? ふかふかの寝台と温かで安らげる大風呂も、あるかなあ……」
目を輝かせている。
「嘘は言わんさ。ここまでの戦闘で、レアドロップ品もまたたくさん溜まったからな。あれが高く売れる。いい部屋を取ってやるよ。そしたら寝台も風呂も、もちろん飯も最上級だ」
「やったあ」
小躍りして喜んでいる。
「いいの、モーブ。贅沢して」
「ああマルグレーテ。お前も大きな風呂が恋しいだろ」
「そうね。……ありがと、モーブ」
微笑んだ。




