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6-12 割れた心

「アヴァロン」

「はい、モーブ様」


 馬車の前で、出発の準備をしているところだ。少し離れた場所で、カエデは俺達を見ている。


 ランとレミリアが、頂いた食糧と水を馬車に積み込んでいる。マルグレーテとリーナ先生は、荷室の整理。人数が増えたので、レイアウトを変更し、荷物を減らして居住空間を増やしている。


 ヴェーヌスは珍しく、馬の鼻面を撫でている。なにか耳元で囁くと、答えるかのように、いなづま丸が首を縦に振った。


「これを……」


 例の「誓いのコイン」って奴を、アヴァロンに差し出した。カジノで入手した謎コインを、ペンダント状のアクセサリーに加工したもの。最後のひとつで先日、ヴェーヌスに装着を断られた品だ。


「身に着けてくれ。仲間の証だから」

「あら、素敵な装備ですね。……精神賦活の効果を感じます」


 俺を見上げた。


「モーブ様のご命令なら、喜んで」


 受け取ると首に巻き、巫女服の襟に隠した。


「ああ……心が落ち着きます。なにか……あるべきところに、私の魂が収まったような……」


 俺を見つめる瞳がしっとりと濡れてきた。


「モーブ様……お慕い申し上げております……」


 そのとき、アヴァロンの頭上に、赤い輝きが生じた。円環状の。例のフラグ光が。やっぱり、仲間との親密度を上げる効果があるんだな。色々な意味での。


「……」


 ふと視線を感じ振り返ると、ヴェーヌスがこちらを見つめていた。というかアヴァロンの頭上を。馬を撫でるのも忘れて。


 あいつ……もしかしてこのフラグ光、見えるのか。この世界ではこれまで、俺以外の誰もこいつが見えていなかったってのに……。


「大切にしますね、モーブ様」

「あ、ああ……」


 アヴァロンは、ランたちの手伝いに戻った。


「おい、モーブ」


 大股で、ヴェーヌスはずんずん近づいてきた。


「なんだよ」

「それをよこせ」

「なにを」

「誓いのコインに決まっておるだろう」


 よくわからんが、なんとなく喧嘩腰だ。


「はあ? お前以前、こんなものはいらんと突き返したじゃないか」


 パーティーに入ったときに頼んだんだよな、着けてくれないかと。


「黙ってよこさんか、馬鹿者。あたしも装備してやる」


 なんか知らんが、苛立ってるな。


「そら着けてくれるなら嬉しいけど、もう売り切れだ」

「なに!?」


 カジノで入手した「鍵」は六つ。例の「三つのパニッシュメント」罠で手に入れた鍵状の鍵とコイン状の鍵で、三つ。それは俺とラン、マルグレーテが装備している。あとファイナルループゾーン宝箱の奥の奥からコインが三つ。レミリアとリーナ先生、それに今、アヴァロンに渡したもので最後だ。


「いや、まだ類似アイテムを持っているはずだ。感じる」


 よく考えたが、思いつかない。それにしてもなに焦ってんだ、こいつ。


「ないと思うけどなあ……。俺の『鍵状の鍵』をやろうか。これも多分、効果は同じだ」


 防具の奥から取り出して、見せてみた。


「馬鹿者。それでは意味がないではないか」

「どういう意味だよ」

「それは……」


 絶句している。睨まれた。


「教えん。とにかくお前は、珠を持っているはずだ。『誓いの珠』を。感じる」


 早口になっている。なにか焦っているかのようだ。


「珠?」

「このくらいのサイズだ」


 指を丸めてみせた。ビー玉くらいか……待てよ。


 頭の隅に、なにかが引っかかった。


「もしかして……これかな」


 木の箱を持ってきた。荷室に仕舞い込んでいた奴。広辞苑くらいのサイズで、ずっしり重い。大陸間横断貨客船ベアトリス丸を降りたとき、船長にもらった品だ。幽霊船騒ぎ解決やなんやかやの礼として。随分昔の客の忘れ物で、正体不明って奴。


「ほら」


 箱を開いて、中を見せた。立派な革の内装で、銅色の金属球が収められている。ビー玉くらいの。


「なんだ、やはりあるではないか」


 ほっとした声だ。摘み出し、検分するかのように、あちこちひっくり返している。陽光を受け、珠はきらきらと輝いている。炎のような、銅色に。


「これが……あれか」


 感心したような口ぶりだ。


「このアイテムの正体は不明だ、ヴェーヌス。どこで鑑定に出しても、なんもわからん。鑑定不能だからこそ多分、貴重な品だと思う。俺にこれをくれた人も、そう推察していた」

「人間などに鑑定できるものか。こいつは……特別だからのう」

「特別?」

「特別な……契約だ」

「はあ」


 ヴェーヌスは、いつまで経っても珠を見つめるばかりだった。


「装備するんじゃないのかよ」

「うるさい。今考えておる。少しは黙っておれ」


 いやそんな、八つ当たりされても……。


 そうは思ったが、俺はほっておいた。女の子の不機嫌は放置が一番と、前世の社畜経験でもわかっている。口を挟むと地雷踏むからな。落ち着いたところでなにか、人気スイーツでも土産に渡せばいい。


 この社畜スキルで、オフィスの女子ダンジョンを乗り切ってきた。中ボスたる無敵アンデッドお局とか、仲間無限召還スキル持ちの新人相手でな。しかも結構重要だからな、このテク。


 こっちの世界に転生してからは、身の回りにあまりその手の女子が居なかった。だから、この対女子スキルを使うこともなかったが……。


「くそっ」


 ヴェーヌスは首を振った。


「なんだこんなもの。怖くはないわい。あたしは魔王の娘。強いからな。絶対に制御できる。必要な部分だけと、制御してみせる」


 口に放り込んだ。


「あっ! なにしてんだよお前」

「……飲んだ」


 あっけらかんと答える。悪びれてすらいない。


「飲んだって、あの珠をか」

「こうやって使うのだ」

「薬じゃないぞ。ただの金属球だし」

「ふん」


 思わず、俺は頭上を見た。ヴェーヌスはこのアイテムが、「誓いのコイン」の類似アイテムだと言っていた。なら同じ効果があるのでは……。


「なにを見ておる」


 勝ち誇った顔で、ヴェーヌスは胸を張った。


「『誓いの光』が生じると思ったか。阿呆め」


 腰に腕を当て、上機嫌だ。


「あたしはお前などに負けはせん」

「えーと……」


 困惑した俺を後に、すたすた歩み去っていった。今度はいかづち丸の耳に、なにか吹き込んでやがる。いかづち丸はなぜか俺のほうを見た。気の毒そうな顔で、首を横に振っている。いやそれ、どういう意味だってばよ、いかづち丸。気になるじゃんか。


「モーブ様……」


 全てを見ていたのか、カエデに呼ばれた。


「あの魔族の娘は、大切に扱ってやりなさい」

「はあ……」


 今でも大事にしている。……少なくとも俺の側は、そう接しているつもりだ。たとえふたりが殺し合いで終わるとしても。


「あの娘はいずれ、モーブ様の運命を大きく変える。必ずや、お役に立つことでしょう……」


 曖昧ながら気になる神託。隠居したとはいえ霊力に優れた、ケットシーの巫女だけある。


「ヴェーヌスという名前は、秘名なんです。カーミラはもうひとつの名前で。秘名を俺に教えたため、いずれ殺すと宣告されています。……本人から」

「秘名を……ですか」


 カエデは俺をじっと見つめた。


「あなたとあの娘の未来が決闘に収束するかは、わたくしでもわからない。ただ……あの娘の心は、ふたつに割れている。それがいずれ運命の大きな分岐をもたらす。良い方に進むことを、祖霊に祈っておきましょう」

「分岐か……」


 悪い方に進めば、既定路線どおり殺し合いってことだな。そしてその道のほうが、イージールートに決まってる。俺が死なないルートに分岐する条件は、相当厳しそうだ。


 ……これはなかなかの無理ゲーだな。ゲーム好きだから難ルート攻略も好きっちゃ好きだが、この世界はただのゲームではない。俺の命が懸かっている。打つ手を間違えれば、人生そのものが詰んでしまう。


 厳しい状況に、俺は唸った。


「割れている理由はふたつ。ひとつはわたくしにも詠み取れない。多分……本人も知らない秘密がある」

「もうひとつは」

「それも本人は知らない……というか、気付いていない。混乱しています。それに……」


 思わせぶりに俺を見つめる。


「それにわたくしの口から明かすのも、止めておきましょう」

「なんでだよ。教えてくれ、カエデさん。俺はリーダーだ。仲間の情報を掴んでおく必要がある。それに命懸けの旅だ。細かなことでもいい。情報が、俺達の命を救うんです」

「今の時点では、モーブ様は知らないほうがいい。そのほうがおそらく、いい方向に分岐します。それに情報など掴む必要はありませんよ、モーブ様」


 首を傾げると、楽しげに微笑んだ。尻尾がゆっくり揺れている。


「魂を掴みなさい」


 それだけ口にした。カエデは、もうなにも言ってはくれなかった。




●次話から新章「不死の山クエスト」に入ります

「のぞみの神殿」でアルネ・サクヌッセンムの隠棲場所情報と新たな嫁を得たモーブ。アルネに会うべく、大陸最高峰「不死の山」登山に挑む。問題の「宝永火口」に着き、「コーパルの鍵」を起動するモーブと仲間達。だがそれは、予想だにしなかった危機の幕開けに過ぎなかった……。


困難に挑むモーブと嫁一行にご期待下さい。

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