6-11 魂の合一
「待たせたな」
戻ると全員、座って俺達を待っていた。
「あら、ふたり?」
マルグレーテが、俺達の背後を覗き込んだ。
「残りのアヴァロンは」
「ここに居ますよ」
アヴァロンが微笑んだ。三人はひとりに合一したと教えるとみんな困惑していたが、儀式で合体し正巫女の座を継いだと説明すると、唖然としていた。どういう内容か聞かれたが、神聖な儀式なので話せないと告げると、なんとなく納得はしてくれたようだ。まあ実際、恥ずかしくて話せないわ。
「アヴァロン……立派になって」
カエデに呼ばれ、俺とアヴァロンは母親の前で正座した。
「もうあなたは、誇りあるケットシーの正巫女ですよ」
微笑むカエデの瞳は、気のせいか濡れていた。
「母上、今日まで育てていただき、ありがとうございました」
三指をついて、深々とお辞儀をする。
「顔を起こしなさい。……これを」
白い風呂敷包みを、娘の前に押しやった。「草薙剣」を包んでいた布同様、墨でびっしりと真言が書かれている。
「これをお持ちなさい。中身は『正巫女の服』、ケットシー祖霊の祝福が込められたアーティファクトです」
「謹んで受け継ぎます」
また頭を下げた。板の間に頭が着くほどにも。
「今日から……今からあなたはモーブ様の旅の仲間。健やかなるときも病めるときもモーブ様を支え、助けるのですよ」
「拝命いたしました」
「そしてモーブ様」
「はい」
「アヴァロンを……娘をよろしくお願いします。こう見えて、さみしがりやなところがあります。たまには甘えさせてあげてください」
「俺が守ります。そして必ず幸せにします」
なんだか結婚の挨拶のようだとは思ったが、考えてみれば依代の儀はあんな感じだし、似ているのは当然かもしれない。
「頼もしいお言葉。……さすがは我が娘が見込んだ殿方だけのことはあります」
微笑んだ。
「では不死の山にお向かいなさい」
ほっと息を吐いた。
「不死の山の火口は深い。そのためか、火口は遠く冥府まで続くと、旧き言い伝えにあります。そのことを思い出しました」
「はあ」
「モーブ様。『冥王の剣』がアルネ・サクヌッセンムの元に導くと、大賢者ゼニス様が仰ったのですね」
「ええそうです。居眠りじいさんはそう言ってました」
「居眠り……なんですか」
「ああこっちの話で。……続けて下さい」
「ゼニス様がそう仰ったのは、不死の山と言いたかったのではないでしょうか」
「なるほど」
冥府に続く山にアルネに続く入り口があるからか。考えられなくはない。
「わたくしは……」
カエデは続けた。
「祖霊の力を借り正巫女の座を正式にアヴァロンに受け継がせ、霊力のほとんどもそちらに移りました。わたくしは隠居の身。なれど霊力は充分残っております。わたくしはここで、旅の無事を毎日、祖霊に祈っておきましょう。それに……」
祠を振り返った。
「ここ聖地を維持する義務もある。さみしくはありません。ゼニス様との思い出もありますし……。アヴァロン、それにモーブ様、気にせず前に進みなさい」
「母上……」
「ありがとうございます」
「モーブ様とアヴァロン、そのお仲間に、ケットシー祖霊の力あれ」
カエデが宣告すると、室内なのに風が巻き起こった。俺と仲間の体が、緑色の輝きに包まれる。どえらく気持ちいい。なんというか……天国のジャクジーで心地良い泡に包まれたときのような……。安らぎと癒やしを感じる。思わずうっとり瞳を閉じた。
気づくと、もう風は止んでいた。カエデが微笑んでいる。
「祖霊もモーブ様を祝福してくれました。とりわけ強く。……さすがは『羽の勇者』様ですね」
羽の勇者――。その降臨を祖霊に告げられたカエデは、末娘アヴァロンを別大陸に派遣した。勇者を探せと命じて。命に従い大海を渡った彼女は、神託の導くまま、ポルト・プレイザーに居着く。カジノで働き景品交換の際、俺と指が触れ合った――その瞬間、俺こそが羽の勇者だと感得した。……それは、俺が以前末娘に聞いたストーリーだ。
「なんとか、祖霊の期待に応えてみせるよ」
俺が笑うと、瞳を細めて頷いた。




