6-10 三位一体の奇跡
「……」
夢のようなひとときが過ぎると、強い眠気が襲ってきた。そのまま意識を失った俺は、奇妙な夢を見ていた。
「……」
ふと、意識が戻った。なんの夢を見ていたのか、すぐにわからなくなった。たしか……戦闘の夢だ。俺の目の前に数人の……敵が……いて。もう思い出せない。多分……アンデッドだったような……。厳しい……というか辛い戦闘だったはず……くそっ、思い出せない。
「あれは……」
天井が見えている。端正な柾目を見せる、白木の組天井。……ここはケットシーの「のぞみの神殿」だ。そう、俺はたしか……アヴァロン姉妹三人を相手に、依代の儀を……。
意識がはっきりした。
「アヴァロン……」
アヴァロンは裸のまま俺に抱き着き、腕枕で眠っていた。すうすうと寝息が聞こえる。ただし……ひとりだけ。これが長女か次女か三女かわからん。顔だけ上げて見回したが、ともかく残りのふたりはいない。
「モーブ……様」
目を覚ましたようだ。顔を起こすと、俺の口に唇を重ねてくる。
「お慕い申し上げております」
「今、なにか恐ろしい夢を見ていた。内容は……思い出せない」
「ここは聖地ですからね。魂界から時折、情報が吸い上げられるのです。私もよく……奇妙な夢を見ました。それは……」
甘えるように、俺の肩にキスしてくる。
「いずれ起こること。運命の導くままに」
「そうか……ってお前、瞳が……」
今、気がついたが、猫目ではなくなっている。普通の人間同様、太い瞳だ。母親カエデと同じで。
「依代の儀が無事終わったからです。私はもう……ケットシーの成体」
「お前は誰だ。……というか、どのアヴァロンだ」
「あら、わかりませんか」
「ち、長女とか」
「違いますよ」
「なら三女」
なんとなく甘えてきているし。
「いえ」
首を振った。
「私達はひとつになったのです」
「ひとつに?」
「ええ。瞳が太くなったでしょう」
「ああ」
「三人の瞳が重なったからです」
「マジか……」
「ええ」
猫目が人間の三分の一の太さとして、三人分でちょうど人間と同じか。よくできてやがる。……それにこれなら、儀式を終えたかどうか、一目でわかるしな。
「私の一族は必ず、三つ子を産む。女子しか生まれません。その三つ子は世界に出て、様々なことを学ぶのです」
アヴァロンは説明してくれた。
ケットシーの三つ子は、世界を見て回る過程で、心に決めた連れ合いを見つける。三人の魂がその男を認めると、依代の儀を行う。そうして男の精をそれぞれに受けた三つ子の体は、ひとつになるのだと。
「もともと、ひとつの魂が三つの体に分かれていた身。大人になると同時に、本来あるべきひとつの体に統合されるのです」
「そんなことがあるのか……」
記憶も全て合一するんだと。奇妙な生態だ。さすが貴種獣人ケットシーだけある。
「そんなこともこんなことも、モーブ様は私共を愛して下さったではないですか」くすくす
「まあ……それは……その……」
三人とも処女だったに違いないのに、人間のように痛がったりはしなかった。それどころか、俺を優しく包むように愛してくれた。興奮に我を忘れた俺が乱暴に扱っても、嫌な顔ひとつせず。
それに……。
「それにしても、ちゃんと人間の耳もあるんだな」
アヴァロンの髪を撫でて、耳を露出させた。獣人は皆、体毛も頭髪も濃くて厚い。顔の脇が晒されることはない。
「その耳を見せるのは、好きな殿方だけにです。……恥ずかしい」
先程関係を持ったとき、耳の存在に気づいた。優しく撫でると喘いで、アヴァロンは身をよじらせた。よっぽどここが感じるんだろう。
「獣人の耳って、ネコミミだけかと思ってたわ」
「音を聞くのは、人間の耳です」
「ネコミミには機能がないのか」
「そこは、いわば第六感を感じ取るところ。霊力の源です」
レーダーとか多用途センサーみたいなもんか。
「モーブ様……」
「なんだい」
「そろそろ戻りましょう。ランさんやマルグレーテさんが、やきもきしてお待ちです」
「そうかな」
「わかりますもの。そういう感情の香りが漂っています」
やっぱなー。獣人凄いわ。船に居た狼系獣人アレギウスもそうだったけど、どえらく敏感な嗅覚だ。これは道中、便りになるわ。
「ヴェーヌスはどうだ。あいつもやきもきしてるのか」
「彼女は……」
またくすくす笑うと、俺の肩に唇を当てた。ちろちろと、舌の感触がする。
「いらいらしておられます。早くこの聖地を出たくて仕方ないようで……」
「だろうなあ、魔族だし」
「それにモーブ様のことを心配しておられます。なにか……私達とおかしなことになっていないかと」
「あいつがか、まさか」
思わず笑っちゃったよ。
「あいつ、人を心配するキャラじゃないだろ。そもそも、いずれ俺を殺すつもりの奴だし」
「心とは奇妙なもの。宇宙より広い……」
ごろっと上を向いて呟いた。そうすると、形のいい胸が丸見えになった。俺に触ってほしそうに見える。試しにそっと手を置いてみた。アヴァロンは嫌がらない。俺はそのまま、ゆっくりと胸をまさぐり始めた。
「たとえ魔族とはいえ、心は人間とそう変わりません。ただ残忍なだけで。……それに彼女は、普通の魔族とはなんだか違います」
「そうなのか」
「ええ……。母も申しておりましたが、心がふたつに割れている。私にも感知できました。依代の儀を終え正巫女の地位を祖霊から受け継いだから。それに……」
胸を触る俺の手に、自分の手を重ねた。
「それにリーナさんの封印の中身が、もっとはっきりわかりました」
「どんな封印なんだ。家族が施したんじゃないかって、前言ってたけど。次女アヴァロンが」
「今はお教えしないほうがいい。いずれ……時が来ればお話しします……んっ」
体を震わすと、かわいい声で喘いだ。
「モーブ様ぁ……」
末っ子アヴァロンの甘え声だ。
「胸は今度にして下さい。でないと私はいつまで経っても、モーブ様をこうして抱いていたくなる。出立できませんよ、皆さん」
「ああごめん」
俺は手を引いた。
「私はもうモーブ様に仕える身。今後はいつでもお相手しましょう。……というか、それが私の願いでもあります。私の中にいる、三人総意の……」
「いいのか、依代の儀式は終わったってのに」
「順序が逆ですよ、モーブ様。魂が惹かれているから、依代に選ぶのです」
微笑んだ。
「ということは……」
「私はモーブ様をお慕いしております。三人とも。……おわかりになりませんか」




