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6-7 三人のアヴァロン・ミフネ

「そうですか……」


 巫女の館。長く続いた俺達の話を全て聞き終えると、正巫女カエデ・ミフネは、ほっと息を吐いた。


「危機一髪でしたのですね」

「ええ母上。ですが……」


 長女アヴァロン・ミフネは、俺の隣で正座している。


「モーブ様は、見事に『草薙剣』を底無しの泉に封じました。もはや何人たりとも、あの剣を引き上げるのは不可能かと。それに……」


 俺達の後ろに座るランとマルグレーテ、レミリアとヴェーヌスにも、視線を投げる。


「それにモーブ様のお仲間は皆、極めて優れた資質の持ち主でした。母上、私は感服しました。特に……ランさんが、異様な力を発揮して……。なんでも、アルネ・サクヌッセンムによって付与された『羽』の力とか……」

「アルネ・サクヌッセンム様の……そうですか」


 天井を見上げると、カエデは瞳を閉じた。そのまま黙っている。


「不思議な宿命が、わたくしたちを包んでいるのですね。アヴァロン、あなたの父親も、アルネ・サクヌッセンム様と会ったのですよ」

「本当ですか、母上」

「ええ……」


 頷いた。


「その御方は、アルネ様から、一振りの短剣を授かって戻ったと、遠い便りに聞いております」

「ちょっと待って!」


 マルグレーテが、手を口に当てた。


「それって『冥王の剣』でしょ。その人もしや、大賢者ゼニスでは」

「ええ、そうです」


 あっさり認めた。


「わたくしたちとゼニス様は恋をし、一夜限りのちぎりを結んだのです」


 予想だにしなかったとてつもない爆弾発言を、カエデは繰り出した。


「そうしてわたくしは、正巫女の座を、母から受け継いだ。血を繋ぐために……」

「マジっすか!」


 思わず叫んじゃったよ。


 そういや居眠りじいさん、ここ「のぞみの神殿」には、一度だけ来たことがあると言ってたな。ポルト・プレイザーのカジノで、すごろくを始める前に。


 じいさん、こんな辺境でまで、種つけてたんか。神聖な巫女に手を出すとか、どんだけスケベなんだよ。そら未だにカフェの店員口説こうとするわけだわ。度外れエロじじいじゃん。


 つまりアヴァロン三姉妹はじいさんの娘。そういやあのカジノでアヴァロンを見たじいさんは、誰かと「瓜二つ」とかなんとか懐かしがっていたが、そういうことだったのか。


「カエデ様、モーブくんはあなたの請願を受け、クエストをこなしました」


 リーナ先生は、背筋を伸ばした。


「約束です。『コーパルの鍵』の使い方をお教え下さい」

「アルネ・サクヌッセンムは、『時の琥珀』という次元の狭間で存在していると聞いています」


 マルグレーテが付け加えた。


「おそらく、『コーパルの鍵』を起動することで、『時の琥珀』に行けるんですよね」

「ゼニス先生は、『冥王の剣』もまた、モーブをアルネさんの元に導くと、予言してくれました」

「おやおや……」


 カエデはランに微笑みかけた。


「それではあなた方は、ゼニス様の教え子ですか」

「ランちゃんとマルグレーテちゃん、モーブくんはそうです。ゼニス先生は正体を隠し、無名の教諭として王立冒険者学園ヘクトールで二十年以上も奉職。長年、学園生を育ててきました。私はそこの養護教諭です」


 いやリーナ先生、持ち上げすぎだわ。じいさん、二十年もの間、最底辺クラスZで居眠りしてただけだからな。学園生の教育、ほったらかしで。……まあその間、幽体離脱で魔王軍を探ってたらしいけどさ。


「ゼニス様……なにもかも懐かしい。わたくしの心を捧げた御方……」


 瞳を細めると、カエデはしばらく黙った。それから俺に向き直る。


「ではお教えしましょう。『コーパルの鍵』は、たしかに『時の琥珀』に繋がる鍵。鍵ですから当然、対応する錠前があります。そこで使うのです」

「どこにあるんですか、その錠前は」

「アルネ様に会う方法はいくつかあるとされています。一番簡単なのは、その『コーパルの鍵』を使うこと。ゼニス様はそうではなく、一番厳しい道でお会いになった。『コーパルの鍵』をお持ちでなかったので。……鍵をお出しなさい」

「はい」


 俺から受け取ると、胸に抱いた。


「次元の狭間への入り口は、刻々と場所を変える。だからこそ、辿り難いのです。過去の経験や情報は役に立たないので。ですが今は……」


 瞳を閉じ、祈るように天を仰ぐ。


「……」


 一分、二分……三分ほどもそのままだったろうか。ふと瞳を開くと、ほっと息を吐いた。鍵を前に置くと、俺の側に押し出した。


「今は、この大陸最高峰の山にあります。山に向かいなさい、モーブ様。『不死の山』という名前です。火口の中に、鍵と呼応する場所があるでしょう」

「山頂に行けばいいんですか」

「いえ、山腹にもうひとつ火口があります。そちらです。過去に宝が噴出したと伝説にある火口。宝永火口と呼ばれております」

「そこに行けばいいんですね」

「ええ。全ては運命……。『さながらに、は定め』です」

「わかりました。あの……『冥王の剣』が導くという話は、なんでしょうか。居眠りじいさん……その……大賢者ゼニスが言ってたんですが」

「わたくしにはわかりません」


 首を振った。


「ですがゼニス様が宣託を下したからには、なにか意味があるのでしょう。あの御方は、未来が詠めるのですから」


 マジかよ。そんなん聞いてないけどな。


「ある程度ですよ。未来は枝分かれする根っこのように見えるらしいです。なのでどう辿るかで、全然違ってくるとか」


 なるほど。自分で分岐を選べる特殊なあみだくじみたいなもんか。どう選ぶか、どう進むかで違ってくるという……。


「さてモーブ、これで話は着いた。さっそく出立しよう」


 ヴェーヌスは立ち上がった。魔族だけに、聖地は居心地が悪いのかもしれない。俺を立てる手前、ここまで我慢してくれたんだろう。意外にかわいいところあるな。


「ちょっと待て、ヴェーヌス。あの……カエデさん」

「なんですか、モーブ様」

「アヴァロンを俺のパーティーに加えてくれませんか」

「モーブ様の……」


 意図を探るかのように、俺の瞳を覗き込んでくる。


「アヴァロン三姉妹それぞれと、俺は知り合った。それでつくづく感心したんです。あなた方ケットシーの持つ、優れた能力やスキルに。俺のパーティーに入ってくれれば、とてつもなく助かる」

「これまで、次女や三女のアヴァロンさんにも頼んだんだよ」


 レミリアが付け加えた。


「そしたら、聖地で母親と長女に相談してくれって話だったんだ」

「そうですか……」


 カエデは、改めて背筋をぴんと伸ばした。


「モーブ様は、八百余年の課題、草薙剣問題を解決していただいた御方。なんとしてでも協力したいのですが、しかし……」


 カエデは言い淀んだ。


「しかしアヴァロンはまだ、巫女の座を受け継いでいない。修行中の身ゆえ……」

「母上、モーブ様に依代よりしろになっていただきましょう」

「依代に……」


 アヴァロンの顔を、カエデはまじまじと見た。


「それでいいのですか。一生の問題ですよ」

「ええ」


 アヴァロンは頷いた。


「母上が仰ったように、我らケットシー一族は、ここ神殿での呪われた剣のお守りから、先程解放された。ならば依代を得て修行を終わらせ、外に出ていいのでは。正巫女が聖地を離れるのは、八百余年ぶりです」

「あなたはそうしたいのですね」

「ええ」


 頬が微かに赤くなった。


「私に異存はありません。モーブ様が私を望むなら、応えたい。私の魂が、そう語っています」

「他のアヴァロンは……」

「皆、賛成しています。……というか、前々からそのような心を、私に送ってきています」

「そうですか……三人とも……。運命ですね、これも……」


 我が子と俺の顔を、交互に見やった。それからひとつ、溜息をついた。


「親というのは、子供のこととなると、瞳が曇ってしまうのですね。我が子がもう育ち切っていたのに、気づかないなどと」


 立ち上がった。俺達にくるっと背を向ける。それから例の祠に向かい、深々と頭を下げた。袴の穴から垂れた尻尾が、ゆっくりと揺れている。


 頭を上げ、そのまま背中で語る。


「わかりました。モーブ様、巫女として……ではなく、ひとりの母としてのお願いです。アヴァロンを連れて行って下さい。魂の依代となってから」

「ありがとうございます。アヴァロンが加わってくれれば、すごく心強いです」


 カエデの背中に、俺は頭を下げた。


「だけど依代って、具体的には何をすればいいんですか」

「私達がご説明しましょう」


 背後から声が掛かった。振り返ると、獣人の娘がふたり立っている。ひとりは冒険者の服、もうひとりはバニースーツ姿の。


「アヴァロン……。三人が揃ったのか」

「はいモーブ様。お久しぶりです」

「依代になっていただけることと、信じておりました」

「よろしくお願いいたします」


 三人のアヴァロンは、俺に頭を下げた。


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