6-6 眠りにつく神剣
「そもそもお前ら一族は気に食わなかったんだ。何百年も我の力を封印しおって。死ねっ!」
「だめーっ!」
力を込めて剣を突き通すのと、ランが飛び着いてきたのが同時だった。
「うっ!」
強い衝撃を受け、俺は弾き飛ばされた。ランと共に。ランの体からは黄金の火の粉が飛び、幻の翼となっている。
「これは……」
ヴェーヌスの声が聞こえた瞬間、俺の意識は飛んだ。
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「……」
意識が戻った。どこだろうここは。俺は、ごつごつした岩の天井を見上げている。仰向けに倒れているようだ。
「……ここは」
「気が付いた」
リーナ先生の顔が見えた。俺の右手を握ってくれている。
「ここは、どこだ」
「洞窟よ。のぞみの神殿の」
「あ、ああ……」
思い出した。草薙剣を捨てるために、滝裏の洞窟に入ったことを。そこで俺は次第に意識が薄れ、終いには夢の世界をふわふわ漂っているような感じになって……。それで……剣を……。
「あっ!」
「しっかりして、モーブくん」
リーナ先生に右手を握られている。ということは、剣は……。
「俺、剣に操られていたのか。アヴァロンは……」
「無傷よ、大丈夫。剣で突かれる前にランちゃんが……」
マルグレーテの顔が現れた。
「ランちゃんに抱き着かれて一瞬だけ正気に戻ったモーブは、自分の胸に剣を突き立てようとしたのよ。支配される前に死のうとして」
「それって……」
俺は覚えていないが、そのシーン自体は記憶にある。リーナ先生に抱かれて眠った日に見た夢だ。あれは正夢だったのか……。
「でもランちゃんがしがみついたら、ふたりからすごい光が生じて……」
「それで俺は吹き飛んだのか」
「うん……」
マルグレーテは、俺の頬を撫でた。
「心配したんだから……」
「みんなは無事か」
「ええ。ランちゃんも、もう意識が戻ってる。ほら……」
体を支えてくれた。少し離れた場所で、ランも体を起こしている。その側には、アヴァロンとレミリアが付き添っていた。さらに向こうで、ヴェーヌスは洞窟に背を凭せたまま立ち尽くしている。
「ラン……お前が俺を助けてくれたのか」
「そうかも……」
曖昧な笑顔を浮かべている。
「モーブがおかしくなっちゃうって思ったら、魂の底が熱くなって、夢中で……」
「例の幻の羽が展開した。そうだな」
「多分……。自分ではよくわからない」
「そうか」
ランは「羽持ち」だもんな。アルネ・サクヌッセンムが仕込んだ。
「でも、もう羽は全部消えちゃった。感じるもん」
肩をすくめてみせた。
「二度と羽は広げられない。もう終わったの」
「そうか……」
「モーブくん、私も昔調べたの、『羽持ち』について。過去の『羽持ち』もやはり一度ないし数度で、羽の力が消えていたわよ。羽を展開するためのエネルギーに上限があって、それを使い尽くすと羽自体が消えてしまうんだと思う」
「そうですか、リーナさん」
「でも良かった、モーブが正気に戻って。モーブったら、あたしの矢も全部斬っちゃったし。神業だよ、あんな剣筋」
「あたしも殺される寸前だったしな」
ヴェーヌスが付け加えた。
「ヴェーヌス、さっきは悪かった」
「いいんだ。あれはお前じゃない。そこの剣がやらせたことだしのう……」
地面を示した。例の真言布が広げられている。中央が盛り上がっているから、そこに草薙剣が置かれているのだろう。
「傷は大丈夫なのか」
「リーナが治癒魔法を掛けてくれた。傷跡もない」
「良かった……」
「そもそもモーブ、お前ごときがあたしの首を取れると思ったのか。さっきのは剣の力だ」
笑われた。
「素のお前に、あたしが格闘戦で負けるわけはない。実力が違いすぎる。たとえ百年経とうが、お前に首を斬られるなど、ありえん話よ。その前にあたしがお前の首を折っておる」
「そうだな」
それはマジ、そうだと思うわ。
「それにしてもモーブ、強かったぞ、お前。普段よりよっぽどだ。……お前はその剣に支配されていたほうが、リーダーには向いておるのう」
「もう言うな。あっさり操り人形になったとか、黒歴史の最たるもんだわ」
「起きられる、モーブ」
ランは心配顔だ。自分も吹き飛ばされたってのに、俺の心配をしてくれるのか……。優しい娘だな、いつもながら……。
「大丈夫。ほら……お前も立て」
ランに手を貸してやった。
「ありがとう……」
俺を見上げたランの瞳が、急に濡れた。
「良かった……モーブ……」
あとは声にならなかった。涙を落とすランを、俺は抱いてやった。
「ごめんなラン、心配させて。俺はもう大丈夫だ」
自分に言い聞かせる意味でも、大丈夫大丈夫と繰り返す。
「たしかに、モーブ様はもう影響を受けないでしょう。先程と、なにかが違います」
アヴァロンは頷いている。
なんだろうな。そもそもこの剣は、突然この世界に現れた謎の存在。もしかしたら別世界の剣なのかも。草薙剣という名前、ダンノウラという内海に現れたって話にしても、和風の印象を受けるし。
それにダンノウラって、壇ノ浦だよな。そこで平家残党が源氏に討たれ、入水して滅ぼされた。そのときたしか、三種の神器を持っていたはずだ。逃げ延びればいずれ、正当なる支配者の証として使えるから。
平家が草薙の剣と共に海の藻屑と消えたとき、この剣が「草薙剣」として転移した設定なのでは……。このゲームでは。
世界の支配を巡る平家の怨念が込められているとしたら、転生後のこの呪いも納得だ。でも待てよ、いや神器は持ってなかったっけ……。くそっうろ覚えだ。平家物語の細部を思い出せない。こんなことなら高校時代、もっと真面目に古文の授業聞いてればよかった。あのときはだいたい休み時間に早弁して、授業中は昼寝してたからなあ……。
「さあモーブ様」
アヴァロンに促された。
「わかってる」
白の真言布をばっとまくった。剣が輝いてはいるが、先程ほど神秘には感じない。多分……ランの羽が、俺に強さを与えてくれたんだ。この剣の誘惑に対しての。
持ち上げてみた。さらに、剣を抜いてみる。顔の前に持ってきて、美しい刀身を仔細に観察した。
「モーブ……」
マルグレーテが、一歩踏み出した。魔法の杖を握り締めている。
「大丈夫だ。最後に、しっかり見ておこうと思ってな。世界にただひとつだけの、見事な剣を」
剣を鞘に戻すと、泉のほとりにひざまづいた。
「悪いな、平家の方々よ。無念だろうが、ここで安らかに眠れ。……お前ら一族の怨念は、泉の水で浄化される。永久に安らぎが手に入るぞ」
両手を添え、そっと水に浸ける。そのまま手を離すと、剣はゆっくりと下降を始めた。金属が沈む速度ではない。鳥の羽が漂うほどにもゆっくりだ。全員、泉を覗き込んでいる。
「見て……輝いてるよ」
レミリアが呟いた。たしかに。明かりを受けてではなく、剣自体が発光している。きらきらと。
「末期の輝きかな」
「なにか……感謝しているようにも思えるわね」
「ここで眠りに着くんだものね。嬉しいんだよ。……だって戦乱なんて、嫌いだったに違いないもの」
水が澄んでいるので、剣の輝きはなかなか消えなかった。それでも沈むにつれて小さくなり、やがて点のようになって消えた瞬間――。
「うおっ!?」
腰の剣帯が震えて、俺は飛び上がった。
「どうしたの、モーブ」
「く、草薙剣が……」
「それならもう封印されたでしょ。この底無しの泉から、あれを回収できる人など居ない。もう永遠に失われたのよ」
「いやマルグレーテ、あの剣の力が、『冥王の剣』に移ったんだ」
「まさか」
一笑に付された。
「見ろっ」
剣を抜いて地面に置いた。
「同じに見えるけれど」
「待って……鑑定してみる」
リーナさんの手が、輝いた。
銘「冥王の剣」
クラス不明アイテム
特殊効果:必中。AGLとCRIにボーナスポイント。ドラゴンとアンデッドに強ダメージ。強振時に前方火炎斬発動。
「本当だ。これまであった必中やボーナスポイントだけじゃなく、ドラゴンスレイヤー属性だの火炎斬だのが追加になってる……」
レミリアは首を傾げた。
「スキルが移るなんて聞いたことないよ。奇跡だ」
あれか、平家が持っていた「草薙の剣」は八岐之大蛇退治に関係が深いから、ドラゴンに強いんだろうな。
「でもスキルが移ったなら、危険なんじゃあ……」
「大丈夫よ、ランちゃん。精神誘導の項目が消えてるでしょ」
「モーブがあの剣を安らかに眠らせてあげたからだね」
「きっと、お礼としてモーブについていきたくなったのかもね。わたくしたちのように」
「ふん」
ヴェーヌスは鼻を鳴らした。
「そんなわけあるか。人間どもは、なにかというとお花畑の解釈をしおって。剣なんて、殺しの道具だ。泉の底で永遠の無聊をかこつよりは、馬鹿の剣に取り憑いて殺しを楽しみたくなったからに違いないわい」
たしかに、そういう解釈もあるか……。だが……。
「まあどっちでもいいじゃないか、ヴェーヌス。いずれにしろあの剣は、俺達に力を貸してくれるってことさ。……違うか」
「馬鹿なお前には似合いということか……」
ほっと息を吐いた。
「とっとと戻ろう。どうにもここは、蟄居させられた要塞を思い起こさせて気詰まりだ。もうあんな退屈な毎日なんて、あたしはごめんだからのう」
●蛇足解説
モーブが見た自死の夢は、「3-11-4 リーナ先生に甘える」のところです




