6-2 ヴェーヌスの運命
白木造りの神殿に通された。広い部屋だが調度品はなにもなく、一番奥に小さな祠状のものがあるが、あれが本殿だろう。
白木の床に座布団状のクッションを置いて、俺達は向かい合った。いやつまり、俺のパーティーと、獣人巫女カエデ・ミフネが。
「苔茶です……」
長女アヴァロンが、茶のカップを俺達の前に置いていく。配り終えると、巫女の隣に席を取った。
茶を飲んでみた。名称からしてどうやら苔を煮出した茶らしいが、懸念とは異なり、苦くも生臭くもない。深い森の空気のように、清涼で澄んだ香りがする。うまい。
よほど気に入ったのか、レミリアは秒で飲み干した。そりゃ森の子エルフだもんな。森の香りには弱いだろうさ。さらに物欲しげに人のカップをちらちら見ている。見かねたのか、リーナ先生が自分のカップをレミリアの前に置いた。
「カエデさん、あなたはアヴァロンの母親ですね」
「ええ。ここ『のぞみの神殿』の正巫女としてわたくしは日々、務めを果たしております。それにしても……」
正座したカエデは、背筋をぴんと伸ばしている。
「それにしても、興味深いパーティーですね」
俺達を見回して微笑む。
「ヒューマン四人やエルフはともかく、そちらのお方は魔族とお見受けします」
「ふん」
あぐらを組んだまま、ヴェーヌスは苔茶をぐい飲みした。強い酒を煽るような飲み方だ。
「色々ある。お前にはわからん」
「宛らに、其は定め」
随分古臭い単語を、カエデは並べた。
「なんだそれは」
謎の格言に、ヴェーヌスも眉を寄せている。
「……はるか昔、とある御方から伺った箴言です」
「そんな運命論なんて、俺は大嫌いだ」
思わず口を挟んだ。この世界の住民、なんでみんな運命運命と口にするんだ。あっけらかんとした性格のレミリアすら、運命論者だし。
「俺は好き勝手に生きる。そのために旅をしている」
「それですよ、モーブ様」
我が意を得たりと瞳を細め、頷いている。
「この世界を統べる運命に逆らおうとする、それがモーブ様とそこな魔族の宿命なのです。だからこそ吸い寄せられて仲間になったということ」
「あたしはカーミラだ。魔族魔族言うな」
「では伺いますがカーミラ様……」
カエデは、まっすぐヴェーヌスの瞳を見据えた。
「あなたの心はふたつに割れている。自覚しているはず。……心乱れた理由はわかりますか」
「……」
ヴェーヌスは黙りこくった。ぷいと横を向く。
「……知らん」
「理由はふたつあります。いつの日か、天秤がどちらかに傾く。そのときは魂に従いなさい。たとえ自らの信念を捨てることになったとしても。……そこにこそ、真実がある。それに……いずれあなたは知るでしょう、心の割れた訳についても」
「いつまで謎掛けを楽しむつもりだ。これだから巫女など好かん。預言だなどと抜かして神の言葉を騙り、思わせぶりで人を煙に巻きおって」
焦れたような声を、ヴェーヌスが出した。
「あたしたちは、アルネ・サクヌッセンムの足跡を辿りに来た。情報が無いなら、ここに居る必要はない。すぐに出てゆく。――そうだろ、モーブ」
黙ったまま、俺は頷いた。角の立つ言い方だが、まとめればそうなる。わざわざ訂正するまでもない。
「ふたりのアヴァロン・ミフネが、俺達をここに導いた。母親と姉が、道を指し示してくれると。アルネ・サクヌッセンムと会う方法を教えてくれ。これが……」
「コーパルの鍵」を懐から出すと、前に置いた。
「これがアルネに会うための鍵と聞いている」
「……『コーパルの鍵』。それをお持ちですか」
小さなアイテムに視線を置いて、カエデは長い間黙っていた。それからほっと息を吐く。
「それでは仕方ありませんね」
顔を上げ、俺を見る。
「ではひとつ、モーブ様に頼みを聞いていただきましょう」
「頼み?」
「ええ。あそこに――」
背後の本殿だかなんだかを振り返る。
「あそこに祀られているアイテムを預けます」
「母上、それは!」
思わずといった感じで、アヴァロンが割り込んできた。
「それはいけません。世界を存亡の危機に追い込むつもりですか」
だが母親は、娘の危惧を無視した。
「ここに出しなさい、アヴァロン」
「しかし――」
「いいのです」
「は、はい……」
やむなく……といった雰囲気で立ち上がる。本殿前まで進むと、深々とお辞儀。それからそっと、観音開きの扉を開く。再度お辞儀すると、なにかを取り出した。赤光りする、棒状のものを。
捧げ持つようにしてしずしず戻ると、母親の前に置く。
「それは……」
見たところ、剣だ。ミスリルとも異なる、銅よりやや赫い金属製。古そうな意匠が鞘や握りに施されている。年代物だろうに、錆などは一切ない。鞘に収められているのではっきりとはわからないが、刃渡りで一メートルはないだろう。反りがなく両端の薄い鞘型からして、諸刃と思われた。つまり斬撃に刺突、両用ということだ。
「これは『草薙剣』。神剣です。製錬されたヒヒイロカネをさらに精錬し鍛えたものと推定されております」
「草薙剣……」
そんなアイテム、俺は知らない。
いや一般知識として、「草薙の剣」は知っている。勾玉や鏡と並び、日本神話に出てくる三種の神器のひとつだ。うろ覚えだがたしか、八岐之大蛇退治に使ったか報奨だったかじゃなかったか……。
だが、俺が前世でプレイしたこの世界の原作ゲームには、そんな名前のアイテムは登場しなかった。つまりこの「のぞみの神殿」同様、未見の存在ということになる。
「凄い妖気を感じる。見ているだけで、魂が吸い込まれそう……」
マルグレーテが唸った。
「モーブ、これは危険よ」
「この剣をモーブ様、あなたに預けます」
「これを俺にくれるってのか。満願成就のための武器として」
「いえモーブ様。そうではありません」
居住まいを正したカエデは、澄んだ瞳で俺を見つめた。
「この神剣を捨ててきて下さい」




