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6-1 神域に到着

「もう……すぐそこねモーブくん、地図によると」


 馬車の御者席、俺の隣で、拡げた地図をリーナ先生が示した。馬車は快調に山道を飛ばしている。真昼の陽射しが、地図の上に木漏れ日の模様を作っては流れてゆく。神域が近いからか森の香りもかなり濃厚で、心地良い。


「『のぞみの神殿』まで多分、あと一時間もかからないわよ」

「神殿の山裾に入ってからは、モンスターが一度も出なかったしね」


 手綱を握るマルグレーテが頷いた。


「神域の霊力がそうさせているのだと思うわ」

「おかげでこっちの速度も上がったしな」

「ええモーブ。戦闘があると、戦闘、治療、それに態勢の立て直しと再出発の準備で、それなりに時間が取られるしね」

「ああ」


 この間のように沐浴して、汚れた体をきれいにしたりとかもあるわな。


 馬車の荷室を、俺は振り返った。ヴェーヌスはいつも通り、荷室の壁に背をもたせ、腕を組んだまま瞳を閉じている。


 眠っているわけではない。モンスターがポップすると、誰よりも速く馬車を飛び出すしな。よくわからんが、彼女ならではの体と脳の休め方なんだろう。ちゃんと戦闘に向け神経を張りながらの。見ていると夜中も横にならず、そんな感じだし。


 そんなわけで、近寄りがたい雰囲気と「こっち来んな」オーラが凄い。俺の仲間は空気を読んでほぼヴェーヌスには寄らない。


 だが、ランは別だ。ランは物怖じするタイプじゃないし天衣無縫だから、なにかあるとヴェーヌスにちょっかいを掛けている。無視されようがお構いなしだ。現に今も、隣に背をもたせかかって、なんだかんだと話し掛けている。返事はないからほぼほぼ独り言も同然だが。


 んでまあレミリアは、昼休憩と称して俺のブランケットに潜り込んでいる。といってもこちらも眠ってはいない。口がもぐもぐ動いてるから、どうせクッキーかドライケーキでも食べているのに違いない。


「のんきだなあ……」


 こんな感じで、毎日楽しく暮らしていたいわ。いやマジで。でもそのためには、やたらと俺に絡んでくるアドミニストレータの野郎を、なんとか叩き潰さないとならない。それに俺の命を狙うヴェーヌスの「宿命」って奴を、なんとしても解かないと。情報を得るためにも、旅を進めるしかない。


「見えたっ」


 マルグレーテが叫んだ。


「見てモーブ。あそこ神殿でしょ」

「そうだな」

「ちょっとイメージと違うわね」

「ああ」


 山頂から真っ直ぐ落ちる細い滝があり、滝壺が清涼な泉になっている。急峻な山肌と鬱蒼とした森ばかりの土地で、そのほとりだけが大きく開けた平地になっている。割と広い。そこに素朴な木造りの平屋がいくつか並んでいる。


「なんというか……平和な地だな」

「ええ」


 神殿というから、豪勢な宗教施設だと思っていた。だが見たところ、権勢の気配はない。穏やかで神聖な空気で満ちている。山奥の神社裏手にある、誰も来ない「奥の社」といった雰囲気だ。


「ちょっと、私の故郷に似てるわ」


 リーナ先生が呟いた。


「先生、もっと都会生まれでしょ」

「なんというか……空気がね」


 懐かしそうに、深呼吸してみせた。


「ひっそり隠れるように暮らしている空気というかね」

「へえ」

「うわーっ。神聖な雰囲気だね」


 騒ぎを聞きつけたのか、レミリアが顔を出した。後ろから俺に抱き着いてくる。控えめな(婉曲表現)胸を背中に感じる。


「エルフの隠れ里みたいな感じ」

「エルフは森の子だもんな」

「そうそう」


 その隠れ里なら、たしかにこんな風かも。


「きっとあそこ、おいしい名産品があるよ。参拝する信者に振る舞う奴」

「いやあそこ、どちらかというと修行施設みたいだぞ。振る舞い飯とか、ないだろ」


 衆生しゅじょうを救う大乗仏教的な宗教ではなく、密教に似た小乗仏教的な。キリスト教で言えば修道院というか。なんでも世界のために神に祈りを捧げるのが代々の務めとか。


 海沿いの町で聞き回った範囲では、そんな話だった。前世、原作ゲームをプレイしたときはこんな神殿は出てこなかったので、俺としてもそれ以上の情報はない。


「それでも絶対あるよ、おいしいもの。エルフの直感、舐めんなって奴」


 食欲を舐めんな――だろ、と思ったが、口には出さなかった。こいつの胃袋は放し飼いのがいいって、もう身に沁みてわかってるからな。


 次第に、滝の音が聞こえてきた。細い滝だから轟音ってわけじゃない。近づくと滝壺の泉は、遠くで見ていたときよりはるかに大きかった。もう普通に小さな湖と言っていいくらい。


 俺達の馬車は、速度を落とした。相手を驚かせないよう、ゆっくりと神殿の領域に入ってゆく。


 滝の水しぶきが飛んで、霧のように漂っている。しぶきが清涼な森の空気を循環させるためか、深呼吸するとたまらないくらい心地良い。しっとり湿気っており、心から落ち着く感じだ。


 建物は木組みで防腐のためと思われる渋かなんかが塗られており、焦げ茶色だ。前世だったらあれ柿渋かなんかなんだが、この世界だとどうなのかな。泉側の壁は苔で覆われ、緑色に染まっている。


「いい場所だなー、たしかに」


 こんなところでみんなで暮らせたら楽しいだろうな。まあ……食糧確保とか病気とか、そういう面倒な事態さえ考えなければの話だが。


「そこに停めるわ」


 ひときわ大規模な、中核と思われる建造物の前庭に、マルグレーテが馬車を寄せた。俺達がごそごそと馬車を降りると、スレイプニールは早くもそこらの草を食べ始めていた。目の色を変えているから、よっぽどうまいんだろう。最初はドン引き気味でスレイプニールを見ていた他の馬も、スレイプニールの様子を見て、ぽつぽつ草を食べ始めた。


「これはこれは……」


 扉が軋むと、ふたり顔を出した。獣人の女性。ひとりは作務衣のような地味な服を着ている。もうひとりは巫女服。顔はそっくりだが、よく見ると巫女服のほうが、わずかに歳上に見える。人間で言うなら十七歳くらいと、二十三歳といったところ。いや獣人の見た目と年齢がどうなってるのか、俺にはさっぱりだが。


 それに奇妙なことに、歳上の巫女は猫目ではなかった。若いほうはこれまで出会ったアヴァロン姉妹同様、細い瞳の猫目だ。しかし巫女服の獣人は、普通の人間同様の瞳をしている。


「お待ちしておりました。わたくしはカエデ。カエデ・ミフネです」


 巫女服のカエデが、一歩進み出た。


「モーブ様ですね」


 もうひとりが微笑んだ。まあ……俺の名前は知ってるよな。魂が繋がっているらしいし。


「アヴァロンだな。アヴァロン・ミフネ。三つ子の長女の」

「ええ。モーブ様の存在は、妹達から伺っております。こちらにどうぞ」


 長女アヴァロンは、扉を大きく開いた。


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