5-7 投宿
翌朝。慌ただしい朝食を終えると皆、出発の準備を始めた。皆、装備を装着したり、馬を馬車に繋ぎ直したりしている。
魔王の娘ヴェーヌスは、片足立ちになって左脚を上げ、腕を添えて頭に着くまで伸ばしている。ストレッチだろう。にしてもあれで倒れないんだから、バランス感覚凄いわ。さすが体術に優れるだけはある。
「ヴェーヌス、これ……」
俺はアクセサリーを差し出した。カジノで入手した謎のコインをペンダントに加工した、例の奴だ。
「ふん」
俺の手を一瞥すると、ヴェーヌスは脚を下ろした。
「『誓いのコイン』か……」
睨まれた。
「モーブお前、あたしにこれを装備させたいのか」
はあ、そういう名前のアイテムなのか、これ。結局正体不明のままで、正確な効果どころか名前すら判明していなかったし。これ装備すると赤いフラグ光が生じることがある。だから恋愛か、少なくとも友愛を深める装備だとは思っているんだが……。
「一応、仲間には全員装着してもらってるし」
友愛を深めるアイテムなら、ぜひ装備させたい。
「お前のパーティーの、仲間の証ということか」
「まあ……そうだな。俺はほら、鍵の形のペンダントを装備している」
首のチェーンを手繰って、例の鍵を見せてやった。
「コインと同時に入手したものだ」
「ふん……」
俺のアイテムをじっと見つめたまま、黙っている。
「そうだな……いや」
一度頷きかけて、思い直したかのように首を振った。
「遠慮しておこう。あたしはお前の仲間じゃない。仮初のパーティーだ」
「まあ……そうだけどさ」
なんとか親密になろうと狙ったんだけどな。俺達ふたりの行く末が殺し合いってのは、嫌すぎるからさ。命を助け合う仲間なのに……。俺は元々戦う気なんかない。ヴェーヌスさえ心変わりさせればいいんだから。
「話はそれだけか」
「ああ……」
「ならあたしは出立の準備をする。お前も早く装備を身に着けろ。今日も厳しい山道だ」
すたすたと、ヴェーヌスは馬車の荷室に向かってゆく。
俺はこっそり溜息をついた。相手は魔王の娘。決闘となればもちろん、俺の死ぬ可能性のほうがはるかに高い。それに万一俺が勝てたとしても、後味は最悪に悪いだろう。
なんとか……ならないものだろうか。
俺の目には、ヴェーヌスの後ろ姿は、さみしげに見えた。
●
それから数日かけて地図上の「点線」を抜け、稜線を挟んで向こう側の小街道に出た。そこからは道もまだマシで、旅路も楽になった。なんせ商売人とかの馬車と、たまにすれ違うくらいだからな。
街道を辿り、一度海沿いに降りた。そこは漁師町になっていたが、面した湾は流れや潮が穏やかだという。なので海が荒れたときなど、商船も多く避難してくる。そのために港は漁港とは思えないほどしっかり整備されていた。大きな桟橋もある。
例の「巫女エプロン」を求めるラルギュウス村の船は、海路を辿り、ここに寄港した。船を係留して借りた馬車で山道を辿り、「のぞみの神殿」に向かったのだ。その意味で、俺達もかなり目的地まで近づいたことになる。
俺達も、ここからはまた厳しい道を突き進むことになるだろう。まだ昼過ぎだったが、比較的いい宿を選び、投宿した。疲れを取っておきたいからな。街の冒険者ギルドの話では、馬のケアにも優れた旅籠だそうだし。
幸い、大寝室が三つもある続き部屋が取れた。なんせ俺達は金だけはある。ポルト・プレイザーで稼いだし、レアドロップ固定効果でモンスタードロップもおいしいしな。なのでまともな宿に泊まれる日に、節約する必要はない。ましてこれから険しい山道に戻るのだ。
男女別の露天大風呂で体を癒やして、宿の食堂でたらふく飯を詰め込んで。まだ早いとは思ったが、寝室に下がることにした。
部屋割だが、考えた末、俺とラン、マルグレーテで一部屋、先生とレミリアで一部屋、あとヴェーヌスということにした。俺がひとりで寝るのも考えたんだ。女子は全員で一部屋を使ってもらう。そうすればヴェーヌスも仲間との親睦を図れるかもと思って。ガールズトークって奴があるじゃん。
でも考え直した。ヴェーヌスはまだ俺達に心を開いてはいない。そりゃたしかに自分の身を呈して俺の命を救ってはくれた。でもそれは俺が彼女にとって仮リーダーだからだ。戦闘集団としての機能として助け合っているだけで、それ以上の意味はない。キャラ的にも「ガールズトーク」って柄じゃないし。
ヴェーヌスと親密になるにはもっとこう……時間なりイベントなりが必要だろう。そのへんはゲームキャラと同じだ。そもそもここ、ゲーム世界だしな。
それに俺の問題もある。馬車生活は禁欲と同義であって、有り体に言って、そろそろ我慢も限界だ。嫁ふたりがいるんだから、厳しい道に踏み込む前くらい、いちゃいちゃしたっていいだろ。だからこうした配置にしたんだ。
ランとマルグレーテ、ふたりとひと晩、しっぽり過ごそうってわけさ。だがまあ……そんな俺の目論見は、意外な方向に崩れたんだけどさ。
「モーブ、久しぶりだよね」
寝台で俺の隣に座り、ランが身を寄せてきた。甘えるように。子猫のように体を擦り付けてくる。
「モーブ……」
ねだってきたので、キスしてあげた。
「お待たせ」
扉が開き、マルグレーテが戻ってきた。リーナ先生の手を引いて。薄い夜着を通して、先生の体がなんとなく透けている。
「本当に連れてきたのか……」
ランとマルグレーテが、そう主張したんだわ。同室にレミリアがいるし、どうせそうは簡単にはいかない。そう思ったから好きにさせたんだが、成功してるじゃん。
「その……モーブくん……」
リーナ先生はもじもじしている。
「いいのかな、私も一緒で」
「いいのいいの。そう言ったでしょ」
マルグレーテが頷いた。
「ねっ、モーブ」
「そうだな」
ここに到って断ったら、先生を傷つけるからな。まあいいや。……なんとなく興味もあるし。
「かわいらしい夜着ですね」
「わ、若作りじゃないかな」
消え入りそうな声だ。
「先生は若いですよ。まだ二十歳でしょ」
「そう……なんだけど」
マルグレーテに促されて、俺の横に腰を下ろした。
「レミリアは大丈夫だったか、マルグレーテ」
「どう説明しようかなと思ってたのよ、わたくしも。でも心配無用だった。ぐうぐう寝てたもの」
「レミリアちゃん、晩ご飯のとき、いーっぱい食べてたもんねー」
「満腹で寝落ちしたんか」
「そうそう」
ランの言う通りだ。なんせ馬車旅での簡易食、携行食じゃない。しっかりした料理人が作ったまともな飯は久しぶりだったもんな。目の色を変えて食ってたからな-、あいつ。エルフには発情期があるって漏らしてたけど、本当にレミリアに発情期なんか来るのか? とてもそうは思えんわ。
「さて、じゃあ寝るか」
秒で服を脱ぐと、俺は寝台に横たわった。気まずい瞬間は、なるだけスルーしたほうがいいからな。ランプの油を落としたりはしない。寝るったって、眠るわけじゃないし。
ランとマルグレーテの衣擦れが聞こえた。
「モーブ……」
裸になったランが、抱き着いてきた。
「好き……」
唇を求めてくる。
「先生も、横になりましょう。さあ……」
先生の夜着の裾を摘むと、マルグレーテが脱がせた。
「その……」
「寝台に入って……」
咄嗟に胸を隠した先生を、優しく横たえる。俺のすぐ脇に。その向こうに、マルグレーテも並んだ。
「先生……」
抱き寄せると、体がぴくりと震えた。まだ胸を隠したままだ。
「私、どうしたら……」
「じっとしていてください。怖がらないで」
「う、うん」
とりあえずキスしてみた。優しく。子供のようなキスを。先生はしばらく体を硬くしていたが、そのうち熱い吐息を漏らした。体からも力が抜ける。
「先生……」
「モーブ……くん」
潤んだ瞳で、俺を見つめている。
「……いいわよ。もう覚悟ができた。ちょっと……見られるのは恥ずかしいけれど」
「大丈夫ですよ、みんな仲良しですから」
「そうだよー。私もマルグレーテちゃんも、先生と同じでモーブのお嫁さんだもん」
「そうよね……ランちゃん」
安心したように微笑んだ。俺の体を抱き寄せて、自分は仰向けになる。
「私ねえ……昔から妄想してたんだ。ランちゃんやマルグレーテちゃんと仲良く手を繋いで、モーブくんの歳上の彼女になるところを」
「えっ……。こういう場面ですか」
「違うよ」
笑われた。
「みんなで仲良く散歩したり、おいしいご飯を食べてデートするところをよ」
くすくすしている。
「でももう、寝台上の話でもいいわ。私も、もっとモーブくんを肌で感じたいし」
俺をじっと見つめる。
「だから……」
俺の頭に手を掛けると、そっと胸に導く。
「モーブくんの好きにして。ひと晩」




