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5-6 嫁の位置

「ふう……」


「仁王」の首から剣を引き抜くと、俺は汗を拭った。こいつで最後。奇襲されたから最初は苦戦したが、なんとか勝ち筋の形は作れた。なんたって俺達四人はチームを組んで長い。それだけに咄嗟の対応力に優れる。


 その四人に加え、新人ヴェーヌスがいる。彼女はとにかくアジリティーに優れ、手数が多い。しかも奇襲を受けても棒立ちになることなく即座に対処を始めるから、アジリティーの高さを生かせる。普通の人間が奇襲を受けると脳がショートして一瞬、呆然とするからな。さすがは魔族――というか魔王の娘といったところだろう。


「やったね、モーブ」


 いなづま丸に跨ったまま、レミリアが弓を振り上げた。結局、あの場所から全ての射撃を行った。馬を落ち着かせつつ攻撃の手も緩めないためだろう。さすが森の子だわ。


「モーブ……」


 ランが駆け寄ってきた。


「大丈夫」

「ああ。俺は平気さ」

「ヴェーヌスちゃんは……」

「そう言えば――」


 あいつは初手で俺をかばい、背中に矢を受けた。その後、ランの回復魔法が飛んできたとはいうものの、どれだけ効果があったかはわからない。


「ヴェーヌス」

「なんだ、モーブ」


 虹に戻りつつある「仁王」頭部にひとつ蹴りを入れると、大股で近寄ってきた。


「怪我はどうだ」

「久しぶりに受傷したのう……」


 にやりと笑った。


「戦いとは気持ちの良いものよ」

「動くなよ」


 手を掛けて、ぐいっと後ろを向かせる。矢傷は肩甲骨と背骨の間あたりの位置。ちょうどボンデージスーツと肌の境目あたりだ。傷は塞がっていた。しかしきれいな肌にはみみずのように傷跡が残り、血の流れた跡が背中を走っている。


「すまん。俺を救うために……」


 あのときかばってくれなかったら、俺は死んでいた。


「戦闘の傷は武勲であろう。……それに仮初かりそめとはいえ、あたしはお前の配下だ。気にするな」

「ラン、傷を消せるか」

「魔族は初めてだけれど、多分……」


 傷跡に手を当てると、ランが小さく詠唱を始めた。


「マルグレーテ、そっちはどうだ」


 マルグレーテは、すでに馬車を降りていた。馬の様子を見て回っている。


「大丈夫。みんな怪我はない」

「お前はどうなんだ」

「モーブ、心配してくれるのね……」


 駆け寄ってくると、俺の手をぎゅっと握ってきた。


「わたくしは無傷よ。それよりモーブは……」

「俺もピンピンしてる」

「良かった」


 ほっと息を吐いてから、くすくすと笑う。


「でもモーブ、ホコリまみれね。ピエロみたいな顔よ」

「ああ」


 戦況が不利と悟ってあいつら、足元の土塊つちくれを飛ばしてきたからな。目潰しのつもりなんだろうけど。なんせ腕が四本もある。戦いながらこうした小技まで使えるんだから厄介だったわ。


「じっとしてて」


 自分の服の袖で拭ってくれる。


「うーん……落ちないわね」

「普通の土とちょっと違ってたからな」


 だからこそ目潰しに使ってきたんだろうけど。


「この先に神泉があるよ」


 レミリアは地図を広げている。


「地図によると、旅人が怪我した体と心を癒やす、大きな秘湯温泉だって」

「そこで休憩ね」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「モーブもヴェーヌスも、土人形みたいだもの」

「前衛のさがだな」

「それにモーブ、ほら」


 レミリアが前方を指差した。例の「仁王」が、虹に還りつつある。


「敵の居た場所に、アイテムが生じてるよ。もちろんレアドロップ品だねっ」

「俺の装備アイテム効果だな。マジ助かるわ」


 レアドロップ品は、高く売れるからな。


         ●


「ここが神泉か……」


 その温泉は、想像以上にでかかった。テニスコートより大きいんじゃないか、これ。山の窪地に湧いていて、もうもうと湯気を立てている。もちろん誰もいない。なんせここ、通り抜ける旅人なんか皆無の、旧街道沿いだからな。


 硫黄の匂いとかはない。窒息する危険性はないだろう。


「これなら馬も休ませられるわね」


 マルグレーテが誘導して、馬も温泉に入れさせた。


「わあ、喜んでるね-、みんな」

「そうだな、ラン」


 スレイプニールとか、ごくごく湯を飲んでるしな。どうでもいいけど、温泉の中で小便とかすんなよ。


「あたしたちも早く入ろうよ」


 レミリアが服を脱ぎ始めた。


「お風呂上がったら、お昼ご飯でいいよね。ちょうどいい時間帯だし」


 全て腹具合ベースで生活リズム作ってるんだな、このエルフ。


「よし」


 まあ昼飯時ではあるし、いいか。防具と服を脱ぐと、温泉に足を踏み入れた。


「うおっ。あったかいな」


 馬のいるあたりは深めだが、俺の入った場所は、腰を下ろすとちょうど胸の出る、いい塩梅。普通に宿の風呂に入っているような感じだ。


「泉質がいいわね。肌を刺すような感じがなくて、お湯が柔らかいわ」

「そうだねー、マルグレーテちゃん」


 例によって、ランとマルグレーテが俺の両側に陣取る。少し離れたところにリーナ先生とレミリア。ふたりともタオルで体を隠している。


 さらに向こうに、ヴェーヌスが漬かっている。ヴェーヌスは体を隠したりしていないので湯の上に胸が出ているが、離れているし湯気で隠れており、見えそうで見えない。まあ別に見たいわけじゃないからどうでもいいが。


「こっちに来なよ、リーナ先生」


 ランが手を振った。


「いえ、ここでいいわ」

「いいからいいから。……ねっ、マルグレーテちゃん」

「そうよ。遠慮なさらず」

「ねーっ」

「ねーっ」


 ふたり頷き合っている。


「ほら」


 なんだかんだ言いながら、ランが手を引いてきた。ランはいつもどおりスッポンポンだが、リーナさんはさすがに、タオルで胸から下を隠している。


「ほら、モーブの隣に」

「でもそこ、ランちゃんの席でしょ」

「いいからさあ……。立ったままだと寒いし、風邪ひいちゃうよ」

「じ、じゃあ……」


 タオルで体を隠したまま、器用に体を沈める。嬉しそうに、ランはその脇に陣取った。


「先生、モーブのお嫁さんになったんでしょ」


 ランの爆弾発言が炸裂。


「えっ……」


 絶句した先生が、俺を見る。


 黙ったまま、俺は首を振った。いや俺、船旅でのあの一夜のこと、誰にも話してないし。沈黙があたりを包み、源泉から流れ込む水の、ちょろちょろいう音が聞こえてきた。


「その……」


 先生の白い肌が、見る見る赤く染まってきた。


「わかるもん。リーナ先生、ここのところ生き生きしてるし」

「そうそう。肌ツヤもいいし、モーブを時折見つめる瞳が……ねえ、ランちゃん」

「そうそう。ねーっ」

「ねーっ」


 またしても頷き合っている。ランとマルグレーテ、鋭いな。さすがは女子というか。なるだけそういう空気を出さないよう気を付けてきたんだが、あっさり看破されたか……。


「えっ! そうなの?」


 レミリアはびっくりしてるな。


「ぜんっぜん、気が付かなかった」


 いやお前は、色気より食いっ気だからな。エルフとしてはまだ若いし、発情期だってまだ一度も来てないだろ。そら色恋沙汰の気配はわからんわ。


「その……」


 先生は、消え入りそうな声だ。


「遠慮しなくていいよ。私もマルグレーテちゃんも、モーブのお嫁さん。リーナ先生と一緒だから」

「おいモーブ」


 ざばーっという音と共に、ヴェーヌスが立ち上がった。


「湯当たりした。あたしはしばらく馬車で仮眠する。昼飯もいらん。ここにモンスターは出んだろう。お前らは、好きなだけいちゃついておれ」


 すたすたと、裸のまま馬車に消えた。体をタオルで拭うこともなく。


 なんだかぎこちない昼飯を終え、その晩はそのままそこで泊まることにした。なんせ狭い街道だ。この先適当な広場が見つかるかわからなかったし。


 就寝時、ランとマルグレーテが俺のブランケットに潜り込んできた。毎夜のルーティンだが、なぜかリーナ先生も連れていた。いや全員夜着は着ているが……。


 馬車での雑魚寝では、俺とふたりは裸で抱き合って眠る。ヘンなことはしないがな。それは宿屋だけと決めてある。レミリアとかリーナさんに見られたり聞かれたりするの嫌だし。それになんたって馬車だ。あれこれしたら揺れるだろ。そんなん他の仲間に気まづいわ。


「ちょっと狭くないか」


 レミリアやヴェーヌスに聞かれないよう、自然と小声になる。満腹したレミリアは、もうすうすう寝ている様子。きっとスイーツ食いまくる夢かなんか見てるな、これ。


「いいんだよ。このブランケットは、モーブとお嫁さんの場所だもん」

「そうそう」


 だがヴェーヌスは横にもならず、そこらの荷物に背をもたせたまま腕を組んで目をつぶっている。それが魔族の寝方なのか知らんが、眠っているのかすらわからん。もちろん夜着を断って、いつものボンデージ姿だ。


「こうでもしないとリーナ先生、わたくしやランちゃんに遠慮して、モーブのそばに来ないもの。これからは毎日ここよ」

「その……」


 先生は戸惑っている。


「まあいいか。とにかく寝よう」


 これもいいタイミングってことなのだろう。三人の体に手を回すと、抱き寄せた。


「明日は早めに出るからな。それで午後までにまた、次のキャンプ場所を探さないと」

「そうね、モーブくん」


 俺の胸に、リーナ先生は顔を寄せた。


「温かいわね」


 そりゃ四人で潜り込んでるからな、ブランケットに。


「それにモーブくんの匂いがする。……たくましい男の子の」

「キスしてちょうだい、モーブ」

「……」


 マルグレーテにキスしてあげた、あんまり情熱的でない奴を。なんせすぐ脇に先生いるし。


「私もー」


 ランにも。


「ほら、モーブ」


 ランが、もぞもぞと場所を変えた。


「ほらって……」

「早く」

「お、おう」


 ふたりに促され、先生を抱き寄せた。


「すみません、リーナ先生」

「なんだかヘンな感じ。ランちゃんとマルグレーテちゃん、ふたりとも私の生徒だったのに……」


 言いながらも、俺に唇を許してくれた。試しに舌で促すと、そこはそっと開いた。俺を受け入れるために。

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