5-4 指輪
なんとかみんなに説明し、ほぼ無言の晩飯を終えた。馬車の寝床に入ると、いつも通り、ランとマルグレーテが俺のブランケットに入ってくる。だが裸ではない。武器こそ枕元に置いたものの、戦闘装備のままだ。
リーナ先生とレミリアは、俺達の脇のブランケット。ヴェーヌスは独り、毛布も断って馬車の壁に背中をもたせている。自分の手のひらを、なぜか睨んで。時折、握ったり開いたりしながら。夜着として与えた俺のシャツには着替えず、例のボンデージスーツのままだ。
「どうするの、モーブ」
俺の耳に、マルグレーテが囁いた。ひそひそと。ほとんど聞き取れないほどの声で。
「あの娘、信じていいの」
「あいつは、嘘はつかない」
「どうしてわかるのよ」
「なんでもだ」
「ふざけないで」
「ふざけてないさ。今だってわかるぞ、マルグレーテは俺を愛してくれているって」
抱き寄せると、キスを与えた。
「モー……ブ。ずるい」
キスを終えると、マルグレーテはほっと息を吐いた。
「……ならいいわ。モーブの言うことならわたくし、従ってあげる。だって……大好きだから」
「私も」
ランにもキスしてあげた。
「大丈夫だよ、マルグレーテちゃん」
ランが笑いかけた。
「あの娘、理不尽なことはしないと思うんだ。これまでの発言を聞いていると」
「それは……そうかもね」
マルグレーテは俺の首筋にキスしてきた。
「たしかに言うことはしっかりしてるし、ブレもない」
「敵か味方かはわからないけどねー、あはははっ」
「ランちゃんったら……」
呆れたような声だ。
「あなたは本当にまっすぐな子ね。あなたの隣にいるだけで、わたくしも幸せな気持ちになるもの」
たしかになー。考えてみるとラン、意外にしっかり母ちゃんぽいところあるよな。どっしり構えて、俺やパーティーのことを温かく見守ってくれる感あって。
大事にしないとな。
俺は、ランの体を抱き寄せた。
●
翌朝。出発に向けみんなが朝食を片し始めた頃。例の「アイギスの盾」を俺が差し出すと、ヴェーヌスは眉を寄せた。
「なんだこれは」
「お前の装備だ」
「指輪か……」
俺の手の上の、無骨な装備を見つめている。
「それは呪いがかかっている。退魔装備らしいが、事実上、対呪耐性のある魔族しか装備できない。お前にふさわしい装備だ」
「ふん……」
疑い深げに、俺を睨んだ。
「お前の所有物をあたしに装備させたいのか。魔王の娘とわかっておって」
「まあ……そうだ」
間違いではない。今のところ、売る以外活用法のない指輪だ。なら使える奴に装備させておくのが当然だろう。
「そうか……」
なにを考えているのか、ヴェーヌスはしばらく黙っていた。赤く輝く瞳で、俺をじっと見つめて。
「まあよい。お前にもリーダーなりの考えもあるであろう。それに……この程度であれば、父上も怒るまい」
「どういうことだよ」
「お前の知ったことではない。よこせ」
奪うように俺の手から指輪を取ると目の前にかざし、色々な角度から眺めている。
「奇妙な指輪だのう……。不思議な力を感じる」
「『アイギスの盾』というらしい」
「知らんのう……」
「いいから早くしろよ」
片付けを終えた仲間が見ている。なんだか恥ずかしい。
「慌てるでない」
俺の目の前に、指輪を差し出した。
「な、なんだよ」
「人差し指がいいかのう、モーブよ。太さ的には、中指や薬指でもいけそうだが……」
「知らんよ。お前は格闘家だ。暴れやすい指にしろ」
「ふん……」
頷いた。
「ならば人差し指にするか。そこにする指輪は『指標』の意味を持つし……」
そうなんか。俺、その手の象徴、さっぱり知らんからな。
「さて……」
左手の人差し指に、ヴェーヌスは指輪を装着した。
「うむ、力が湧いてくる。面白い効果だのう。それに……なんだこれは……」
急に、ヴェーヌスは崩れ落ちた。頭もがっくり垂れている。慌てて抱きとめた
「やだっ!」
「大丈夫、モーブ」
「みんな来てくれ」
草の上に、ヴェーヌスをそっと横たえた。思ったより体軽いな。柔らかいし、やはり上位魔族とはいえ、女の子だ。
「意識がないだけだ。息はしてる。……どうですか、先生」
「わからない」
リーナ先生は、屈み込んで調べている。首を振った。
「瞳孔は開いてない。脈も安定してる。だから危険というほどではないと思うけれど」
「ラン、治療できるか」
「ううん」
首を振っている。
「これ、回復魔法とかの対象じゃない」
「多分、指輪に感応してるんだわ」
マルグレーテは、ヴェーヌスの頭を撫でてやっている。
「わたくしが『従属の首輪』をしたときと同じよ、きっと。装備アイテムと体の間で繋がりを確保する。その影響だと思うわ」
「あたしもそう思う」
レミリアも頷いた。
「その証拠にほら、意識が戻るよモーブ」
「う……ん」
ヴェーヌスは瞳を開いた。
「あたしは……」
「気絶したんだ。指輪を装着して」
「指輪……ああ、これか」
横たわったまま、左手を天にかざした。
「不思議だな、これ。……心が癒やされるようだ」
ほっと息を吐いた。
「どんな効果かわかるか? 俺達には鑑定できなかった」
「わからん」
体を起こした。
「だがモーブよ、有り難く受け取っておこうぞ」
首を曲げ、ぽきりと鳴らした。
「飯の直後に悪いが、なにか食わせてくれ。なんだか急に腹が減った。おそらくは、指輪にエネルギーを吸われたからだのう……」




