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5-1 闇のバトルフィールド

「そろそろ夏も終わりねえ……」


 晩夏の物悲しい夕陽を眺めながら、リーナ先生がぽつりと呟いた。


「そうですね」

「なんだか寂しいわ」


 ラルギュウス崖縁村を出て二週間、俺達の馬車は山道を突き進んでいる。夕陽とはいえ夏なのでまだ力があり、木々の影をくっきり、でこぼこ道に焼き付けている。


「どう……どう」


 手綱を引いて、リーナさんはスレイプニールの脚を緩めさせた。少し先で、山道が細くなっているからだ。このあたりはそう危険な道でもないので、リーナさんと俺、レミリアで交代に手綱を握っている。午前に御者担当だったランとマルグレーテは、馬車の毛布の中で抱き合い、すやすやと昼寝中だ。


「まあ、また夏は来るよ」


 レミリアは前向きだ。てかこいつ、「メランコリー」とかその手の感情は、心に格納されてないと思うわ。


「それに秋は実りの季節。おいしい木の実やら木の子やらで、エルフの里は盛り上がるからね-」

「いいな。人間の土地でも、穀物収穫のシーズンだしな」


 ふと、マルグレーテ実家の荘園を思い出した。ノイマン家の所領を受け継いだエリク家、マルグレーテの父ちゃんは今頃、張り切って経営に乗り出しているはず。それに村の人達だってそうさ。収穫の打ち合わせでもしているだろう。


「『のぞみの神殿』は、まだ遠いわね」

「だなー。ここらあたりからは、道も極めて厳しくなるらしいし」


 アヴァロン・ミフネから受け取った地図を、俺は見返した。ところどころ書き込まれた注釈が、ここまでどえらく役立った。ヤバいモンスターの弱点まで書いてくれてたからな。


 地図上では、この先に広場があって、そこで道は途切れている。そこからは、アヴァロンの書いてくれた手書きの点線を辿ることになる。言わば道なき道ってことよ。


 そこを突っ切ると、また細い山道が現れる。そこを辿り海まで下りるとそこそこの街がある。そこからまた山に上った向こうが神殿だ。


 例の幽霊船は、山道より早い海路を辿り、そこから最短距離で稜線を突っ切って神殿まで向かったという。俺達は馬車旅なので、その手は使えない。


「今日中に行き止まりまで着けるね」


 地図上の広場を、レミリアがとんとんと指で示した。


「そこで眠って、明日からは道なき道を馬車で山岳トレッキングだよ」

「厳しそうだよなー、それも。……長かったなあ、随分飛ばしてきたのに」

「そうね、モーブくん」


 ここまでの道のりを、俺は指で辿ってみた。


 村から例の細道を辿り、海岸の貿易都市に。そこでまた食糧だのを積んだ。ついでに道中でエンカウントした魔物から得たレアドロップ品を売って。


 つくづく、アミューレット「狂飆きょうひょうエンリルの護り」で助かっている。なんたってドロップ品が全部レアになるからな。


 そこから街道を東に全速で飛ばし、小さな漁村から山に入る道へ。そこから上ったり下りたり、厳しい山道を進んだ。超絶デブ化していたスレイプニールも、今やすっかりスリムな痩せマッチョだ。


 長い右カーブを越えると、ぽっかり開けた空間が見えてきた。ちょっとした陸上トラックほども大きい。


「ほら、あそこだよ、モーブくん」

「ですね」

「割と広いね。普通は山にこんな場所はできないんだけど。木が生えてくるから……」


 レミリアは首を捻っている。


「なにか、古代の祭祀跡とかなのかな。昔の魔法とか呪術、神術の効果がまだ影響を与えてるのかも」

「かもな。この先は強力な巫女のいる神域だろ。大昔になにかあったとしても不思議じゃないぞ」

「だねー。よし、あたしふたりを起こすね。さっさとご飯の準備したいし」


 ごそごそと、レミリアは馬車の中に這っていった。


「ご飯ーご飯-っと」


           ●


 馬車を降り、馬に水と飼葉かいばを与えた。周囲になぜか下草すら生えていなかったからな。


 それから食材を下ろして、火を起こした。季節柄まだ陽が長いから、暗くなるのは晩飯を終える頃になるだろう。


「モーブくん、誰かいる」


 酒の革袋を持ってうろうろしていると、リーナ先生に袖を引かれた。


「あの大木の陰……あっ!」

「戦闘準備っ!」


 俺は叫んだ。木陰から身を起こした人物、それに見覚えがあったから。全員、外したり置いたりしたばかりの武器防具を、慌てて装着する。マルグレーテは、早速詠唱に入った。なにかあれば、初手として無属性魔法を撃ち出すはずだ。


「相変わらず、お前のパーティーは殺気立っておるのう……」


 その女は苦笑いを浮かべていた。長い黒髪に真っ赤な瞳。ボンデージ的な黒ボディースーツが、夕陽に照らされて艶々と輝いている。


「慌てるでない。いきなり戦う話ではないからのう」


 瞳でマルグレーテを牽制している。だがもちろん、マルグレーテが詠唱を止めるわけはない。俺が命じない限りは。


「お前はヴェーヌスだな。……魔王の娘の」

「おうよ。お前の道筋を探り、ようよう、ここで待っておったのだ。面倒な作業であったぞ」


 ほっと息を吐いている。


「あたしは気が短くてな。待つのは苦手だ。……いろいろ、自分でもわからないことを考えてしまうし」

「俺達は急いでいる。お前には用はない。消えろ」

「そっちになくとも、あたしにはある」


 唸った。


「もう忘れておるのか。デートの約束を」


 ふざけるような口調だ。


「デート……だと」

「おうよ。あたしはお前に秘名を教えた。あたしから教えたのだ。死んでもらわないとならない。気持ちの良い夕暮れだ。殺し合うのにふさわしい……」


 ああ楽しみだと、付け加える。


「ここまで死なずにおってくれて感謝する。お前の命はなモーブ、あたしだけの獲物だから……」

「悪いけれど、あなたの命こそ、ここで終わりよ」


 すっと、リーナ先生が進み出た。俺と並び、剣を抜く。


「こっちは五人。あなたに勝ち目はない。もう止めなさい。あなたが生徒だったら私、お説教して折檻するところだわ」

「そうだよー。あたしの毒矢、味わってみる?」


 ぎりぎりと音を立てて、レミリアが弓を引き絞った。


「三秒で五射できる。魔族なんか一発だよ」


 ランは黙っている。おそらくマルグレーテ同様、もう詠唱に入っているのだろう。


「あたしに勝てるわけがなかろう」


 一笑に付された。


「魔王の娘だぞ。体術が好みだが、魔法だって使えないわけではないでのう……」

「試してみるか、ヴェーヌス」


 適当に話を延ばしながら、俺は戦略を練っていた。どうやら戦闘は避けられそうもない。


 まず、魔王の娘だけに魔法耐性はかなり強いはず。だがマルグレーテだってすでにトップクラスの魔道士だ。おまけにチート装備の数々で強化されている。半減程度のダメージなら与えられるはず。


 初手魔法で怯ませたと同時に、レミリアの毒矢が敵行動力を奪う。じわじわ毒が侵入するにつれ、動きはどんどん鈍くなるはず。あとは俺とマルグレーテ、リーナ先生で片が着けられるはず。乱戦になってからの弓矢は同士討ちの危険がある。だからレミリアも短剣で参戦してくるはずだ。ランはランで、回復魔法の合間に敵の行動力や攻撃/防御力を奪う補助魔法を連発するだろう。


 なんたって今回の利点は、パーティー戦でないことだ。相手はひとりだけなんだから、前衛三人プラス魔道士で、時間が経てば経つほどこちらが有利になるはず。いくら魔王の娘とはいえ、結果は見えている。


「いいのう……」


 楽しそうだ。


「モーブ、お前に秘名を呼ばれるたびに、ぞくぞくする。なぜかはわからんが……。お前の血を浴びるのが楽しみだ」


 首を傾げて、マルグレーテの口元を見つめた。


「だがまことの戦いとはなモーブ、一対一よ。邪魔が入るのは好かん。それではどちらが本当の意味で強者か、判定が難しいからな。であるから……」


 ぼっと、真っ黒の闇の炎が立ち上った。地面から多数。俺とヴェーヌスを取り囲む、土俵のように。


「あっ!」

「やだっ!」


 闇のフィールドは、いきなり広がった。大教室ほどにも。炎に弾かれるようにして、俺の仲間が全員、周囲に吹き飛ばされる。


「くそっ!」


 レミリアが素早く立ち上がる。秒で矢を放ったが、炎の壁に触れると跳ね返った。


「うそっ!」


 マルグレーテやランの魔法も、無駄だった。


「これでよい」


 戦いのフィールドを見渡して、頷いている。


「さて……」


 腕を前に突き出したヴェーヌスが、ぐっと手を握る。ぼきぼきと、指の鳴る音が響いた。外から、仲間が俺を呼ぶ声が聞こえる。


「始めよう、モーブよ。あたしの初めてのデートだ。……楽しませてくれ」


 口にするや否や、全速で突っ込んできた。体を前に倒し、猛り狂った牛のように。

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