4-6 解呪成功
「うおーっ!」
「やったーっ!」
解呪成功を伝えると、居並ぶ村人から、怒涛のような歓声が巻き起こった。
「モーブ殿っ」
長老にがっつり手を握られた。涙ぐんでいる。
「まさにあんたは村の救世主じゃ」
「いえ……。村の船が最後まで諦めなかったからですよ。それでないと俺はこの村の危機にも気づかなかった。エプロンにしても、亡くなった人々の無念を抱いたまま、茫とした大海を彷徨ったことでしょう。誰も知らない幽霊船として」
「良かったわね、モーブ」
「ああマルグレーテ。支えてくれたみんなのおかげだよ。そしてもちろん、解呪を成功させた、アヴァロン・ミフネの」
「皆の者っ」
立ち上がると、長老は背後を振り返った。居並ぶ村人を見て。
「亡くなった者、無念を抱え家族を残したまま呪いに消えた友人に、祈りを捧げようぞ」
頷くと、村人は皆瞳を閉じ、黙祷した。頭を下げ、手を胸に置いて。もちろん俺達も、彼らに習う。
「さて……」
顔を上げると、長老は村人を見回した。
「多くの者が亡くなった。この村はこれから、立て直しの日々を送ることになる。辛く、厳しい日々じゃろう。だがそれは、亡くなった者の無念を晴らすための戦いじゃ。退いてはならんぞ」
そこで言葉を切った。頷く村人は皆、厳しい表情をしている。
「だがそれは、明日から。今宵は憂いなど全て忘れ、飲もうではないか。総出の宴会じゃ」
また歓声が上がった。
「アヴァロン様、それにモーブ様ご一行もご参加下さい。田舎の村なれど、精一杯のおもてなしを致します故」
●
その晩は歓待を受け、例の宿屋に泊まった。小さな宿なので、俺とラン、マルグレーテが一部屋、リーナ先生とレミリアで一部屋だ。
封印の件を、リーナ先生は納得してくれたよ。考えてみれば、これまで十九年間、問題なく暮らしてきた。それならなにも寝た子を起こすようなリスクを、今すぐ冒す必要はないとね。
酒に弱いランは、宴会であっという間にいい気分になって、俺に抱き着いたまま眠ってしまった。抱え込むようにして部屋に連れ込んだから、着衣のままで寝台だ。
マルグレーテはいつもどおり裸で俺に抱き着いてはきたが、そんなランに遠慮したのか、特に俺を求めるでもない。宿屋では久しぶりに、なにもしない夜を過ごしたよ。馬車泊だとレミリアやリーナ先生の目があるから、もちろんなんもしないんだけどな。
そして翌日――。
「これ本当にいいんですか、もらっちゃって」
「ええ、モーブ様」
旅立ちの準備を進めている俺達の馬車に、アヴァロンは「祝福の尼僧エプロン」を持ってきた。これを冒険に生かしてほしいと。
「貴重な品なのでは……」
マルグレーテもさすがに困惑気味だ。
「いいのです。受け取って下さい」
アヴァロンは今朝もなぜか巫女姿だ。
「あの後、姉と魂を通じさせたのです。姉も、同じ意見でした」
「そうですか……」
「もらっておこうよ、モーブ」
レミリアは喜んでいる。
「ぜーったい役に立つよね」
「お受け取り下さい、モーブ様」
「はい……。では喜んで」
正直、欲しくないと言えば嘘になる。なにせこれは、原作ゲーム裏ボス七種のレアドロップ品のひとつだからな。
このゲームの裏ボスは、通常ドロップ以外に、七種のレアアイテムをドロップする。レアドロップ確率は、一パーセントだ。
レアドロップは七種。つまりそれぞれのドロップ率は一パーセントの七分の一で、〇・一四パーセントでしかない。確率上は、裏ボスを七百回倒さないと入手できないってことさ。
そんなん無理だろ。だから原作ゲームでは超絶入手困難な貴重アイテムとして、どれかひとつでも持っているプレイヤーは、垂涎の的だ。
それが俺の手元には、四種も集まっている。
俺が使っているのは、「冥王の剣」、それに「狂飆エンリルの護り」。ランに装備させているのは、「即天王の指輪」。それにマルグレーテが首に巻く、「従属のカラー」。
そしてこのエプロンが、五品目だ。
「これ、女子専用装備よね」
マルグレーテが、アヴァロンからエプロンを受け取った。大切そうに広げてみせる。
「誰に装備してもらうの、モーブ」
「そうだな……」
以前、リーナ先生に鑑定してもらった結果を、俺は思い返した。たしか……。
祝福の尼僧エプロン:防具
テイム効果二割向上
魔力二割アップ
物理・魔法ダメージ二割減
必要MP二割減
詠唱加速(戦闘時間が経てば経つほど詠唱時間が短くなる)
着用者に回復魔法増進効果
言ってみれば、万能型の魔導系装備だ。
メンバーの防具で言うなら、ランは「トルネコ」ことコルムに贈呈された、幻のドワーフ作「無銘ミスリル製チェインモノキニ&チェインスコート」を着ている。これはエプロンだから、上に着用することも可能だろう。だがそもそも貴重な防具を装備しており、他に回したほうがパーティー全体としての実力底上げになる。
マルグレーテは特段、貴重な防具は装備していない。一般的な魔道士服だ。後衛魔道士だから物理ダメージを食うリスクが少ないのと、そもそも「従属のカラー」や「エリク家の指輪」といった、とてつもないアーティファクトを装備して能力を拡張しているから、必要性が少ないってのもある。
レミリアは「天之麻迦之胸当」という、クラスA装備。クラスSやアーティファクトというわけではないが、アーチャーなのだからベストの組み合わせだ。エプロンは魔道士系だから、あまり相性は良くない。
リーナ先生も、特に貴重な防具は身に着けてない。自ら持ち込んだ、革の軽防具を着ている。これはヘクトールでの卒業試験ダンジョンの頃から使っている品だ。
となると……。
「リーナ先生かな。今は特別な装備ではないから。それに先生は回復魔道士兼補助魔道士。言ってみれば万能型魔道士であって、この尼僧エプロンの効果とは、相性がいい」
テイム効果については無駄になるが、まあそのくらい仕方ないよな。特定個人用にオーダーしたマジックアイテムでもないし。
「わたくしも、それがいいと思っていたわ」
「わあー、いいね。リーナ先生にぴったり」
ランも喜んでいる。
「魔道士の力量が底上げされるのは、パーティーにとって大事だしね」
レミリアも賛成か。なら問題ないな。
「でも、こんなかわいいエプロン、歳上の私に似合うかな」
リーナ先生はなんだか照れくさそうだ。
「そんなこと言わないで下さい。先生は歳上とか、俺は気にしてない。かわいい人です」
俺が言い切ると、リーナ先生は真っ赤になってしまった。
「そ……そうかな……」
消え入りそうな声だ。かわいいなあ……。このエプロンを装備したら、新婚奥様に見えても不思議じゃあない。
「決まりね」
マルグレーテが頷いた。




