4-5 リーナ先生の封印
「うおっ!」
思わず、俺は大声を上げた。
「動揺しないで。もう少しだから」
ネコミミ巫女アヴァロン・ミフネに、手を強く握られた。
「……」
瞼の裏の映像が乱れた。俺に向かい合うように、誰かの剣が見えた。剣からは血が滴っている。おそらく……俺や仲間の……。俺の手にした剣が、いきなり輝き始める。あれは……冥王の剣。
と、映像がすっと消えた。同時に、俺の体から大量のエネルギーが放出されたのがわかった。腕を通し。アヴァロン・ミフネに向かい。
「あっ!」
アヴァロンの叫び声が聞こえた瞬間、俺は気が遠くなった。
●
「……モーブ様」
甘い香りが鼻孔をくすぐった。花でもスイーツでもない。女子特有の。俺は誰かに抱き取られている。頭を撫でられて。
「モーブ様……」
「俺は……」
意識が戻った。目の前にきれいな首筋がある。俺は首に唇を着けている。頭を起こすと、ネコミミが見えた。どうやら、倒れ込むようにしてアヴァロンに抱かれていたようだ。
「気絶したのか、俺」
「神下ろしで大量のエネルギーが通ったからです。落雷が体を抜けたのと同じ。……さあ、しっかり」
「おう……」
なんとか体を起こした。獣人ケットシーの澄んだ瞳が、俺をじっと見つめている。
「大丈夫ですか、モーブ様」
「ああ……。まだ少しめまいがするけどさ」
「すぐ消えますよ。あなたは強いお方ですから」
ほっと息を吐くと、アヴァロンはぎこちない笑みを浮かべた。
「妹の気持ちがわかったわ」
「言えないが、俺はちょっと特別なんだ」
なんせ転生者だしな。それを知っているのは、俺のチームと居眠りじいさんだけだ。
「俺は今、幻影を見ていた。なあアヴァロン、あれはなんなんだ」
夢にしては異様なほど明晰だった。
「神下ろしのエネルギーが、依代に次元を越えさせるのよ。たまにあること」
「俺が見た幻影は……」
「なにを見たかは知らないけれど、どこかの次元のあなたの姿。別宇宙かもしれない。それに……もしかしたら、この時空の未来か過去」
「そうか……」
俺達の装備は、今とほぼ同じだった。もちろん、過去にこんなシーンはない。……ということは、どの時空かは別にして、今よりは未来ということになる。まあ……あんまり経験したくない内容だ。どう見ても俺達、負けて死ぬところだろ、あれ。
「モーブ様、寝台に腰を下ろしなさい。水を飲ませてあげる。心を安らかにする祈りを込めた水を」
手を添えると、俺をそっと座らせてくれた。粗末な木のカップを、俺に渡してくれる。一気に飲んだ。知らん間に、どえらく喉が乾いていた。水差しから、おかわりを注いでくれると、寝台に並んで腰を下ろし、アヴァロンは自分でも水を飲んだ。
「それで……」
カップをテーブルに置くと、俺は切り出した。
「それで、呪いは解けたのか」
「ええ。解呪には成功した。あの呪いは……古代のもの。おそらくこの地で、なんらかの諍いがあったのでしょう」
「そうか……」
またぞろ、アドミニストレータとアルネ・サクヌッセンムじゃないだろうな。――と一瞬懸念したが、カエルだの装備だのがあったことを考えると、ちょっとレイヤーが違う気はするわ。連中ならそもそも、へそを破った呪いとか、そんな面倒なことはしそうもないし。
「モーブ様のおかげね。村の船からエプロンを受け継ぎ、届けてくれた。それに強い力を持って、依代になってくれたし」
俺の手を取ると、自分の太腿に置いた。そのまま、手を握っていてくれる。エプロンと巫女服を通しても、柔らかな体が熱を持っているのがわかった。大規模術式を起動した直後だからだろう。
「正直、依代に力がなかったら、失敗したかもしれなかった。それだけ強い呪いだったので……」
「解けて良かったよ。ラルゲユウス号で亡くなったみんなのためにも」
「ふふっ。モーブ様はお優しいのですね」
腕を抱くと、俺の肩に頭を載せてきた。
「私も疲れました。これほどの術式は、生涯で何度も起動するわけではないし……」
「そうやって少し休んでろ。肩は貸す」
「ありがとうございます。モーブ……様」
俺の肩に頭をこすりつけてきた。それこそ甘えてくる猫のように。ネコミミが頬に当たり、なんだかくすぐったい。女子のいい香りがする。
「休みながらでいいから教えてほしいんだが……」
「……はい」
腕にアヴァロンの体温と息遣いを感じる。
「さっき言ってたろ、リーナ先生が封印されてるとかなんとか」
「ええ」
「あれ、どういうことなんだ」
「強い封印でした。あの強さからしておそらく……子供の頃に施されたもの。悪意は感じない。なにかから彼女の身を守るためでしょう」
「子供の頃に守るためってことは、家族が封印したのか……」
「かもしれません。呪われた一族では稀にそういう例があります。たとえば思春期を迎えると開発される能力に伴い、呪いが発動するとか。それを防ぐため、能力自体を封印するのです」
「リーナ先生が呪われてるってのか」
「いえ、彼女は呪われていません。なにか……別の理由でしょう。残念ながら、今の段階の私にはわかりません。いずれ……読めるようになるかも」
「呪いは解けないのか」
「解いたほうがいいと、モーブ様はお考えですか」
ほっと息を吐くと、体を起こした。首を傾げて、俺を見る。
「もし家族が封印したのなら、それなりの理由があるはず。愛ゆえの行為です。もちろん第三者が、もっと別の意図の元に封印を施したのかも。……いずれにしろ、それがわかるまでは、解いてはいけません。下手をすると……彼女のためになりませんよ」
「なるほど」
たしかにそうだ。
「それにそもそも、今の私には解呪方法がわかりません。モーブ様、封印の詳細は、彼女には内緒にしましょう。多分……悩みが増えるだけかと」
「そうだな……」
俺は考えた。現状でなにもできない以上、たしかに余計な厄介事を抱えるだけになる。身内が封印したとするなら、アヴァロンの言うとおり、なんらかの理由があるはずだしな。拙速にどうこうって話じゃないわ。
「封印されてるけどよくわからない。いずれ判明するだろうが、今はとりあえず害はない。だから気にせず先に進もう。――とか言っておけばいいか」
「実際、正体も効果も不明ですしね。嘘じゃない」
アヴァロンは立ち上がった。
「行きましょうモーブ様。村の方々が、首を長くして吉報を待っています」
俺に手を差し伸べてきた。




