4-4 幻影
「儀式の前に、エプロンを装着します」
ネコミミ巫女アヴァロン・ミフネは、俺からエプロンを受け取った。集会所に集まった村人の視線が、彼女に集中する。
「さて……」
冒険者服の上から、エプロンに袖を通す。
「巫女服に着替えなくていいのか。妹は着たぞ。俺に会いに来たとき」
「あら……」
アヴァロンは、面白そうに微笑んだ。
「そうですか。ふふっ」
「なんだよ」
「なんでもありません。私達も全ての記憶を共有しているわけではない。秘密にしたいことは、そうするのです。今日は巫女服を着るまでの必要はないと思ったのですが……。そうですか、妹が……」
なにか、迷っている表情だ。
「ところであなた……」
リーナ先生に、アヴァロンが視線を置いた。
「封印されているのね。……エプロンの霊力でわかったわ」
「封印? なんのこと?」
リーナ先生は、寝耳に水といった表情だ。
「ご存知ないなら、いいわ。おそらく……それなりの理由があるのでしょうし」
「なになに、気になるじゃん」
レミリアが口を挟む。
「悪意のある封印ではありません。だから問題はないかと」
「なにが封印されてるんですか、私」
「気にしないほうがいいです。それに……」
アヴァロンは、ほっと息を吐いた。
「それに申し訳ありませんが、今は解呪が先です」
「え、ええ……。なんだかもやもやするけれど」
「はよう頼むわい」
誰か村人が、焦れたように叫んだ。
「こっちは封印とかでなく、呪いだからな。人が消える」
「わかっています。……さあ、モーブ様」
「おう」
手を取られた。ここで全員待つようにと言葉を残し、アヴァロンは俺を連れて集会所を出る。
「どこに行くんだ」
「……」
問いには答えず、アヴァロンはすたすたと道を歩く。とある建物に入ると、階段を上って二階の部屋へと。寝台と小さなキャビネット、テーブルが置かれた、質素で狭い部屋。窓からは「ガイアの大穴」が、不吉な姿を見せている。
「私はここに滞在しています」
「はあ宿屋だな、村の」
先程の村人の話だと、旅人なんかほとんど来ないだろう。商売人とかも。だから宿屋といっても、普通の家と外観は変わらない。民宿と言ってもいい程度のサイズだ。
「さて……」
エプロンを外すと、寝台に置いた。それから冒険者の服を、さっと脱ぐ。
「おいおい」
上も下も脱いだ。下着姿だ。特に恥ずかしがる様子もない。
ビーチバレー大会のとき、妹アヴァロンの水着姿を見た。獣人とはいっても、ケットシーは普通に人型。ネコミミと尻尾を持つのが人間との大きな違いだ。
体毛は濃い。体は基本無毛だが、背骨の線の周囲にわずかに体毛が残り、尻尾まで続いている。前から見ても無毛だが、へその下あたりから体毛が覆い始め、下着に隠れる部分まで続いている。
ビーチバレー大会のときの獣人チームは下半身に水着を着けていなかったが、それでも中が透けない程度には濃く生えており、ざっくり普通に服を着ているかのようだったしな。
あと三つ子だから当然かもしれんが、姉アヴァロンも、妹と同じ体毛の柄だ。
裸同然のアヴァロンは、キャビネットから巫女服を取り出した。
「巫女服は着ないんじゃなかったのか」
「気が変わりました」
振り返って微笑む。
「妹があなたの前で着たのなら、私も身に着けたほうがいいでしょう」
「そうか……」
なんやらわからん。とにかく本職の、プロとしての判断だ。俺が口を挟む理由はない。
「やはり巫女服は、心が引き締まりますね。さて……」
巫女服に着替えたアヴァロンは、改めて「祝福の尼僧エプロン」を身に纏った。
「こちらに……」
俺を立たせると、向かい合う。
「手を突き出して」
「おう」
アヴァロンは、俺の両手を、それぞれ手に取った。
「モーブ様を依代として神下ろしをし、呪いを解除します」
「なんで俺なんだよ」
「あなたには、とてつもない力があるからです。成功可能性が高まるもの。……『羽の勇者』なんでしょう。妹が教えてくれたわ」
「そうか……」
隠し事できないな、この三姉妹相手には。
「それならいいけど、ヤバくはないんだよな」
「あら、怖いの」
微かに首を傾け、微笑んだ。
「ポルト・プレイザーの英雄でしょう。それに羽の勇者だし」
「怖いというか……俺には守るべき仲間がいる。まだ倒れるわけにはいかないんだ」
「ふふっ。モーブ様、あなたのお仲間は幸せね。このような殿方に愛して頂けて」
「それは……」
なんだよ。もう俺が仲間とデキてるの見破ったんか。妹アヴァロンも、指が触れ合うことで俺が「羽の勇者」だと看破したし、さっき手を取られてバレたのかも。それとも妹アヴァロンとの交感で知ったのかな。獣人だから匂いでわかったのか。まあどちらにしろ……。
「それは別にいいだろ。早く始めろ」
「はい、モーブ様」
驚いて手を下げてはダメですよと、アヴァロンは付け加えた。それから瞳を閉じた。多分、精神集中しているんだろう。そのうち、アヴァロンの髪が、わずかに波打ち始めた。
「そう……そう……もう少し」
独り言のように呟く。それにつれ、俺の体内も奇妙に熱くなってきた。頭から腹、そして腹から両腕に、なにかのエネルギーが流れているのを感じる。
「モーブ様、雑念を抜いて。目を閉じるといいわ」
「おう」
目を閉じた。奇妙なことに、瞼の裏で、俺の瞳は七色の明滅を感じている。脳からなにかの衝撃が走ると、瞼の裏に映像が見えた。
どこか……知らない場所。俺は全身に傷を負い、血まみれでかろうじて立っている。そして俺の両脇には、マルグレーテとランが倒れている。ふたりの体の下からは、大量の血が流れ出している。ふたりの背後に隠れ、誰かの腕が見えている。あれはもしかしたら……。
「うおっ!」
思わず、俺は大声を上げた。




