4-3 ネコミミ巫女、アヴァロン・ミフネ
「そうですか、全員……」
ラルゲユウス号漂流の話を聞き終わったアヴァロンは、悲しげに溜息をついた。
「残念です」
ここは村の大集会所。大テーブルを中心に、椅子が取り囲んでいる。国技館の相撲土俵のような感じよ。大テーブルには俺達と村の重鎮、それにアヴァロン。周囲の椅子には、村人が鈴生りになっている。
なにせ大きな集落なので、村とはいえ行政は意外に込み入っているという。複雑な案件を調整するため、この集会所を建造したらしい。
「アランって人はいるか」
「……俺だ」
最前列の椅子から、若い男が立ち上がった。先程から、話を聞きながら涙を落としていた奴だ。
「これが日記だ」
神隠しで消えた恋人の日記を手渡してやった。
「そしてこれは、彼女が遺した書付。……エプロンの上に置いてあった」
それも渡してやる。
「うう……」
泣き崩れた。大の大人が、誰憚ることなく大声を上げて。
「将来を誓い合ったんだ。……死にたい」
「そんなことを言ってはダメよ」
リーナ先生が、優しく諭した。
「彼女はねえアランさん、呪いで船の全員が消えても希望を失わず、最後のひとりとして頑張ったのよ。あなたや村のために」
「そうだよ。泣いてるアランさんを見たら、彼女だって悲しむよ」
そう言うランも悲しげだ。
「強い人だったのよ。彼女の情報がなかったら、わたくしたちは状況すらわからず、こうして村に来ることもなかったの」
「マルグレーテの言うとおりだよ。エルフの格言にもある。『生き死には定め、されど真の生き死には定めにあらず』。――行動によってこそ、生命は輝くっていうことだよ」
珍しく、レミリアが真面目な話をする。
「ああ……」
アランも理性ではわかっているのだろう。……ただ、感情は理性を越える。立ち直るのには時間が必要だろう。
村の娘が何人かアランに寄り添い、慰めの言葉を掛けている。
「村では悲劇が続いておる」
長老は、悲しげに眉を寄せてみせた。
「アランも含めてな……」
「でも、エプロンは手に入りました。皆さんの努力の賜物です」
俺はエプロンを出してみせた。
「これです」
「おお……」
「これで……救われる」
村人からどよめきが巻き起こる。
「あんたらは村の救世主じゃ」
長老は、俺の手を強く握り締めた。
「あとは……アヴァロン様にお願いするだけよ」
「それだよ」
俺は獣人に向き直った。
「まだ聞いてない。アヴァロン、あんたはなんでここに居るんだ。俺達と……向こうの大陸に居たはずなのに」
「モーブ様……」
澄んだ瞳で、アヴァロンは俺を見つめた。
「あれは私の妹です」
「妹?」
「私達は三つ子です」
そういや、「あっちのアヴァロン」がそんなこと言ってたな。
「母の命で、私達三人は別の道を歩んでいます。姉はこの大陸の辺境奥地にある、『のぞみの神殿』におります。母の元で巫女修行に励んで。私はこの大陸の隅々まで調べる旅に。そして妹は母の啓示に従い一年前、もうひとつの大陸に渡りました。『羽の勇者』を導くために……」
俺の目をじっと見つめてきた。たしかに、向こうのアヴァロンは、羽の勇者がどうとか、教えてくれはした。でもなあ……。
「あなたですね、モーブ様。……妹は、指が触れ合ってわかったと申しております」
「ちょっと待て。そこがわからんのよ。妹とあんたは別人だ。なのにどうして俺のことを知っている。テレパシーかなんかか」
この大陸と向こうの大陸の間にはたしかに魔導通信がある。でもそれは行政上軍事上に使われるだけで、一般人が使うことなんかできない。ならテレパシーくらいしか思いつかない。
「違います」
アヴァロンはあっさり否定した。
「では、どうやって――」
「私達三人は、一心同体。魂が感応し、互いの心は繋がっているのです」
「心が……」
「ええ。それが私達一族。代々三つ子の娘が生まれ、それぞれ別のことをして巫女修行に励むのです。ひとつの魂、ひとつの心を持つ三つ子として」
「へえ……」
だから記憶や感情も共有してるってわけか。たしかにこっちのアヴァロンとあっちのアヴァロン、顔や姿だけでなく、話し方から穏やかな性格まで瓜二つだ。三つ子というだけでは説明が難しい。でも、同時に他のふたりの記憶や感情を共有するとか、精神が壊れないの凄いわ。俺なら一日だって耐えられそうもない。
「そうして修行が終わると……」
言いかけて、アヴァロンは口を閉じた。
「なんだよ」
「いえ……今話すことでもないでしょう」
軽くスルーされた。
「気になるじゃんか」
「モーブ様、妹に言われましたね。のぞみの神殿に行くように」
「ああ」
「ならばそこでわかります、全てが。妹や私の感じたことが正しければの話ではありますが……」
「思わせぶりだな。教えろよ」
「母に聞いて下さい。私の口からは言えません。……それより今は、一刻も早く、村人を救うことです」
「そうよモーブ。目的を忘れたの」
マルグレーテが俺の手を取った。
「このままでは、呪いが続いて村人は消える一方よ」
「『ファリテオのへそ』をぶち抜いたとき、村に居た全員に呪いがかかったのじゃ」
長老は眉を寄せた。
「村を捨てて逃げた者もおったが、出先で消えた。結果は変わらんかったのじゃ。だからわしらは手を尽くし、四方八方に助けを求めた」
「誰も、救済策など知らんかった」
長老を補佐する三人組のひとりが続けた。
「だが噂を聞いて、アヴァロン様が村を訪れてくれたのだ。巫女の自分なら、なにかわかるやもと」
「私は巫女。神下ろしをして、神界に通じました。でも呪いの主体はわからなかった。おそらく、とてつもなく古い時代の呪いだと。『へそ』にファリテオのカエルや装備品が大量に埋まっていたのも、当時のなんらかの行為に由来していたのでしょう」
アヴァロンは、ほっと息を吐いた。
「ですが啓示は受けました。祝福の尼僧エプロンを使えば、呪いを解除できるという。ですから頼んだのです。私がここで呪いの進行を少しでも遅くするよう祈っている間に、『のぞみの神殿』に行き、エプロンを持ち帰るようにと」
「なるほど」
「ではこれから、エプロンを用いて儀式に入ります」
アヴァロンは立ち上がった。
「千人近くいた村人も、呪いの神隠しに遭い、次々に消えた。すでに百人を切っています。一刻の猶予もありません。……モーブ様」
俺の目をじっと見る。
「儀式に参加して下さい。あなた……ひとりだけで」
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