表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/463

4-1 新大陸に下り立つ

「プオーッ」


 汽笛が鳴った。


 大陸の大港湾、大型桟橋に無事、接岸した合図だ。港には沖仲仕だの接客スタッフが入り乱れ、貨客船ベアトリス丸の右舷に取り付き始めている。


「さて、行くか……」


 チームに声を掛けた。全員、俺の部屋の窓から接岸を眺めている。


「船旅、楽しかったわよね」


 満足気に、マルグレーテが呟く。


「意外に冒険できたし」

「それに毎日日光浴できたもんね。モーブと抱き合ったりして」

「そうね。ランちゃんったら、デッキチェアではすぐうとうとしてたし。ふふっ」


 マルグレーテが含み笑いした。


「モーブに抱き着いてると、幸せですぐ眠くなっちゃうんだよ」


 日焼け止めをしっかりしていたマルグレーテやリーナ先生とは異なり、ランはすっかり焼けている。村育ちの野生娘だけに、そういうの全然気にしないからな。


「レミリア、もうおやつはいいか? 下船後はしばらくどたばたする。当面、飯は食えんぞ」

「ありがとモーブ。でも大丈夫。さっきたくさん食べたから」


 謎の船内連続……じゃないか、密室(これも違うか)クッキー消失事件以来、反省した俺は、レミリアを甘やかすことにした。特に食べ物関係は。エルフの生態をよく知らなかった、俺の失敗でもあるし。


 そのせいか、レミリアはなんだかべたべたくっついてくるようになった。これまで以上に。時にはデッキチェアで、ランと一緒に俺に抱き着いたまま昼寝したりしてな。まあだいたい、腹減ってすぐむっくり起き上がるんだけど。


 いずれにしろ、関係は改善された。色々頼んでも嫌な顔ひとつ見せず引き受けてくれるし、俺も助かる。エルフは餌で釣るのがいちばん早いんだな。よくわかったよ。


 それに太らないんだよなー、レミリア。長期的にだけでなく、腹パンになるまで食っても、ビキニ姿のお腹はぷっくりしてないんだからな。エルフ七不思議のひとつだろ、これ。


「リーナさん、忘れ物はないですか」

「やあだ」


 くすくす。


「それ、教師である私が言うことじゃない」

「俺とリーナさんは、もう先生生徒の関係じゃないですよ。そう言いましたよね」


 俺に見つめられると、リーナ先生は赤くなった。


「う、うん……。そうだった」

「よし、行こう」


 部屋を出る。手荷物以外は、もう降船手配を終えている。一フロア上がり、最上部に出た。


 前部の開放トップデッキでは、すでにデッキチェアやテーブルは全て片付けられていた。デッキの床は大きく開き、桟橋の魔導クレーンから、ロープが穴に垂れている。船倉から荷物やコンテナを運び出すためだ。


「デッキチェア、もう一度見ておきたかったな……」


 ランは名残惜しそうだ。


「大丈夫、これからは馬車で毎日モーブとくっつけるわよ」

「そうだね、マルグレーテちゃん……」


 言いながらも、ランは俺の腕を胸に抱いた。


「モーブ様」


 振り向くと、船長以下、ベアトリス丸主要スタッフと、保安担当の獣人アレギウスが立っていた。


「航海中、いろいろ手助け頂き、ありがとうございました」

「さすがはポルト・プレイザーの英雄。頼もしかったです」


 航海士と船長が頭を下げてきた。まあ幽霊船騒ぎとか、いろいろあったからな。


「いえいえ、こちらこそ。毎日楽しく過ごせました」

「安全な航海、ありがとうございます」


 リーナ先生が付け加える。


「モーブさん、ラルギュウス崖縁村がけへりむら、くれぐれも頼みます」


 アレギウスは、あの悲惨な幽霊船の日記が気にかかっているようだ。


「大丈夫。下船後すぐ、村に向かって出発する。尼僧エプロンを持ってな」

「もう手配はすべて終わっているからねー。私達に任せてよ」

「ランさんのお言葉なら、安心できます」


 思わずといった様子で、微笑む。


 なんだ。アレギウスはラン推しか。そんな気配一切見せなかったのに、下船時につい気が緩んだって線かな。


「これをお持ち下さい。モーブ様に助けていただいた、お礼です……」


 船長の目配せで、スタッフが俺に木の箱を手渡してくれた。ずっしり重い。


「なんですか、これ」


 中には、ビー玉くらいの金属球が収められている。このサイズにしては、異様なほど重い。


「なにか効果があるとは思うんです。ただ鑑定できないんですよ。誰にも」

「なにかのアイテムだね、きっと」


 興味深げに、レミリアが箱を覗き込んだ。


「きれい……。銅色に輝いてるよ。錆びもせずに」

「リーナ先生、鑑定してみて下さい」

「うん」


 だが、先生にも鑑定できなかった。


「どこでこれを」

「もうだいぶ前の忘れ物ですよ。お客様の。どなたの持ち物かもわからず保管期限も切れたので、処分は私の裁量で可能。モーブ様は冒険者でいらっしゃいますよね。今後これが役に立つやもしれません」

「モーブ、頂いておきましょう」

「そうだな、マルグレーテ」


 全員で船長に礼を言った。


「ほら、モーブ様の馬車ですよ」


 航海士の言葉に見ると、船倉から俺の馬車が吊り上げられたところだった。がっしりした板に載せられ、四方から頑丈なロープで吊っている。なので滅多なことでは事故はないだろう。


 四頭の馬も呑気に、水平線を眺めている。ここのところずっと馬小屋暮らしだったし、見渡せるのは気持ちいいだろう。


「にしてもスレイプニール、太ったなあ……」


 黒馬スレイプニールは、レミリア並に食い意地が張ってるからな。雄なのに妊娠してるように腹でっぷりじゃん。おまけにまだ口をもぐもぐさせている。直前までなんか食ってたに違いない。


「船旅は食っちゃ寝だもんね」


 レミリアは面白がっている様子。てかお前もそうだっただろうが。太らなかっただけで。


「わたくしがしっかり運動させるわ、これから」


 テイムスキルもあるマルグレーテが、溜息をついてみせた。


「しばらくは先頭に繋ぎましょう。スレイプニールの馬車曳きスキル向上にも役立つし」

「ほら、降船タラップが開放されました。モーブ様、先頭でどうぞ」


 船長が、腕で示した。


「最初は特等船室の客じゃないんですか」

「そうですが、モーブ様は特別です。さあ……」


 手を差し出してきたので、握手した。次に航海士、アレギウス、それに他のスタッフ。しばらく、俺のパーティーとスタッフとで別れを惜しんだ。


「なら行くか」

「うん」

「ええ」

「だねー」

「はい」


 俺達はタラップへと進んだ。下りきって桟橋に立ったところで振り返り、まだ見送ってくれている船長やアレギウスに手を振る。


「さあモーブ、行こうよ」


 ランは、ほっと息を吐いた。


「こうしている間にも、崖縁村では神隠しが続いているんだよね」

「わかってるさ、ラン」


 馬車に飛び乗る。


「まずはこの港町の、冒険者ギルドだな」

「うん」


 そこに、必要な食糧や消費アイテム、レミリア用の矢束が揃えられている手筈だ。それに、崖縁村への道中情報も。


「ほらスレイプニール、進みなさい」


 御者席のマルグレーテの掛け声で、馬はゆっくり歩き出した。常歩なみあしで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ