4-1 新大陸に下り立つ
「プオーッ」
汽笛が鳴った。
大陸の大港湾、大型桟橋に無事、接岸した合図だ。港には沖仲仕だの接客スタッフが入り乱れ、貨客船ベアトリス丸の右舷に取り付き始めている。
「さて、行くか……」
チームに声を掛けた。全員、俺の部屋の窓から接岸を眺めている。
「船旅、楽しかったわよね」
満足気に、マルグレーテが呟く。
「意外に冒険できたし」
「それに毎日日光浴できたもんね。モーブと抱き合ったりして」
「そうね。ランちゃんったら、デッキチェアではすぐうとうとしてたし。ふふっ」
マルグレーテが含み笑いした。
「モーブに抱き着いてると、幸せですぐ眠くなっちゃうんだよ」
日焼け止めをしっかりしていたマルグレーテやリーナ先生とは異なり、ランはすっかり焼けている。村育ちの野生娘だけに、そういうの全然気にしないからな。
「レミリア、もうおやつはいいか? 下船後はしばらくどたばたする。当面、飯は食えんぞ」
「ありがとモーブ。でも大丈夫。さっきたくさん食べたから」
謎の船内連続……じゃないか、密室(これも違うか)クッキー消失事件以来、反省した俺は、レミリアを甘やかすことにした。特に食べ物関係は。エルフの生態をよく知らなかった、俺の失敗でもあるし。
そのせいか、レミリアはなんだかべたべたくっついてくるようになった。これまで以上に。時にはデッキチェアで、ランと一緒に俺に抱き着いたまま昼寝したりしてな。まあだいたい、腹減ってすぐむっくり起き上がるんだけど。
いずれにしろ、関係は改善された。色々頼んでも嫌な顔ひとつ見せず引き受けてくれるし、俺も助かる。エルフは餌で釣るのがいちばん早いんだな。よくわかったよ。
それに太らないんだよなー、レミリア。長期的にだけでなく、腹パンになるまで食っても、ビキニ姿のお腹はぷっくりしてないんだからな。エルフ七不思議のひとつだろ、これ。
「リーナさん、忘れ物はないですか」
「やあだ」
くすくす。
「それ、教師である私が言うことじゃない」
「俺とリーナさんは、もう先生生徒の関係じゃないですよ。そう言いましたよね」
俺に見つめられると、リーナ先生は赤くなった。
「う、うん……。そうだった」
「よし、行こう」
部屋を出る。手荷物以外は、もう降船手配を終えている。一フロア上がり、最上部に出た。
前部の開放トップデッキでは、すでにデッキチェアやテーブルは全て片付けられていた。デッキの床は大きく開き、桟橋の魔導クレーンから、ロープが穴に垂れている。船倉から荷物やコンテナを運び出すためだ。
「デッキチェア、もう一度見ておきたかったな……」
ランは名残惜しそうだ。
「大丈夫、これからは馬車で毎日モーブとくっつけるわよ」
「そうだね、マルグレーテちゃん……」
言いながらも、ランは俺の腕を胸に抱いた。
「モーブ様」
振り向くと、船長以下、ベアトリス丸主要スタッフと、保安担当の獣人アレギウスが立っていた。
「航海中、いろいろ手助け頂き、ありがとうございました」
「さすがはポルト・プレイザーの英雄。頼もしかったです」
航海士と船長が頭を下げてきた。まあ幽霊船騒ぎとか、いろいろあったからな。
「いえいえ、こちらこそ。毎日楽しく過ごせました」
「安全な航海、ありがとうございます」
リーナ先生が付け加える。
「モーブさん、ラルギュウス崖縁村、くれぐれも頼みます」
アレギウスは、あの悲惨な幽霊船の日記が気にかかっているようだ。
「大丈夫。下船後すぐ、村に向かって出発する。尼僧エプロンを持ってな」
「もう手配はすべて終わっているからねー。私達に任せてよ」
「ランさんのお言葉なら、安心できます」
思わずといった様子で、微笑む。
なんだ。アレギウスはラン推しか。そんな気配一切見せなかったのに、下船時につい気が緩んだって線かな。
「これをお持ち下さい。モーブ様に助けていただいた、お礼です……」
船長の目配せで、スタッフが俺に木の箱を手渡してくれた。ずっしり重い。
「なんですか、これ」
中には、ビー玉くらいの金属球が収められている。このサイズにしては、異様なほど重い。
「なにか効果があるとは思うんです。ただ鑑定できないんですよ。誰にも」
「なにかのアイテムだね、きっと」
興味深げに、レミリアが箱を覗き込んだ。
「きれい……。銅色に輝いてるよ。錆びもせずに」
「リーナ先生、鑑定してみて下さい」
「うん」
だが、先生にも鑑定できなかった。
「どこでこれを」
「もうだいぶ前の忘れ物ですよ。お客様の。どなたの持ち物かもわからず保管期限も切れたので、処分は私の裁量で可能。モーブ様は冒険者でいらっしゃいますよね。今後これが役に立つやもしれません」
「モーブ、頂いておきましょう」
「そうだな、マルグレーテ」
全員で船長に礼を言った。
「ほら、モーブ様の馬車ですよ」
航海士の言葉に見ると、船倉から俺の馬車が吊り上げられたところだった。がっしりした板に載せられ、四方から頑丈なロープで吊っている。なので滅多なことでは事故はないだろう。
四頭の馬も呑気に、水平線を眺めている。ここのところずっと馬小屋暮らしだったし、見渡せるのは気持ちいいだろう。
「にしてもスレイプニール、太ったなあ……」
黒馬スレイプニールは、レミリア並に食い意地が張ってるからな。雄なのに妊娠してるように腹でっぷりじゃん。おまけにまだ口をもぐもぐさせている。直前までなんか食ってたに違いない。
「船旅は食っちゃ寝だもんね」
レミリアは面白がっている様子。てかお前もそうだっただろうが。太らなかっただけで。
「わたくしがしっかり運動させるわ、これから」
テイムスキルもあるマルグレーテが、溜息をついてみせた。
「しばらくは先頭に繋ぎましょう。スレイプニールの馬車曳きスキル向上にも役立つし」
「ほら、降船タラップが開放されました。モーブ様、先頭でどうぞ」
船長が、腕で示した。
「最初は特等船室の客じゃないんですか」
「そうですが、モーブ様は特別です。さあ……」
手を差し出してきたので、握手した。次に航海士、アレギウス、それに他のスタッフ。しばらく、俺のパーティーとスタッフとで別れを惜しんだ。
「なら行くか」
「うん」
「ええ」
「だねー」
「はい」
俺達はタラップへと進んだ。下りきって桟橋に立ったところで振り返り、まだ見送ってくれている船長やアレギウスに手を振る。
「さあモーブ、行こうよ」
ランは、ほっと息を吐いた。
「こうしている間にも、崖縁村では神隠しが続いているんだよね」
「わかってるさ、ラン」
馬車に飛び乗る。
「まずはこの港町の、冒険者ギルドだな」
「うん」
そこに、必要な食糧や消費アイテム、レミリア用の矢束が揃えられている手筈だ。それに、崖縁村への道中情報も。
「ほらスレイプニール、進みなさい」
御者席のマルグレーテの掛け声で、馬はゆっくり歩き出した。常歩で。




