3-3 難事件解決!
通路を進み、踊り場に出ると、階段を上に。
「まだまだ続くぞ」
「どこまで行ったのかしら」
階段から、跡はまた廊下に戻った。
「上からふたつめのデッキね」
「ここは一等船室が並んでて、最前部は開放デッキになってるわよ」
「開放デッキで食べてるのかもな。空と海が見えて気持ちいいし」
「人少ないからバレにくいしね」
「そういうことだ」
このデッキの開放部分は狭い。なので普通は最上部にある広いトップデッキで寛ぐ。俺達が毎日デッキチェアでいちゃいちゃしているのも、上のデッキだ。その分、この下の開放デッキは人が少ない。悪ガキが隠れ食いするのに向いているとは言える。
跡は廊下を辿り、もうひとつの階段踊り場を越えて、左舷から右舷廊下に移った。
「ああやだ。わたくしたちの船室前の通路じゃない、ここ」
「俺達探偵の部屋の前を抜けるとか、大胆な泥棒だな」
「あたしたちが探偵とか、その泥棒は知らないじゃん。……モーブったら、ウケるー」
探偵ごっこに、レミリアはもう、大喜びだ。
やがて……。
「あっ……」
「あっ」
「これは……」
「うそっ!」
「……」
「お前……」
全員の視線がレミリアに集まった
「えーと……その……」
レミリアが絶句する。
「レミリア。お前の部屋の前で、クッキーカスが途絶えてるぞ。……どういうことだよ」
「し、知らないよっ、あたし」
目を見開いて、信じられないといった顔だ。
「お前が泥棒かよ」
「まさか。違うよっ。……あっ!」
口を手で覆った。
「……どうした」
「そう言えば今日……その……クッキーもらった。子供から」
「鍵出せ」
「はい……」
珍しく、小さくなってやがる。
「がちゃ」
扉を開けた瞬間、テーブルに置かれた空箱が見えた。いくつも。クッキーの。
「……レミリア」
「はい……」
どんどん小さくなって、もう園児並に体を縮めている。
「説明してもらおうか」
「うん……」
レミリアの説明、そしてその後に事情聴取した子供の証言で、事件の概要が判明した。要するに、話はこうだった。
例の子供は、船内探検が日課だった。たまたま例の大部屋に顔を出したとき、ごみが置かれた一角に、新品クッキーの箱をいくつも発見した。尋ねようとしたが、誰も居ない。捨ててあるんでいいだろうと、クッキーを自室に持ち帰った。
冒険の大成果を両親に自慢しようと廊下に出たところで、散歩しているエルフに会った。腹が鳴っていたそうだ。
「お姉ちゃん、お腹空いてるの」
「まあねー。あたしのチームのリーダー、あんまりお菓子くれなくて」
「ならボクの部屋においでよ。クッキーあげるね。ボク、ひと箱だけでいいからさ」
「ホント? マジ? ありがとー」
思わぬ収穫にほくほく顔のエルフは、幸せそうに箱をいくつも抱えて自室に戻った。もちろん、テーブルに置くやいなやパッケージを開け、中身にかぶりつく。俺がノックして、午後のカフェに誘うまで……。
「お前なあ……どんだけ大食いなんだよ。さっきのカフェで、がっぽがっぽケーキかっ食らってたぞ、クッキー何箱も完食した後だっていうのに」
呆れ返ったわ。
「ス、スイーツは別腹……」
「いやスイーツを食ってからのスイーツだろ。別腹もくそもあるか。牛みたいに胃がたくさんあるのかよ。食事用、クッキー用、ケーキ用とか」
「それは……その……」
「そういやお前、食べ過ぎたくらいでゲップするとか、ヒューマンは情けない。エルフはそんなことないって言ってたよな。たしかにそうだわ。こんだけ食っててもゲップのひとつもしなかったし」
「ううーっ……」
「子供の船室の前でもそうだ。『ここに泥棒さんがいるのかぁ』とか呑気な感想口にしてたけど結局、お前が食い散らしたわけだろ」
「そのぅ……」
うつむいている。
「事件捜査に入ってからもそうだわ。百歩譲って、最初は自分のこととわからなかったのはまあいい。でもあの子供の部屋に捜査に入ったとき、気が付かなかったのか? ここはついさっき来たところで、この部屋でクッキーもらったんだって」
「だって船室なんてどれも似たようなもんだし、通路も。……それにクッキー食べたこと、もうすっかり忘れてたし」
「俺達大恥だろ、これ。探偵が犯人とか、今どきそんな古臭いトリックの推理小説ないぞ。『犯人はヤス』かよ」
「えとえと……」
「お前エルフじゃなくて、ドンガメだろ」
「はうーっ」
「まあまあ……」
リーナ先生が割って入ってきた。
「いいじゃないモーブくん。レミリアちゃんだって悪気があったわけじゃないし」
「お腹が減ってたのよね。仕方ないじゃない」
マルグレーテが俺を見た。
「そうだよモーブ。レミリアちゃんばっかり責めても仕方ないでしょ」
ランにもたしなめられた。
「とりあえず事件の真相もわかりましたしね」
アレギウスも頷いている。
「今回のスイーツ消失事件は、偶然が重なった、まことに稀な悲劇でした。この悲劇を私は、後世まで語り継ぎましょう。貴重な教訓として」
「語り継ぐのだけはやめてよー。恥……」
レミリアは真っ赤になっている。
「まあいいか……」
ほっと息を吐いて、俺は感情をフラットにした。
「……たしかに故意じゃないし。なあレミリア、お前は悪くない」
抱き寄せてやった。
「モーブ……」
「俺もごめんな。成長期のエルフのこと俺、なんも知らんからさ。これからはもっと自由になんでも食わせてやるよ」
「あ、ありがと……」
消え入りそうな声で呟くと、俺の胸に顔を埋めた。なんだか温かいから、もしかしたら涙を落としたのかも。
「これで解決とはいえ、被害者の方はお気の毒ね」
リーナ先生が、ほっと息を吐いた。
「だって奥さんに怒られるでしょう」
「大丈夫だよ、リーナ先生」
テーブルの空箱を、ランが持ち上げてみせた。
「このクッキー、私達も持ってるよ。今、思い出した。これ……ポルト・プレイザーの名物だよね。あのリゾート限定の」
「そう言えば……」
マルグレーテも頷いた。
「別れるとき、リゾートのシニアマネジャーから頂いたわね、これ。たくさん。木箱に入ってたから、このパッケージこそ見てないけれど。パッケージを見てないから、思い出さなかったんだわ」
「よし。もうそれ、全部上げちゃおう。クッキーの倍返しだ。どこかに落ちてたってことにすればいいや。……それでいいよな、アレギウス。真相は闇の中ってことにしといてくれ」
「はい結構です。事件さえ解決すればいいので」
狼系獣人ならではの長い舌を、アレギウスは出してみせた。
「クッキーはどこかに消え事件は迷宮入りしたけれど、モーブさんが手持ちの代替品を提供してくれたことにしましょう。……これでまた、モーブ御一行の評判が上がりますな」
「いいか。この六人が墓場まで持っていくんだ、この謎を。俺達は一生、この真相の十字架を背負って生きるんだ」
血を吐くような探偵の言葉は、部屋の壁に染み入るようだった。草。
「ぐうーっ……」
例によって、レミリアの腹が鳴った。
「よし、またカフェに戻ってケーキ食い放題だ。晩飯までぱくぱく粘ろうじゃないか。……アレギウス、お前も付き合ってくれるよな」
「喜んでご相伴します」
「レミリア、ケーキ食べ放題だぞ。なにがいい」
「うんモーブ、えーとねえ……」
レミリアは笑顔になった。やっぱこいつは笑ってないとな。パーティーのムードメイカーとして。
●しょうもない「日常の謎ミステリ」ですみません
「読者への挑戦状」っての、一度やってみたかんで……。
次話から新章、いよいよ別大陸上陸、崖縁村救済クエストに突入します。お楽しみにー




