3-2 モーブファミリー、迷宮入り事件を推理する
「そもそも、大部屋客はロッカー使うよな、普通」
長い船旅の間に覗いたことがあるが、大部屋は下層デッキにある二等船室だ。数十人がごろ寝する。プライバシーも荷物置き場も無いので、ロッカーを借りるのが一般的だろう。
「ええそうです、モーブさん。ただ犯人は、わずかな隙をついたようです」
事件現場となった大部屋に向かう道すがら、アレギウスが概要を教えてくれた。
船賃が安いだけに、大部屋を使うのは大陸間で商売する商人がほとんど。当然自分の馬車を持ち込んでいるから、商売道具などは馬車の中だ。荷物を預けるまでもない。
ポイントになるのは、高額な商品や貴重品だ。馬車内に鍵の掛かる収納庫を持っていれば、そこに仕舞い込む。魔法を使える場合、それでロックすることもある。あるいは、船内のロッカーを借りて入れておく。
ロッカーは別料金なので、使うかどうか、どのくらいの容量を借りるかは、客の考え方次第だ。
なんなら俺達もロッカーを借りている。所持するアーティファクトが多いからな。金は余るほどあるから、コストよりもリスク管理を優先しているってことさ。
とにかく被害者は、スイーツを貴重品としてロッカーに入れていた。金は惜しくなかった。なんとなれば、商売道具より大事だったからだ。なくしたら嫁に殺される。
だが、もうそろそろ故郷の大陸に到着する。馬車内の荷物を移動用に積み直すため、スイーツをロッカーから出して大部屋の隅に置いた。一時的に。そうして馬車内部をあれこれ整理して大部屋に戻ったら、スイーツが消えていたというのだ。きれいさっぱり。一時間ほど目を離したときの話だった。
「大部屋に着いたよ、モーブ」
「何人か居るわね、旅行客が」
「被害者の方も立ってますよ」
遠くの隅にぼんやり佇んでいるおっさんを、アレギウスが示した。制服姿のサービススタッフと、ぽつぽつ会話をしている。
「ショックを受けてるみたいね、お気の毒」
そりゃあな。家に戻ったら嫁にタコ殴りされるのは見えてるし。
「よし。ここに居る全員に聞き込みしてみよう」
「はい」
「なんだか、わくわくするねー」
「そうねランちゃん。わたくしたち、探偵さんだもの。ロマンスストーリーを読んでいるみたい」
「被害はお菓子だしね。殺人事件とかじゃないから、気も楽だし。でも……」
くすくすと、リーナ先生が笑った。
「でも解決しないと、奥さんに殺されちゃうんでしょ。頑張らないとね、モーブくん」
「ですねー。よし、まず近くの若者からだ」
全員から話を聞いたよ。俺達の聞き込み結果は、こうだった。
大部屋客A「あんなとこに置いたほうが悪いわ」
大部屋客B「おうよ。だってあそこ、大部屋客がごみや不要物を出しておくところだからな。入り口の近くで」
大部屋客C「たしかにそれらしい荷物を見た記憶はある。無くなったってことは、船のスタッフが捨てたんだろう。ごみと思って」
サービススタッフ「いえ、捨てていません。大部屋のごみ捨ては、朝食後の十時、昼食後の十五時、就寝前の十九時に行います。今日十時の作業でも、それらしき物体はありませんでした」
被害者「昼飯の後にスイーツを置いて、馬車に向かったんだよ。大部屋を留守にしていたのは、十三時から十四時あたり。戻ったらもう消えていてさ。……ああ、カアちゃんが怖い。ひと箱だけ潰れてクッキー粉々のがあったんで、それだけ持ってってくれれば良かったのに……。あれなら誰にだってあげてもいいし」
大部屋客D「お、俺は知らねえ。見てもいねえ。ゲップ。この部屋にはよく、知らんガキが出入りしてた。だからそいつだろ。ウップ」
大部屋客E「午後はだいたいみんな、デッキで寛ぐか馬車で作業してるんだ。大部屋は気詰まりだからな。そのとき大部屋にいたのは、俺とD、Fの三人くらい。といっても話したとかじゃなく、それぞれごろごろしていただけ。時折トイレに立ったりもしてたしな。人のことなんか気にもしてないわ」
大部屋客F「そんなとこに菓子があったとか知らんわ。ごみコーナーなんか見てる奴いないしな。みんな忙しい。一時的に部屋が空っぽになることだってあるし……。ガキ? 知らんな。ごみの近くに居たのはDな」
大部屋客D「なんだ、またあんたらか。なに? 俺が怪しい? ゲップしてたからだと。ふざけんな俺は胃酸過多で年中ゲップしてるわ。嘘だと思うなら船医に聞け。薬もらってるから……ウップ」
「うーん……さっぱりだな」
俺は頭を抱えた。
「なんの進展もないわね。聞き込みだと」
思うような探偵ムーブができず、マルグレーテもがっかりしている。
「Dさんが怪しく思えたけどねえ……」
リーナ先生が溜息をついた。
「ゲップしたりして」
「でもたしかに船医さんの話で、Dさんの証言も裏付けられたものね」
「そもそも食べ過ぎたくらいでゲップするとか、ヒューマンだけでしょ。エルフはそんなことないし。いくら食べても胸焼けしないから」
レミリアが謎マウント。いや別にそれ、自慢にもならんがな。
「あとはこの、『ガキ』って奴くらいか。怪しいのは」
「そうねモーブ。大部屋には子供の客は居ないという話だったから、一等船室以上で決まりよね」
「子供ったって、多いからなあ……」
午後のデッキは、子供がよく親と散歩しているんだわ。俺達がいちゃいちゃ酒を飲んでるのを、興味深げに見てきたりする。
「全部聞いて回るのは面倒だよね」
「子供が食べちゃったっていうのは、あるかもね。でも、うーん……」
なにか推理するかのように、レミリアは眉を寄せて唸ってみせた。
「そもそも、子供がそんなにたくさん食べるかな。凄い量だったんでしょ。普通あり得ないほどの大食いが犯人だよね」
「なら太った子供とか」
「かもね」
「あるいは手癖の悪い奴で、全部盗んで隠し、ちまちま食べるつもりだとか」
「それもあるわね」
どうにも埒が明かない。容疑者像が絞り込めないからな。犯人プロファイリング失敗だなー。
「なあアレギウス」
「なんです、モーブさん」
「お前は獣人だ。嗅覚は優れているはず。ここからそのスイーツの香りを辿れないか」
箱入りクッキーだったというからな。子供がここで食べたとしたら時間が掛かるから、誰かに見つかる確率は高い。それに空き箱が放置されたりもなかった。……ということは、食べずに箱ごと持ち去ったのは、まず間違いない。
「やってみましょうか。どれ……」
スイーツの箱が置いてあったというあたりにしゃがみ込むと、匂いを嗅いだ。それから立ち上がり、瞳を閉じて鼻面を天井に向かい突き出した。
「……」
「……」
「……部屋の外に出たようです」
「追跡できるか」
「多分」
「よし、行こう」
廊下に出ると、アレギウスは俺達を先導し始めた。ときどき立ち止まり、目をつぶってしばらく鼻をひくひくする。それからまた歩き出す。
長い通路をくねくね進む。と、通路は突然行き止まりになった。その脇の扉で、アレギウスは立ち止まった。
「この中ですね」
「客室のようね」
「二等船室です」
「そうか。大部屋は二等船室。そこに子供は居ないから一等船室か特等船室と思い込んでたけど、個室の二等船室だってあったよな。忘れてたわ、俺」
「はあー……。ここに泥棒さんがいるのかぁ」
「いやレミリア、まだ泥棒と決まったわけじゃないぞ」
「もしもーし」
俺に構わず、声を上げている。返事はない。
「どれ……」
念のためノブを試してみたら、がちゃりと作動した。
「鍵は掛かってないな」
「どうしようか、モーブ……」
「いえランさん、入って結構です」
アレギウスが言い切った。
「私は船のスタッフ。緊急時の権限があります。それに私は、船内の警護担当者。治安維持は私の責務ですし」
「よし」
思い切って扉を開け、中を覗いてみた。二等船室だからか、俺達の部屋より狭い。ベッドが部屋の多くを占めていて、そこに寝乱れた跡があった。枕の状態からして、親子三人だろう。
「誰も居ないな」
「入りましょう」
「おう」
「匂います。すごく」
部屋の中央に立つと、アレギウスが唸った。
「私にもわかるわ。甘い香り」
リーナ先生も頷いている。
「見て。ここにクッキーの欠片が落ちているわよ」
小さな丸テーブル脇の床を、マルグレーテが指差した。
「ほんとだ」
一箇所だけじゃなく、線のように点々と粉が落ちている。
「被害者の方は、スイーツは一部割れてるって言ってたわよね。……つまり箱からこぼれたのよ」
「てことは、ここからさらに隠し場所を変えたのか」
「子供のくせに、悪知恵が働くねー。悪党は困ったもんだわ」
レミリアも呆れた様子。
「ならこれ辿れば、犯人がどこにスイーツ隠したかわかるな」
「あっ、こっちにも扉があるよ」
「ふたつ扉があるのか……」
「ええモーブさん、ここは個室とは言え二等船室ですからね。条件は悪いんです」
なにか確認したいのか、アレギウスは室内を見回している。
「この部屋は通路のどんつきにあるので、船内移動の便が悪いんですよ。食事のときとか。それに狭いし。代わりにこうして二方向に、扉が設けてあるわけです」
「なるほど」
こちらも無施錠。外はまた、別通路の行き止まりだった。
「見ろ」
「カスが続いてるわね」
「よし、辿ろう」
俺は決意した。この迷宮入り難事件を、なんとしても解決してみせると。
●読者への挑戦状
スイーツを食べた真犯人は誰だ!
ヒント:3-1/3-2話で登場ないし話に出た人物に、真犯人がいます
次話が解決編。推理してみて下さいね。




