2-6 風邪の夜
「どうでした、リーナ先生」
その晩。先生が部屋に入ってきて、俺は寝台から体を起こした。
「うん、モーブくん……」
ほっと息を吐く。もう寝る時間だから夜着姿だが、その上から白衣を羽織っている。テーブルの椅子に腰を下ろした。
「ふたりとも風邪ね。ランちゃんもマルグレーテちゃんも」
「寒かったからなあ……、あの船」
必要なものを持ち出し、報告を終えると、幽霊船はまた流されるままにした。船がゆらゆらと小さくなるのを、船長以下、ベアトリス丸の主要スタッフは船乗りの最敬礼で見送った。
それやこれやで時間が掛かり、結局昼食抜きのまま晩飯の時間となった。それと薄着で寒かったのが堪えたのだろう。夜になるとランとマルグレーテが発熱して、だるさを訴えた。
空腹が原因なら、食い意地エルフのレミリアなんて、いの一番に風邪ひきそうなものだ。だが、ぴんぴんしてる。エルフはやっぱ人間より根本のところが強いんだな、多分。
「回復魔法を施して風邪薬飲ませたから、ふたりとも、すやすや眠ってるわよ」
「よかった……」
怪我なら回復魔法で一発だが、病気はそうもいかない。回復魔法で頭痛や喉の痛みなどは取ることが可能だが、病気そのものの治癒は無理。投薬などの治療と、体に備わる自然回復力に任せるしかない。
「ああ気がつかないで。先生、お茶か酒、飲みますか」
「お酒がいいな。もう寝るだけだから」
「今……」
揺れで落ちたときの対策だろうが、船室備え付けのコップやカップ類は割れやすい材質ではない。特等船室だと銀製とか錫製らしいが、一等以下は安っぽい木製。多分、盗まれるのを警戒してだろう。
酒を注いだ。コップこそ安物だが、酒だけはいい品。俺達は金なら持ってるし、有名人でそれこそ幽霊船騒ぎに協力したりとか、船のスタッフとの繋がりも強いからな。優先的にいい酒を回してくれる。
「どうぞ」
「ありがと……」
ふたり、静かに酒を味わった。なんだか気まずい……というか、緊張する。先生の白衣から薄衣の夜着が覗いているし、深夜にふたりっきりだ。
「レミリアが元気なのは、エルフだからでしょうね」
どうでもいい話題を、俺は持ち出した。
「そうね」
「先生は風邪をひかなくてよかったです」
「そうね……」
頷いた。そのまま俺が黙っているのを、ちらと上目遣いで見る。
「モーブくん……」
「はい」
俺に言うべきかどうか、少し躊躇している仕草だ。
「その……ふたりが風邪ひいたの、モーブくんも理由じゃないかな」
「へっ……」
意外なことを言う。
「そうっすかね」
自分ではさっぱりわからない。
「だってモーブくん、昨日の夜、ふたりを裸で寝かせたでしょ。寝台で。そりゃ風邪もひくわよ」
「いやそれは……」
俺の個室にランとマルグレーテが忍んできているのを、リーナ先生は知らない。いや知らないはずだ。
「ダメよ。女の子はもっと大事に扱ってあげないと」
「その……」
「船って軽量化が大事じゃない。重いと魔導機関の燃費に響くし」
「はあ」
「だから船室も、壁が薄いのよね」
「あっ……」
気が付いた。よく考えれば、リーナ先生の船室は、俺の部屋の隣だ。
「だからふたりがモーブくんの部屋に来たの、まるわかりだし」
「すみません……つい……」
いつもの調子で……と言おうとしてやめた。余計なひと言だわ。
にしても恥オブ恥。学校の先生に逢引がバレてたとか……。
「それに声が……」
「こ、声……」
俺の声は、思わず裏返った。
「ひと晩中ふたりの声聞かされて先生、なんだかもやもやしちゃって」
「すすすすみません」
汗オブ汗。
「モーブくん、今度はまたランちゃんと抱き合ってるんだってわかるから、私……」
「なんとお詫びを言えばいいか……」
船室って結構喘ぎ声、漏れるんか。次からは、ふたりに声出さないようにさせんとならんな。毎晩リーナさんに回数や持続時間測定されるとか、地獄でしかない。
「ねえモーブくん」
つと立つと先生は、寝台に移ってきた。
「モーブくんから見て私、どうかな」
「どうって……先生その……」
「もう先生と学園生の関係じゃない。卒業のとき、そう言ったでしょ」
俺の腕を取ると、そっと胸に抱いた。白衣の下の、柔らかで温かな胸を感じる。
「ちゃんと歳上の彼女になれるかな……」
肩に頬を寄せてくる。
「モーブくん、私……」
顔が近づいてきて、俺の中でなにかのストッパーが外れた。
「先生……」
「先生じゃない」
「リーナさん」
「モーブ……くん」
唇が触れ合った。子供のような、触れ合うだけのキス。先生の唇は、とても熱い。長い間そのままだったが、先生の唇が、ふと開いた。俺を迎えるかのように。
「……」
「……」
「……素敵」
唇を離すと、俺の胸に頭を預けてくる。
「モーブくん……男の匂いがする。たくましい……男の」
「……」
「はい」
俺の手を取ると、白衣の間に差し入れてくれた。夜着の左胸に導くように。柔らかな胸は、もう俺を待ちかねていたのがわかる。
「私、声出してもいいよね。隣の部屋には、今晩誰もいない。音は誰にも聞かれないよ」くすくす
もうダメだ。寝台に押し倒すと俺は、白衣の前を開いた。




