2-5 アーティファクト「祝福の尼僧エプロン」
「そういうことだったのか……」
一時間かけて、最後のページまで読破した。そうして見えてきた。事件の概要が。
「みんな、精一杯頑張ったのね」
悲しげに、マルグレーテは溜息をついた。
「ああ」
時に感情的に混乱する日記から、途切れ途切れの情報を拾い、繋いだ。要するに、話はこうだった。
崖縁村は、山が海に落ちる崖沿いの辺境村。周囲は火山岩地で傾斜もキツい。農業も猟師も難しい土地柄で、崖の上に村があるので漁業も厳しい。なぜそんな土地に村ができたかというと、「ガイアの大穴」と呼ばれる火口状の巨大な底無し穴があったから。
というかむしろ、その大穴の周囲に村が自然発生した形。なぜなら大穴深部で「ファリテオのカエル」が採れ、金になったからだ。
大穴を下るには懸垂下降や岩盤登攀といった特殊な技術が必要だ。何代にも渡り技術を磨きながら、大穴の深部に挑み、村人はカエルを採取してきた。それでもまだまだ大穴の底は見えなかったという。
「こうなるともう特殊な冒険者だわ」
リーナ先生は、舌を巻いている。
「村人というよりね」
「私達の故郷にも、おいしいきのこの採れる洞窟があったよね、モーブ」
「そうだな、ラン。イージーな場所だったけど」
ゲームの最初で、ブレイズの野郎が採取に行ってた洞窟な。まああれは売るためじゃなく、単に村で消費する用だったけどさ。
「そもそも火口でもないのに大穴って、ヤバさ丸出しじゃん」
レミリアは腕を組んでいる。
「絶対なんかあるもん。そんなとこ、近づいちゃダメっしょ」
ある日、これまで踏み込んだことすらない深部に到達したとある村人が、大岩状に凝り固まったカエルの大集合を発見した。それは、まるでその場所に蓋をするコルク栓のように、岩の張り出し棚から突き出ていたという。村人はそれを、「ファリテオのへそ」と名付けた。
大量のカエル発見に湧いた村人は、来る日も来る日も、へそを掘り返す。稀には、カエルではなく装備品までもが出土した。歓喜した村人は、総出に近い人数で採掘を続けた。ある日、へそが塞いでいた穴を掘り抜くまでは……。
そしてその日から、村に呪いの神隠しが始まった――。
「ほらね」
レミリアは眉を寄せている。
「適当なところで止めとけばいいのに。欲を掻くから」
いや食欲モンスターに言われてもな……。
とにかく、パニックに陥った村人は、へそを埋めようとした。だが穴は底無しも同然。やむなく板でへその穴を覆ったが、それでも神隠しは止まらない。
そこに、流れの巫女が通りかかった。獣人ケットシーのアヴァロン・ミフネという娘が。アヴァロンは神下ろしをして祈ったが、村人への呪いは解けなかった。そこで命じた。ミフネの故郷、辺境奥地にある「のぞみの神殿」に行き、「祝福の尼僧エプロン」を持ち出せと。アヴァロン・ミフネの頼みだと言えば、話は通じると。
「ここが謎よねモーブ。あの巫女様がどうして……」
マルグレーテは唸っている。
「それより、結局エプロンは手に入ったんでしょ」
「そうですね、リーナ先生。日記の記述ではそうなっています」
無事エプロンを入手し、村へと戻る海路で、とうとう最後のひとりが神隠しにあったということだ。
「そのエプロン、どこにあるのかな」
「多分ですが……船倉でしょう」
獣人アレギウスが俺を見た。
「さっそく探してみましょう」
「入ってきた被水フロアより下でしょ。船倉って」
マルグレーテが眉を寄せた。
「そうですが、なにか……。真っ暗ですが、トーチ魔法を使えばいいんですよ」
「被水フロアでさえあんなに寒かったのに、下だと多分もっと寒いわ。ねえランちゃん」
「そうだよねー。寒いよ、絶対」
マルグレーテは、腕で体を抱くようにしてみせた。まあそりゃ寒いか。なんせみんな、水着+フーディーくらいの装備だからな。
「なるだけ急いで探そう」
「それがいいわね、モーブくん」
リーナ先生も頷いた。
●
「これが……『祝福の尼僧エプロン』」
幸いなことに、船倉の奥の箱から、エプロンはすぐ見つかった。なにせ隠してあるとかではない。おまけにこちらには、嗅覚に優れた獣人アレギウスがいるし。
「尼僧用というより、ちょっとお姉様の服といった印象ね」
マルグレーテが、服を持ち上げてみせた。
「形からして女子専用装備かしら、これ」
ふわっとした白生地で、木綿のようなざっくりした素朴さがある。エプロンと言っても丈もそれほど長くなく、フェミニンなレース模様が随所に施されている。袖なしで、メイド喫茶のエプロンよりは、もうちょい大人な感じだ。
「私、モーブに着せてみたいよ、マルグレーテちゃん」
「そうね……裸のモーブに着けてもらおうか、ランちゃん。……ふふっ」
ランとマルグレーテは顔を見合わせてくすくす笑ってやがる。誰が着るかっての。俺の裸エプロンとか、キモいだけだわ。
「これを着て儀式をするのね」
「そう書いてあったわよね」
「リーナ先生、鑑定してもらえますか」
「わかった、モーブくん……」
言ってはみたものの実は、俺には正体がわかっていた。名前を聞いた瞬間から。これ、原作ゲーム裏ボス七種のレアドロップ品のひとつだ。……といっても、前世では使ったことがない。裏ボスレアドロップだけに、滅多なことでは入手できないからな。
「うんっ……」
リーナ先生の手から穏やかな光が飛ぶと、エプロンを一瞬、包んだ。
「わかったわよ、モーブくん」
先生は、ほっと息を吐いた。
「魔導系の万能型装備ね、これ」
祝福の尼僧エプロン:防具
テイム効果二割向上
魔力二割アップ
物理・魔法ダメージ二割減
必要MP二割減
詠唱加速(戦闘時間が経てば経つほど詠唱時間が短くなる)
着用者に回復魔法増進効果
突出したスキルこそないが、全体にバランスよく装備者の能力を上げるアイテムだな。普通のアイテムは、どんなにいい品でも、せいぜいひとつふたつのパラメーターをいじる程度が多い。これだけ多方面に効果を発揮するとか、さすがは裏ボスレアドロップ品といったところだ。
「モーブ、箱の底に紙切れがあるよ。なにか書いてある」
エプロンの上に置かれていたのが、持ち上げて落ちたのだろう。拾い上げたレミリアが文字にざっと目を通すと、俺に渡してくれた。
「……」
走り書きだ。覗き込む俺に顔を寄せるようにして、みんなが読み始めた。
――これをご覧になるということは、私達は失敗したのね。全員呪いの神隠しに負けて。ならばお願いです。ラルギュウス崖縁村に急ぎ、そこで巫女のミフネ様にエプロンを託して下さい。村人の命は、エプロンに懸かっています。どなたか存じませんが、どうかどうか、村をお救い下さい。そしてアランに伝えて下さい。あなたと知り合えて私は幸せだったと――
「……そうか」
「かわいそうに……」
「どうするの、モーブ」
マルグレーテに見つめられた。
「決まってるだろ。向こうの大陸に着いたら、この村に行く」
「そう言ってくれると、信じてた」
安心したように微笑む。
「どうせ急ぐ旅じゃない。村も救いたいし、アランって野郎にも、この紙と日記を渡してやりたいし」
「そうだよね。さすがはモーブ」
レミリアも嬉しそうだ。
「それにミフネさんの謎もあるよね」
「ああラン、そのとおりだ」
「私達の出港後、すぐに後を追ったとしても間に合わないもんね」
「テレポートとか、そういう技が使えるんじゃないの」
レミリアは、エプロンをきれいに折り畳んでいる。
「あっちとこっちを行ったり来たりしてる。それなら説明がつくよ」
「でも瞬間移動できるなら、自分で故郷にエプロンを取りに行って、村に戻ればいい。一瞬で終わるだろ」
「あー、たしかに……。なにも時間を掛けて船を出させる必要もないか」
「そもそも、この村の危機をわたくしたちに秘密にする必要もないしね」
「だよねー」
「いずれにしろ、俺達はエプロンと共に村に向かう。村を救い、ネコミミのアヴァロンに事情を聞こうじゃないか。そのために、この船から海図や日記やなんかを持ち帰ろう。大陸到着後、迷わず村に行けるように」
「いいね」
「うん」
「さすがモーブくん」
「助かります、モーブさん」
全員、頷いてくれた。




