2-4 最後の日記
○月×日
ラルギュウス崖縁村最後の望みを託されて、私達は出港した。
全てはあの疫病のせい。といっても私達の強欲がもたらした災厄でもある。
悔やんでも悔やみ切れない。
きっかけは、「ガイアの大穴」最深部で「ファリテオのへそ」が見つかったこと。
人ひとりもの大きさの「へそ」には、「ファリテオのカエル」が大量に詰まっていた。
村人総出で、カエルを掘ったわ。
村の神職は反対していた。採掘ペースを乱す強欲は、ファリテオの怒りを買うと。
その意見に賛成する人は居なかった。
そう……男達がひと月は堀りまくったわ。ある日突然、「ファリテオのへそ」の底が抜けるまで。人の頭よりも大きい、ひときわ大きな「カエル」をつるはしでこそぎ取った瞬間、カエルが塞いでいた穴が現れた。底知れぬ深さの、真っ暗な。
ひとり、足を滑らせて落ちる寸前だったということよ。
とにかく、もうその「へそ」は掘り尽くした。がっかりした私達は、普段どおり、ガイアの大穴のあちこちに散らばって、「ファリテオのカエル」採掘に戻ったの。
そして……それが起こった。
へそを掘り尽くし大地下への穴が開いたその日から、村人が神隠しに遭うようになったのよ。この呪いで、ラルギュウス崖縁村は、滅亡へと突き進むことになったの。
ああ、ヘンリーが叫んでる。また船員がひとり、神隠しに遭ったみたい。急がなきゃ。
「なんだこの日記」
「さっぱりわからないわね」
「とにかく、不吉な話ね。それだけは伝わってくるわ」
「誰かこの、へそとかカエルとか知ってるか」
「はい、モーブさん」
獣人アレギウスが頷いた。
「私はこの大陸出身ですからね。若くして船乗りになったので、いろいろな知識もあらかた忘れていますが……」
書き出しの部分を、とんとんと指で叩いてみせる。
「ファリテオのカエルというのは、ある種のアーティファクトです」
アレギウスは説明を始めた。ファリテオとは、神とも悪魔ともされる存在。この大陸の地下を統べるとされ、恐れ敬われている。「ファリテオのカエル」というのは、古代のカエルがなんらかの理由で宝玉化したもので、大陸の辺境で稀に採取される、一種の鉱物だという。まあ化石ってことなんだろう。俗信ではファリテオがカエルに呪いをかけて作ったものと信じられているとか。
「とにかく、その宝玉を持っていると、道中安全なんです。雑魚モンスターを忌避させる効果があるので。そのため、辺境を進む商人に絶大な人気があって」
「評判になるのはわかるわよね」
はあ前世知識で言うなら、クマ鈴とかクマ避けスプレーみたいなもんか。
「産出量が少ないので、極めて高額で取引されます。貴重品です」
「このラルなんとか村は知ってるか」
「知りません」
首を振った。
「へそとか大穴とかも、さっぱりです」
「ニュアンスとしては、この村の特産品がそのカエルって感じかしら」
「マルグレーテちゃんの言うとおりと思うわ。ガイアの大穴というのは、鉱山の名前なのかも」
リーナ先生が指摘した。
「それよりモーブこそ、知らないの」
レミリアにつっつかれた。
「だってモーブって、元々異世界でこのゲームのプレイヤーだったんでしょ。ならゲーム内のイベントは全部わかってるはずじゃん」
「まことにもっともな話だが、本編ゲームには、このなんたら村とかファリテオのカエルとかは、一切登場しないんだ」
「そんなことあるの、モーブ」
ランは驚いた様子だ。
「ああラン。これまでだって、ゲーム本編に登場しないイベントや時期がずれたイベント、それに未見のモンスターが登場してきた」
「アドミニストレータの罠なんじゃないの」
「それもあった。卒業試験のダンジョンとかな。原作ゲームにはない、野郎の罠だったし」
「そう。……だとしたらわからないわね」
「実際、マルグレーテ、お前の実家絡みのイベントなんか、ゲームにはなかったからな。未発売に終わった追加コンテンツという線だってあるかもだし」
それに、幻のR18版イベントとかな。まあその話はみんなにはしないけど。女の子に明かせる内容じゃないから。
「その日記、続きはどうなってるの、モーブくん」
「はい、リーナ先生」
俺は紙をめくった。
△月○日
またひとり船員が消えた。彼の部屋を片付けながら、私は涙が止まらなかった。次は私かもしれない。それにこの瞬間も、故郷ラルギュウス崖縁村では、ひとりまたひとりと村人が神隠しに遭っているはず。
「ファリテオの神隠し」から逃れるには、一刻も早く「祝福の尼僧エプロン」を手に入れるしかない。あれを村に持ち帰り、ケットシーの巫女、アヴァロン・ミフネ様に装備して頂いて儀式さえ行えば、ファリテオの呪いは解ける。そうすれば村も私も救われる。
ああ……村にはアランが待っている。私の恋人の。彼はまだ無事かしら。神隠しに遭ってないかしら。それを思うと私はとても。
「どういうことだ」
思わず口を衝いた。
「そうよモーブ。アヴァロン・ミフネって、ポルト・プレイザーに居た、ネコミミのバニーガールじゃない」
「ああ、マルグレーテ。この大陸の『のぞみの神殿』出身の巫女だ」
「のぞみの神殿は、こちらの大陸では高名な聖地と、聞いたことがあります」
アレギウスが口を挟んできた。
「険しい山脈に囲まれた土地にあるので、近づくのも難しいとか」
「ネコミミの娘が居たって、どういうこと」
レミリアは、目をくりくりさせている。
「じゃあこれは何年も昔の話なのかな。だって彼女があたしたちの大陸に渡ってくる前の事件でしょ」
「いやそれは考えられん。なぜならこの幽霊船は、つい最近まで人が居たんだからな」
「残された食事は、まだ温かかった……」
「この船には、村人がたくさん乗っていた。最後のひとりが、ついさっき神隠しに遭ったんだね」
「ランちゃんの推理のとおりね。ほら、船員の居室は、きれいな部屋も多かったじゃない。あれは多分、初期に神隠しに遭ったから、みんながきちんと整頓したんだわ。死者を悼むために。……でもいよいよ最後の数人になって、絶望からそれも投げやりになった。最後に残ったひとりは、この部屋の住人。最悪の状況でも、故郷と恋人を救うため、必死で航海を続けたんだわ」
リーナ先生は、ほっと息を吐いた。
「でも願い叶わず、食事中についに神隠しに遭ったのよ」
だとしたらかわいそうだわ。恋人のアランって奴にしても、まだ無事なんだろうか……。
「モーブ、先を読んでみて」
マルグレーテに促され、俺は書付のページをめくった。




