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2-1 さまよえるボーア人

 焦った様子のスタッフに懇願され結局、俺のパーティー全員が艦橋まで案内された。


「船長、モーブ様をお連れしました」


 艦橋に入るなり、操船スタッフが叫ぶ。


 全長百メートルもの大型船であるためか、艦橋も広かった。天井こそ低いが二十メートル四方程度はあり、四方は窓で囲まれている。そこに十人程度のスタッフが詰めていた。


「よくやった」


 前部中央、複雑な計器が並ぶ前に陣取っていた男が振り返った。五十絡みの、渋いおっさんだ。


「モーブ様に御一行様。お寛ぎのところ、申し訳ございません。船長のメグレです」

「はあ、なんでも事件とか」

「ええ……」


 メグレ船長の左右には、三、四十代と思しき男ふたりが立っている。彼らの前にはレバー類があれこれ突き出していたから、魔導エンジンを駆っての操船担当といったところだろう。


 船橋の中央には大きなテーブルがあり、大きな海図が広げられている。立ったまま海図になにか細かく書き込んでいるスタッフがふたりいるが、航海士といったところだろうか。


「実は幽霊船が現れまして」

「えっ……」


 マルグレーテとランが顔を見合わせた。


「無人の船……ということですの」

「はい。それで困っておりまして……。ポルト・プレイザーの名高き英雄、モーブ様のパーティーに、調査をお願いできないかと」

「どんな船です」

「はいモーブ様。あちらの大陸でよく使われる船型で、そこまで大きくはないので沿岸輸送用と思われます。見たところ真新しい船なのですが、無人の上、船内にはつい今しがたまで誰かが居たかのように、食事中の皿と茶のカップが残されていました」

「どちらもまだ温かな状態だそうです」


 船長左の男が付け加えた。


「もう少し詳しく状況を教えてください」

「もちろんです……」


 話はこうだった。


 今朝太陽が上ると、船の左舷前方に、船長三十メートルほどの中型船を認めた。特に動力航行はしていないようで、ただ波に漂うままだったという。しかも潮の流れに乗ったのか、こちらの航路を塞ぐように進んできた。警告の汽笛を鳴らしても無反応。


 なにかあちらに問題が生じていると判断した船長は、着岸のときに使う曳航船タグボートを船から下ろし、向こうの船に接舷させた。だが、乗り移ったクルーを迎える者は誰もいなかった。中は無人。海賊に荒らされた様子もない。平穏な船内で、ただただ乗員だけが消えてしまったかのようだった――。


彷徨さまよえるボーア人だ……」


 俺を案内してきた操船クルーが、ぽつりと呟いた。


「なんですか、それ」

「この世界の伝説よ、モーブ」


 マルグレーテが解説してくれた。俺のチームは全員、俺が転生者だともう心得ている。この世界の細かなことを俺が全然知らないことも、当然わかっている。


「はるか昔、向こうの大陸に、ボーア人という民族が居たの。あるとき、神隠しのように彼らは全員消えてしまった。一夜で。ひとり残さず。戦乱も天変地異も、特になかったのに」

「ボーア人の幽霊が船に乗り、失われた土地を捜して彷徨っている――。そんな噂話があるんだよ、モーブ」

「ランちゃんの言うとおりね」


 リーナ先生が頷いた。


「海沿いに広く広がっている話よ」

「都市伝説の類だよねー」


 腹が減っているせいか、レミリアは微妙に機嫌の悪い声だ。


「まあその船は気の毒だと思うけどさ……」


 俺は船長に答えた。


「ほっておけばいいのでは。幽霊船が漂い航路から逸れるのを待って進めばいいし、なんならこちらの航路を一時変更して避けてもいい」

「それはできない」


 船長は首を振った。


「船乗りの掟です。難破船があれば、なにがあろうとも助ける。それがあるからこそ船乗りは、危険な海に乗り出せるのです」


 まあそれは、わからなくはない。武士は相身互いって奴だな。


「たとえ無人船とはいえ、それならそれで、可能な限り原因を調べ、乗組員に何があったのかを明らかにしないとならないのです」


 船長右の操船スタッフが付け加えた。


「なるほど」


 俺は考えた。まあ調べないとならないってんなら、誰かがやる必要がある。のんべんだらりと朝から酒飲んでるよりは、いいかもしれないし。ただ……。


「わかりました、やりましょう」

「おおっ」


 船橋内に、歓声が巻き起こった。


「さすがはモーブ様だ」

「英雄だけある」

「ラン様やマルグレーテ様がモーブ様を助けてのすごろく大記録は、今でも語り草だしな」

「ですがひとつお願いがあります」

「なんでしょうか、モーブ様」

「調べるにしても、俺達は船には詳しくない。誰かひとり、専門家を付けて下さい」

「当然ですね」


 メグレ船長は頷いた。


「アレギウスを同行させます。彼は向こうの大陸出身で、ベアトリス丸の船中警護担当者。鼻も夜目も利くしもちろん船の専門家ですので、必ずやお役に立つことでしょう」

「私がアレギウスです」


 進み出たのは、獣人の男だった。カジノにいたのは全員女で、猫を思わせる獣人だった。この男は、狼に似た顔。長毛種だ。


「うわ、かっこいい……」


 レミリアの呟きが聞こえた。食い気の次は色気か……。

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