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1-1 五人の船室

「見送りのみんな、もう見えないね」

「そうだな、ラン」


 俺のパーティー五人は、大陸間横断貨客船ベアトリス丸の舷側に立っている。


 船がポルト・プレイザーの大桟橋を離れ、見送りの居眠りじいさんやらネコミミ巫女やらは、もう点にしか見えない。


「いい風ね」


 常夏の海風に、マルグレーテは髪を揺らしている。


「モーブと船で新婚旅行なんて、素敵……」

「海鳥、まだついてきているよ。ほら」


 キュウキュウと啼きながら飛ぶ、白い海鳥を指差した。


「そうだな、レミリア。船の巻き起こす風に乗ると多分、飛ぶのが楽なんだろう」

「丸々と太って……。おいしそうだなー」


 いや鳥、早く逃げろーっ。食い意地モンスターエルフに、頭からまるかじりされるぞ。


「こんなに大きな船に乗るの、先生も生まれて初めてよ。全長百メートルで、内部は上下左右前後と、何層にも分かれている。……何人乗りかしら」


 養護教諭とはいえリーナさんは、さすがに先生だ。真面目に考えてるんだな。


「このサイズなら、客船だったら千人以上は優に乗せるでしょうね、リーナ先生。でも、この船は貨客船だから……」


 ベアトリス丸は、旅客と貨物の双方を大洋横断させる貨客船だ。豪華客船ってわけじゃない。


「それなら二百人か三百人というところかしらね、モーブくん」

「ええ。多分……」


 詳しくは俺も知らん。


「ねえお腹すいたよ、モーブ」


 レミリアが俺の腕を取った。


「早く船室に入ろうよ。もうじき、大食堂でランチの時間じゃん」


 さすが鳥見て焼き鳥思い浮かべてた奴だけあるわ。


「わたくしたちの船室は、どこにあるのかしら」

「この船は、揺れる船首側が貨物用。船尾側が客室になってるんだと。客室は五フロアあって、俺達の部屋は上から二番目のフロア。一等船室が並んでいる階層だとさ」


 ベアトリス丸は貨物も満載にする船だけあって、船体こそ大きいが、客室のグレードは三種しかない。船客の多くは、大陸を股にかけて大儲けを狙う、目がぎらぎら輝いている商人だ。あと、無頼の冒険者が少数。それに、別大陸に遊びに行く大金持ちと。


 別大陸で遊ぶには往復の道程に現地での滞在とかなりの日数が必要で、基本、遊行客としては大金持ち専用のようなところがある。


 彼らはもちろん豪勢な特等船室に滞在する。船の最上部にあって、航海中も船室から大海の風景を目一杯楽しめるような部屋よ。居間と寝室に分かれていて、少寝室までついている。


 そうした部屋は数年先の便まで予約で埋まっているので、いくら金を積もうが取れやしない。


 次が一等船室。「一等」と立派な名前が付いてはいるが、狭いワンルームのスタジオタイプ。早い話、ちょっとマシなビジネスホテル程度の感覚よ。定員一名のシングルルームと、多少広くてクイーンサイズベッドの入っている、定員二名のダブルルーム、二種がある。


 あとは二等船室しかない。これは内容も様々。造りこそ一等船室と同じだが、機関室や食堂、調理室に近くて騒音が酷いといった部屋。あるいは船底に近い低層フロアの雑魚寝大部屋+ロッカーとかな。雑魚寝部屋はもっぱら、大陸間で売り買いして暮らす商売人が使うんだと。コストが安いし。


 俺達が押さえられたのは、一等客室。人数分のシングルルームだ。カジノリゾートのマネジャーという、ポルト・プレイザーの有力者が口を利いてくれても、人数分を押さえるので精一杯だった。特等船室なんか、とてもとても。それだけ大人気の航海だってことだろう。


「みんな、同じ部屋で泊まりたかったわね」


 ずらっと並ぶ一等船室の扉を眺めて、マルグレーテは溜息をついた。


「まあしゃあない。こうして並びの部屋を五つも押さえられただけで、上出来だろ」

「それもそうね……」

「船首側がモーブの部屋かあ。それでリーナ先生、私、マルグレーテちゃん、レミリアちゃんの並びだね」

「扉に名前のカードを差してくれているのは、親切ね。これだけ広い船だと、どこが自分の部屋の扉か、わからなくなってしまうもの。……あら?」


 リーナ先生の部屋の前で、マルグレーテは立ち止まった。


「これ……、リーナ先生のフルネームですか」


 そこには、「リーナ・タチバナ・ソールキン様」と、書かれている。


「ええそうよ。ウチの一族は代々、女子だけミドルネームがあるの」

「ソールキンは珍しい名字だわ。ねえモーブ、これ、もしかしてじゃない?」

「はあ? なんだよ」


 たしかに前、リーナ先生にフルネーム教えてもらったとき、どこかで聞いたことがあるとは思ったんだけど……。


「呆れた。あれだけ苦労したカジノのすごろく、もう忘れたの」

「私も思い出したよ、モーブ」


「ソールキン」という部分に、ランが指を置いた。


「私達はすごろくの第一位記録を更新した。その前、圧倒的な一位だったのが、リオール・ソールキンという人がリーダーのパーティーだよ」

「リオール・ソールキンかあ……」


 リーナ先生は、瞳を細め、遠い目をした。


「どこかで……聞いたことがある。たしか……ずっと昔の祖先だと、お酒に酔った一族の誰かが、口にしていたような……」

「すごい偶然だねー、モーブ」

「そうだな、ラン」

「それより思い出してよ、モーブ。リオール・ソールキンの記録は、四百万コイン近い。二位の記録が十一万だから、四十倍。信じられないほどの数値よ」

「そういえば、カジノのバニーさんが教えてくれたよね。すごろく中の全戦闘で圧倒的な一方的勝利を収めたのが大きいんだ、って。リオールさんは魔道士。一族だけに伝わる特殊な魔法を駆使した、って話をしてたよ」

「そういえば俺も、思い出したわ」


 あのチュートリアル説明のときは、獣人バニーの巨乳に目を取られてたんだ、俺は。だからつい上の空になったんだけど、たしかにそんな話だった。


「リーナさんがソールキン一族なんだったら、その特殊な魔法が使えるんじゃないの」

「ないない。ないわよ、マルグレーテちゃん」


 リーナ先生は、一笑に付した。


「私が使えるのは、回復魔法の一部と補助魔法。ぱっとした魔道士じゃない。だから実際ヘクトールに呼ばれたときも、魔導教師じゃなくて、養護教諭枠だったもの」

「でもたしか、アイヴァン学園長がわざわざスカウトに来たんでしょ、リーナさんをヘクトールの先生にって。あの大戦の英雄が、王家が力を入れる冒険者学園に、ぜひにと。よほど力がないと、ヘクトールなんかに呼ばれないわよ」

「それはね、私の祖父が、アイヴァン学園長の戦友だったから。でも祖父は英雄じゃあなかった。だって、あっさり戦死したもの」


 リーナ先生は、両手を広げてみせた。


「それに、あの大戦の英雄譚に登場しないでしょ。ただの無名冒険者よ。……きっと補助魔法で、地味に後方支援したんだわ。アイヴァン学園長や、大賢者ゼニス先生のパーティーを」

「そうかもな」

「それに父は私に言ったもの。お前はいさかいのない、戦いのない世界に生きろって。それは私に実力がないから。厳しい戦場に赴けばすぐ死ぬって思ったのよ、きっと」

「かわいい娘を危険な魔族戦に送りたくないってのも、あったんだろ」

「モーブくんの言うとおりかもね。いずれにしろ私の先祖のリオールは多分、一族の中でも特別な家系なんでしょ。ソールキン一族にだって、いろんなバリエーションがあったはずだもん」

「エルフだってそうだよ」


 レミリアが口を挟んできた。


「大元は古族アールヴから始まったけど、その後能力や風習・性格が分化して、森エルフやハイエルフ、ダークエルフと広がったし」

「そうそう。……それよりみんなの客室見ようよ。まるっきり同じかしら」

「んじゃあねえ、まずはあたしの部屋ね」


 レミリアが自分の部屋の扉を開けた。


「わあ、壁も天井も真っ白。……思ったよりきれいじゃん」


 中に入って喜んでいる。両手を広げて、くるくる回って。


「狭いとはいえ、清潔でふかふかの寝台があるし、小さなティーテーブルがある。何人か寝台に腰を下ろしてもらえれば、ここで五人会議だってできるよ」


 部屋の古さは隠せない。壁がところどころ凹んでいたり、真鍮の魔導ランプが傾いていたり。だがしっかり修理され、ペンキもしっかり塗り直されている。だからむしろ、手入れの行き届いた居心地の良さを感じる。いい部屋だ。


「みんな同じような造りだったねー」

「そうだな、ラン」


 女子四人のシングルルームは全部チェックした。進水以来の度重なる改修で部屋ごとの細かな造作の違いこそあれど、基本の間取りや装備は同じだった。


「眺めは良かったわよ。窓も広いし」

「だから部屋は狭くても、開放感があったね」

「そうそう」

「モーブの部屋はどうかな」

「同じだろ、どこも」


 だが、俺の部屋は少しだけ違っていた。内装は大差ないのだが、部屋がわずかに広く、テーブルも大きい。さらに寝台はクイーンサイズのダブルベッドだった。


「どういうことだ、これ」


 予約できたのは五部屋とも、一等船室シングルルームのはずだ。


「テーブルにメモがあるわよ。……はい、モーブ」


 マルグレーテが取り上げ、ざっと目を通してから俺に渡してくれた。


「なになに……」




モーブ様


出航直前にダブルの部屋がひとつだけキャンセルになりましたので、アップグレード致します。航海中、心安らかに過ごされますよう……。


ゲストリレーションズマネジャー




 俺はポルト・プレイザーの有名人だし、カジノリゾートのマネジャーも口を利いてくれた。言ってみればVIPだ。それだけに、気を利かせてくれたんだろう。とはいえ、うーん……。


 いや、わずかとはいえ広いのはうれしい。単純に、五人での打ち合わせのときは、ここの広いテーブルを使えるし。もちろん船内カフェや甲板デッキでもいいんだけど、秘密の話をしたいときには、やはり個室だ。


 でもなあ……これ、心安らかにいられるだろうか。


 心の中で、俺は苦笑いした。


 なんたって俺の部屋の寝台だけは、ふたりで眠れるからな。絶倫茸から超強力精力インジェクションを受けた、この俺が。


 今晩、どうしよう……。

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