13-6 リーナ先生のフラグ
「モーブくんは……いつまでも大好きな……男の子」
リーナ先生の唇が動いた。
「歳下の……かわいい……」
「先生……俺……」
「黙って……」
懐かしい、リーナ先生の香りがした。唇が触れ合う。試しに舌を当てると、わずかに唇が開いた。俺を受け入れるかのように。
ようやく、唇が離れる。
「素敵……」
リーナさんは、ほっと息を吐いた。
「モーブくん、大人になったね」
「そう……ですかね」
「そうよ。……わかるもの」
椅子に座り直す。重ねたままの手で、俺の手を撫でてくれた。
「そうでしょうか」
「そうよ。モーブくん、学園で別れたときの約束を覚えていてくれた。だから私にちゃんとキスしてくれたんでしょう。優しく、いたわるようだったよ。がっついた子供のキスじゃなくて」
瞳がとろんとしている。
「素敵な男の人に育った。私のほうが、ずっと子供。……どきどきしちゃったもの。先生、キスしたの生まれて二回目だし」
って、どっちも相手は俺じゃん。卒業式のときと、今日と。……先生これ、俺としかそういう関係になってないってことじゃん。
「先生……」
「モーブくん……」
ふたり見つめ合う。心が行き交うのを感じた。ふたりの間で。
「これで契約完了ね。私はモーブくんのパーティーに入る。命を預け合う仲間として」
「それで先生、これ……」
用意してきたものを、俺はテーブルに置いた。銀色に輝く円盤に、特注のチェーンが取り付けられている。
「なあに、これ。コインを使ったペンダントかしら」
手に取ると目を細め、表裏と観察している。
「そのコインは多分……なにかの鍵なんだと思う。ここポルト・プレイザーのすごろくで入手したアイテムで」
「へえ……」
「これを身に着けて下さい。もう先生は、俺のパーティーメンバー。言ってみれば、俺の仲間の証というか」
「そういえば、ランちゃんたち三人とも、首に提げていたわね。同じようなものを」
「ええ。俺も装備してます。コイン形状じゃないですけど。ほら」
鍵の形をしたペンダントトップを、俺は持ち上げてみせた。
「仲間の証ね」
「ええ」
「モーブくん、喜んで……」
コインのペンダントを取り上げると、首に掛けてくれた。
「いいわね、これ。なんだか心が温かくなる」
「あっ」
「どうしたの」
「い、いえ。……なんでも」
驚いた。リーナさんがペンダントを首に巻いた瞬間、頭上に赤い光の輪が生じて消えたから。
これ久しぶりに見たけど、フラグ立ちだよな。
しかし……おかしい。
俺は混乱していた。なぜなら、リーナさんとパーティー組みフラグの光は、学園時代にすでに見ていたから。だからここでフラグが立つとは、夢にも思っていなかった。
――てことはこのペンダントで生じたフラグは、「パーティー組み」じゃないってことか……。
考えられるフラグは、あと一種類しかない。つまり恋愛フラグだ。リーナさんは俺への好意を、俺の前でだけは、もう隠そうとはしていない。このコインには、恋愛フラグを確認する機能があるのかもしれない。
早い話これで、リーナさんは俺の攻略対象になったということか、正式に。
ちょっと驚いた。
だってそうだろ。今さら立ったということはこれ、単なる恋愛フラグではない。すでにランやマルグレーテとフラグを立て、その先に踏み込んだ。あのような、明らかにR18版のフラグだろう。原作ゲームには、未発売に終わった幻のR18版がある。きっと、そっちのシナリオだ。
……つまり俺は、じきにリーナさんとそういう関係になりうるということだ。俺の連れ合いのひとりとして、かわいい歳上の養護教諭を加えられるということか……。
先生の白衣姿を、思わず見つめちゃったよ。近々、俺がこの白衣を脱がせて胸に手を回せるということか。優しく横たえ、体を開かせるということか。俺の動きに応じて発せられる、かわいらしい喘ぎ声を聞けるということか。
いずれランやマルグレーテと一緒に、裸で抱き合って眠る日だって、来るかもしれない。嘘だろ、そんなの……。
喉がからからに乾いている。とりあえず茶を口に含むと、少しだけ落ち着いた。
考えてみれば、慌てる必要はない。はっきりとしたR18フラグが先生の上に立つ日が来るにしても、いつかはわからない。それまでは旅の仲間として、仲良くやっていけばいいんだ。別にこれまでと違いはないからな。
だが待てよ……。
ふと思い出した。エルフのレミリアも、このペンダントを欲しがった。渡してやって首に掛けたとき、レミリアの上にも赤いフラグが立った。あのときはパーティー組みのフラグだと思ったんだよな。だがこのコインがパーティー組み無関係の恋愛フラグ関連だとしたら、話は違ってくる。
俺、レミリアとも恋愛フラグが立っていたのか……。
レミリアが言うには、長い寿命を反映して、エルフの恋愛はスローペース。人間との間に恋心が生じるとしても、その間に相手が年老いてしまい、成就する例は稀だとか。レミリア本人にしても、俺のことはなんとも思っていない風だし。愛だの恋だのより食い気ばかりが先に立ってるしなー、あいつ。だがその底に、俺への思いが隠れているのだとすると、将来は……もしや……。
「どうしたの、いきなり黙っちゃって」
リーナ先生に心配され、妄想の世界から現実に、俺は戻ってきた。
「似合わなかったのかな、私に」
「いえ、先生にそれ巻いてもらえるなんて、夢のようです」
本音だ。前世まったくモテなかった俺だ。異世界でこんなに彼女ができるとは思ってなかった。そもそも初期村でメインヒロインに好かれたことからして、奇跡だからな。
「ふふっ。そうなんだ」
「ええ、いつの日か、先生とその……」
「あら、なあに」
面白がる瞳だ。
「いえ、なんでもありません」
いかん。R18フラグについて口走りそうになったわ。気をつけんと。




