12-9 転生者の真実
「やったあっ! 勝ったよ、モーブっ」
レミリアが俺に飛びついてきた。
「なでなでしてよ、ご褒美に」
「よし。よくやったなレミリア」
きれいな銀髪を撫でてやった。レミリアにとって、初めての中ボス戦だ。嬉しいんだろう。
「モーブ、私も」
「わたくしにも、ごぼうびがあっていいわよね」
「よしよし、みんな頑張った」
ランとマルグレーテも撫でてやる。ふと見ると、リーナ先生は、虚空に向かってなにかひそひそと話している。多分……居眠りじいさんの声と。
「大丈夫ですか、リーナさん」
「う……うん、もちろん」
なぜか上の空ながら、微笑んでくれた。
「それにしてもモーブくん、ちょっと会わないうちに、強くなったね。戦闘中、咄嗟の判断力、なかなかだったよ」
「ありがとうございます」
「おい、モーブ」
声がした。ヴェーヌスの。例の通信装置から、幻影が身を乗り出している。
「あれはただの影。だからお前も勝てたが、本物の父上の前では、お前など塵芥も同然だ」
「わかってるさ。なんたって魔王はラスボスだ。俺だって二周は戦ったからな」
原作ゲーム三周目プレイの最中に突然死したからな、俺。
「二周……」
困ったように、眉を寄せている。そら意味はわからんだろうさ。
「こっちの話だ、気にすんな」
「それにお前ごときに父上が乗り出すまでもない。あたしが殺す。予定通りにな。首を洗って待っていろ」
どこか画面外にヴェーヌスが手を伸ばすと、画像がぷつんと途切れた。スイッチを切ったとか、なんか知らんがそんなようなものなんだろう。
「アルネ・サクヌッセンム、まだここにいるのか」
「ここ……というより遠くではあるが、モーブ達の姿は見えている」
返答があった。
「あんたにはいろいろ聞かないとならないことがある。なによりあんたの正体、そしてあんたとアドミニストレータの関係について」
アルネはアドミニストレータのことを「自分の鏡像」と言った。ということは、単に対立しているだけでなく、もっと深い因縁があるはずだ。
「それが聞きたければモーブよ、もうひとつの大陸に来い」
「大陸? ポルト・プレイザーから船で渡るって場所か。獣人のふるさとの」
「しかり。……モーブ、冥王の剣を持っておるな。それに……『コーパルの鍵』も」
「ああ」
剣を抜いて掲げてみた。これで向こうから見えるだろ。カメラ……というか視点がどこにあるのかは知らんが。ベッコウ靴べらみたいな「コーパルの鍵」も、懐に仕込んではある。
「ゼニス、剣をモーブに与えたのか」
「そうじゃアルネ。……といっても、貸し与えただけじゃが」
「なるほど……」
声はしばらく沈黙した。
「それはいい。……モーブ、ポルト・プレイザーから海を渡れ。別大陸では剣と鍵が、お前を導いてくれるだろう。私のところに」
「まだるっこしいわ。あんたから出てこいよ。本体がその『時の琥珀』とかいう場所に幽閉されてるんか引きこもってるのか知らんが、こうして遠隔通信はできてるんだ。なんとでもなるだろ」
「そう簡単にはいかん」
大声で笑った。
「世界には因果がある。まずは大陸を目指せ、モーブ。待っておるぞ」
それきり、声は途切れた。呼びかけてもなんの返答もない。
「ちっ。勝手な野郎だぜ」
思わず、溜息が漏れた。
「行けばよいではないか」
じいさんの声だ。
「どうせ遊んでおるのじゃ。別大陸に旅行に行くつもりでいいわい」
まあ、それもそうか……。
「あっちはあっちで、この大陸とはいろいろ異なるからのう。楽しんでこい」
「先生は来てくれないんですか」
ゼニスは沈黙した。
「まあ……当面は……。わしはまだこちらで、やることがある。おなごと今度こそ温泉に行きたいし」
「また適当にはぐらかして。俺だって馬鹿じゃない。いい加減本当のことを教えて下さいよ」
「そのうちな。……それに温泉は本音じゃ」
ほっほっと笑ってやがる。勝手にしろ。
「ねえモーブ」
マルグレーテに袖を引かれた。複雑な表情で、俺を見上げている。
「ゲームって、なんのこと」
「そう言えば……」
ランにも見つめられた。
「あいつ、モーブが転生者だって言ってたよ。どういうこと」
「……」
「バグとか、原作ゲームとか、よくわからないよね」
「レミリア、それは……」
「運営とか、イベントとか言っておったのう」
「ゲーム時空、ゲームメイク……。私も聞いたことのない概念ね」
「リーナ先生……」
みんな、俺の言葉を待っている。俺は腹を決めた。いずれ明かさなくてはならないことだ。俺がこの世界でアドミニストレータと対決するのが宿命なら……。
「わかった。全部話す。……でもそれは、ポルト・プレイザーに戻ってからだ。まず予定通り、この坑道をマルグレーテの魔法で潰そう。朝になったら村人を解放し、ホブゴブリンの件も引き継ぐ。なんやかやの厄介事を終え、貿易都市に戻ったら、そこでみんなに本当のことを話す。そして相談しよう。俺達がこれからどうすべきか」
「うん」
「わかった」
「まあそうだよね。まずここを塞がないと。二度と魔族やアドミニストレータに悪用されないように」
「モーブ……」
不安そうに、ランが俺の手を握り締めた。
「嫌だよ。モーブが私のモーブじゃなくなったら」
瞳が潤み、今にも溢れそうだ。
「大丈夫だよ、ラン」
きれいな巻き毛の金髪を、くしゃくしゃと撫でてやった。
「俺はいつものモーブだからな。絶対、お前やみんなを幸せにする」
「約束だからね、モーブ」
きれいな瞳から、涙がひと粒だけ流れ落ちた。




