12-8 対「アドミニストレータ・魔王の影」戦
「アルネ・サクヌッセンム、お前が出てくるとはな……」
アドミニストレータが唸った。
「どうした、アドミニストレータ。私の不在をいいことに、楽しく遊んでいるようじゃないか」
アルネ・サクヌッセンムとかいう男の声は、面白がっているかのような響きを帯びている。
「こいつが、アルネ・サクヌッセンムか……」
魔王の影は、戦闘の構えを解いた。ゆっくりと手を下ろす。
「声の奥に、とてつもない力を感じる。それに……お前、気配がアドミニストレータに近いな。……どういうことだ」
「感応領域に達していたのか……」
アドミニストレータは地面を見つめた。
「達してはおらん。……だがこんな間近でこれだけ派手に連発でコードを打ち込んでいては、馬鹿でも気がつくわ」
「くそっ」
「あんた、アルネって奴なのか」
「……お前がモーブだな。『最後の希望』、会いたかったぞ」
「なら『時の琥珀』とかに引きこもってないで、てめえからとっとと会いに来い。俺のパーティーにだけ、こんな苦労を押し付けやがって」
どえらくムカついた。
「俺は勇者じゃない。ただの遊び人だ。お前もアドミンもどうでもいい。ほっといてくれ。お前らのくだらねえ争いに巻き込むな。声だけとかなんだよ。ここに出てきて、勝手に戦え」
「そう怒るな。私ははるか彼方の『時の琥珀』にいる。参戦できるわけなかろう。……地脈が通じているから、こうしてある程度関与はできるが」
なにか考えていたのか、アルネの声が途切れた。
「それに……巻き込んではいない。お前はここに転生すべくして転生したのだからな」
「知るか」
「怒るなと言うに。……そこにゼニスの幽体もおるな。久しぶりだ」
「何十年ぶりであろうか、アルネよ。変わらんのう、飄々としたその態度。だが、ちと意地悪に過ぎるぞ。モーブの気持ちもわかってやれ」
「これはしたり」
虚空に笑い声が響いた。
「ではここで埋め合わせをしよう」
一瞬、声が途切れた。その瞬間、ボス部屋の空気が一気に冷え込んだ。
「マナ召喚魔法……」
マルグレーテが呟く。これだけ広い空間、しかもボス部屋だけにマナに満ち満ちている。それだけ大量のマナを一気に消費するなど、桁外れの魔力だ。
「地形効果付与:転生者:羽持ち:神狐:開発中:変数」
「うおっ!」
わけわからんが突然、体に力が満ち満ちた。地形効果って言ってたよな。多分これ、土属性の地形に立つことで、能力がエンチャントされるんだろう。
「アドミニストレータ。私に接触したがったお前の戦略ミスだな。感応できるほど地脈に近づいてきたのはお前だ。こちら側からも戦闘に干渉できる。その場所でモーブがお前に挑んだのは、まさに神の一手という奴だ」
「くそっ!」
アドミニストレータは毒づいた。
「地形効果はキャンセルできないってか。ならこっちもだ!」
手で印を結ぶ。
「地形効果付与:引数魔王――あっ!」
叫んだ。
「どうして……なにもできない」
信じられないといった表情。
「戦闘用でなく、能力の劣るデータ吸い出し用管理素体だったのが不運だな、アドミニストレータ。というかお前は慢心したのだ。こんな辺境の誰も知らぬ村で戦闘を挑んでくる馬鹿などおらんと思い込んで。モーブというとてつもない馬鹿者の存在を、お前だって忘れたわけでもないだろうに」
「くそっ!」
「お前は私の鏡像よ、アドミニストレータ。そうそう自由にはさせん。……こんなのはどうだ」
部屋の空気が、また一気に冷え込んだ。
「デバフ:アドミニストレータ:引数魔王」
「アルネの奴めっ!」
忌々しげに、アドミニストレータが吐き捨てる。
「魔王、やれっ!」
一歩引き、魔王の後ろに隠れた。
「言われんでも」
魔王に睨まれた。
「モーブとやらを潰して、ヴェーヌスのカルマを解く」
言い終わった瞬間、魔王の影から、またしても激しいオーラが立ち上った。……だが、先程ほどの圧力……というか脅威は感じない。アルネ・サクヌッセンムのデバフが効いているのに違いない。
「マルグレーテ!」
冥王の剣を握り締め、俺は魔王の影に突進した。
「わかってる」
従属のカラーで俺の意図を汲んだマルグレーテが、HP半減魔法を魔王に連発する。
「むっ……」
魔法を受けると、野郎は微かにたじろいだ。思った通りだ。アルネ・サクヌッセンムの干渉技により、攻撃力だけでなく守備力、HPなど、あらゆるパラメーターがダウンしているに違いない。しかもこちらは、アルネの技で強化されている。
「なんの、物理攻撃があるわ――ぐふっ」
俺を睨みつける両の目に、レミリアの矢が突き刺さる。胸に着けるように冥王の剣を構えたまま、俺は魔王に体当りした。野郎の胸に、刃がぐっと埋め込まれてゆく。
「ぐ……ぐぐぐっ」
一歩二歩、よたるように、魔王の影が後じさりする。
「モーブ、どいてっ!」
「おう」
倒れ込み、転がるようにして魔王の間合いから逃れる。そこに、マルグレーテ全力の火炎魔法が襲った。地形効果によるエンチャントを受けているから、とてつもなく強力だ。
「ぐわっ!」
「ひ、HPがっ!」
魔王背後に隠れたアドミニストレータまで、間抜けな悲鳴を上げている。そこにレミリアの矢が大量に襲いかかった。リーナ先生の、効果倍増魔法と共に。
「癒やしの海っ!」
ランの回復魔法が俺を包んだ。ごろごろ逃れたとは言うものの、マルグレーテの爆炎、どえらく高熱で、敵が立っていた地面が熔岩並に赤熱したくらいだからな。近くにいた俺のことを、ランが気遣ってくれたんだろう。
「ぐ……ぐううぅ……っ」
アドミニストレータは、捨て台詞を言う余裕すらなかった。どろどろと熔け、線香花火の燃えカスのように縮んでゆく。魔王の影と共に。
「やったっ!」
レミリアが飛び上がった。
「勝ったよ、モーブっ」




