12-7 謎の声
「モーブっ!」
魔王のハメ技を喰らい地面でのたうつ俺に、ランの回復魔法が飛んできた。
「モーブくん」
リーナさんからも。
「ぐ……くそっ」
なんとか動けるようになった。「影」で助かったわ。魔王の技よりははるかに効果が低い。それでもこれだけヤバいんだからな。
「モーブはやらせないっ!」
レミリアの矢が次々魔王に飛ぶ。HPがおそろしく高いアドミニストレータはマルグレーテの半減技に任せ、レミリアは攻撃対象を魔王に変えたようだ。連射された矢はほとんどが魔王のバリア的な例のアレに引っかかって落ちる。だが稀に、それをかいくぐって胴に刺さる奴がある。
「オブジェクト:開発中」
アドミニストレータの指が、弓を引き絞るレミリアを指した。
「コンストラクタ定義――」
「くそっ!」
立ち上がった俺は、アドミニストレータを突き飛ばし、指を再度斬り落とした。
が、また魔王のハメ技を喰らい、吹き飛ばされる。すぐに回復魔法が飛んできた。
「HP半減」
「HP半減」
「オブジェクト:神狐」
マルグレーテが狙われる。
「コンストラ――」
「死ねっ!」
「レミリア、連射するのじゃ」
「レミリア様の矢は痛いよーっ!」
「敵行動速度二十パーセントダウン」
「戦闘中HP自動回復」
次第に、俺達の戦い方が整ってきた。敵の出方がわかって、対処が進んだからだ。
俺達だって、そこそこ戦闘経験を積んでいる。それに俺とラン、マルグレーテ、レミリアは一緒に戦う経験が豊富だ。さらにランとマルグレーテは俺の嫁で、精神的にも強く繋がれていて以心伝心のところがある。特にマルグレーテは従属のカラー効果で、戦闘中の俺の意志をダイレクトに受信できるし。
すでにアドミニストレータのHPはかなり削っているはずだ。魔王を狙う一方、たまにレミリアが不意を突いてアドミニストレータに矢を飛ばす。着弾の瞬間、野郎の顔が一瞬歪むようになったからな。平気な顔をしつつも。
俺の心に希望が灯った。そのとき――。
「オブジェクト:アドミニストレータ:引数魔王」
アドミニストレータが淡々と宣言する。
「ロールバック」
――と、アドミニストレータと魔王の影、ふたりの体が一瞬輝き、元に戻った。見るとアドミニストレータの白衣が、新品のようになっている。畳まれていた折り目までついて。
なんだこれ、もしかして回復したのか。ロールバックってことは、巻き戻すとかそんなような意味なんだろうし。
実際、どうやらそのようだ。もはやレミリアの矢が刺さっても、アドミニストレータは顔を歪めもしない。淡々と引き抜くだけで。
「やばっ!」
こいつはマズい。だってそうだろ。敵が初期化回復を使えるなら、永遠に戦闘が終わらない。何度も無駄撃ちしているうちに、こちらのMPは尽きてしまう。そうなればこっちは即死モブたる俺とレミリアの弓矢の物理だけしか、攻撃手段がなくなる。
回復魔法もなくなれば、ポーションに頼るしかないし、もちろんそれだって有限だ。結果、最後には俺達は全滅だ。
これを打ち破るには、初手でアドミニストレータのHPを上回る攻撃を加えるしかない。それなら一撃死させられるから、回復の隙すら与えずに済む。だがここまでの戦いでわかってきたように、最大HPの高い今回のアドミニストレータ相手に、それは無理だ。
「全員、アドミニストレータに集中だ。こいつだけ潰せ。いいか、すぐに倒せなくてもいい。とにかくこいつに宣言させるな。そうすれば勝てる」
時間勝負だ。俺達のMPHPが尽きるのが早いか、アドミニストレータの攻撃を防ぎつつHPを削り切るのが早いか。
「ぐはっ!」
俺はまた吹き飛ばされた。魔王のハメ技に。全員でアドミニストレータを相手にする以上、本来ラスボスである魔王がフリーになる。リスク高すぎなんてもんじゃない。
ランが回復に回った瞬間、隙を突いてアドミニストレータの宣言が、俺に飛んできた。どうすりゃいいってんだ、これ。
「く……くそ……」
「どうしたモーブ。それでも最強のイレギュラーか。私の素体は、対イレギュラー用に構築した戦闘素体ではない。なのにお前、今にも負けそうではないか」
アドミニストレータがまた宣言し、俺の意識は飛びかかった。
「立ち上がれっ! この間抜けっ!」
叫び声で、意識がかろうじて現実にぶら下がる。
「お前はあたしが殺す。父上ならともかく、どこの誰ともわからぬアドミニストレータごときに倒されていいのかっ!」
魔王の娘、ヴェーヌスの声だ。見ると幻影は身を乗り出している。
「お前はあたしだけの獲物だっ」
「へっ……。魔族に煽られるとは……俺も落ちたもんだぜ」
頭を振ると、俺は体を起こした。
「そうだ。それでこそあたしのターゲットよ。減らず口、頼もしいぞ」
「俺の戦いを黙って見てろ、ヴェーヌス」
「オブジェクト:イレギュラー」
マルグレーテやレミリアの攻撃を淡々と受け流しながら、アドミニストレータがまた宣言を始める。どうやらこいつ、最初に俺を倒し切ると決めたらしい。それでこそ仲間の士気をくじき、簡単に勝利できるから……。
早く立ち上がらなくては。体当たりでもなんでもして、アドミン野郎の攻撃を防がないと。
いくら効果制限を受けたとしても、タンク役すらこなせなければ、俺はリーダーなど失格だ。ランやマルグレーテ、それにリーナさんやレミリアを守ると誓った。リーダーとして、男として。たとえ死のうが、俺はその誓いを守る。
「コンストラクタ定義」
「そうはさせないわっ!」
マルグレーテとレミリアの攻撃が、勢いを増す。だがアドミニストレータはびくともしない。
「敵詠唱速度ダウン」
「遅延効果付与っ」
ランとリーナさんも、回復を中断し、アドミニストレータの阻止に動いた。だがごくわずかに遅延を生じさせただけ。アドミニストレータの宣言が続く。
「依存性インジェクショ――」
「宣言無効」
アドミニストレータの宣言に、声が重なった。聞いたことのない男の。どこからともなく。居眠りじいさんではない。こいつは……。
痛む頭を振って、俺は片膝を立てた。
「邪魔をされたか……」
レミリアの矢を体に何本も突き刺したまま、アドミニストレータは斜め上を見上げた。
「その声は……アルネ・サクヌッセンム」
古代の大賢者アルネ・サクヌッセンム。アドミニストレータと世界を巡る戦いを繰り広げている張本人が、ついに登場したってのか。なんだここは。メンバーからして、ガチ裏ボス戦並じゃないか……。
ふらつく足で、俺は立ち上がった。もしかしたら最後となるかもしれないチャンスを、この手に掴むために。




