表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

205/463

12-6 魔王のハメ技

 中ボス戦フィールドがボス部屋に広がると、やれやれといった様子で、アドミニストレータは顎を撫でた。


「モーブ……、お前は厄介な宝具を持っているな。それ、卒業試験ダンジョンで手に入れた剣だろ。アルネの奴、私の仕掛けにまでアーティファクトを潜り込ませやがって」


 溜息をつくと、そのままぼそっと口にする。


「オブジェクト:イレギュラー」

「コンストラクタ定義」

「依存性インジェクション実行」


 特になにかが起動した様子はない。派手なエフェクトもない。だが野郎が謎の呪文を口にすると、俺の体に異変が起こった。


 まず、冥王の剣、その柄から感じられていたアーティファクトならではのパワーが、すっと消えた。よくわからんが、おそらくアーティファクトの持つ特殊効果をバトル中キャンセルしたんだろう。


 野郎はオブジェクトとして「イレギュラー」を指定した。「冥王の剣」ではなく。ということは、対象は俺全体。「業物わざものの剣」や「ハンゾウの革衣」等、他の装備の効果もキャンセルされているのに違いない。


 つまり俺は、敵HP吸収やAGIなどのボーナスポイント、必中といった特殊効果を持たない、素の「即死モブ」として戦わないとならないってことだ。


「くそっ!」


 こうなれば、戦闘力に欠ける俺は、タンク役として囮になるしかない。この世界に転生した頃の、初期のボス戦と同じで。おまけに相手はアドミニストレータと魔王のダブルボス。即死モブが囮として耐えられるような敵じゃない。


 唯一、ラッキーだったのは、頭痛と高熱が消えたことだ。おそらくヴェーヌスによるマーカーが特殊効果として判定を受けたのだろう。


 なに、今はランもマルグレーテも、初期よりはるかにレベルアップしている。それにレミリアとリーナ先生もいる。その点に俺は、望みを懸けていた。


「作戦どおりだ。ランっ!」

「わかってる」


 ランの手に、オレンジの光が輝いた。


「HP定期回復っ」

「魔力増大」

「戦闘中HP二十パーセント増加」

「詠唱速度向上」


 味方に向け、エンチャント系の魔法を連発する。


「敵行動速度十パーセントダウン」

「敵魔法効果半減」

「行動速度二十パーセントアップ」


 リーナさんが敵味方に必要な効果を付与する。


「HP半減っ」

「HP半減っ」


 アーティファクト「従属のカラー」効果に従い、マルグレーテから、魔法が二重掛けされる。……だが、どうやら魔法効果があるのは、アドミニストレータだけのようだ。魔法が着弾した瞬間、魔王の影の周囲を繭のような光が包むから。魔法効果をキャンセルしているに違いない。それを感じたのかマルグレーテに、焦りの表情が浮かんだ。


「ひ、HP半減っ」

「HP半減っ」


 またも同じ。仁王立ちした魔王の影は、ゆらゆら揺れている。


「魔王の影に構うな、マルグレーテ。アドミニストレータ相手に徹しろ」

「う、うん」


 マルグレーテが詠唱に入った瞬間――。


「ロールバック」


 アドミニストレータが指でマルグレーテを指す。


「くそっ!」


 走り込んだ俺は、マルグレーテを体でかばった。


「ごはっ!」


 特になにも見えないが、なにかが俺に当たった。痛い。俺は思わず座り込んだ。


「邪魔するなモーブ、魔法キャンセルできないではないか」


 アドミニストレータが苦笑いした瞬間――。


「爆炎、レベル十二」

「爆炎、レベル十二」


 マルグレーテの炎魔法が、アドミニストレータを襲った。同時に、レミリアの放った矢が連発で、野郎の胸にドスドスと突き刺さる。


「ふん。この素体に痛覚がなくて助かったわ」


 胸の矢を握ると、アドミニストレータが抜き捨てる。野郎の体が一瞬輝くと、炎魔法に焼け落ちた白衣が、また復活している。肌に火傷の痕すらない。


「データ吸い出し用素体も、そこそこ役には立つな」

「まだまだ、矢はあるよーっ」


 レミリアの叫びと共に、続けざまに八本も矢が刺さった。メガネを貫いて左目にも刺さったが、野郎はそれも抜いた。なんということもなく。指に刺さった棘を抜くような態度で。


「マルグレーテ、こいつはHP底なしじゃ。半減魔法を連発せよ」


 居眠りじいさんの声が響いた。


「先生」


 マルグレーテが、再詠唱に入る。


「HP半減」

「HP半減」

「どうした魔王」


 マルグレーテの魔法を受け流しながら、アドミニストレータが魔王を見た。矢に貫かれた眼窩に、左目がもう復活している。


「早く参戦しろ。契約したであろう」

「それは……互いに嘘をついていなければだ。契約には信頼条項がある。お前は信用ならん」

「もし協力せねば、娘の命はないぞ」

「父上、あたしの命など――」

「だが――」


 背後からヴェーヌスが叫んでいる。それを魔王は遮った。


「だが、どうやらモーブとやらは、我が娘の運命に絡んできよる。……そこは気に入らん。アドミニストレータとの契約などどうでもいいが、モーブにはここで死んでもらおう」


 魔王の体から、紫色のオーラが立ち上った。とてつもない威圧感。魔王の姿を見るだけで辛い。まるで実際に圧力を掛けられているかのようだ。


 魔王本体のオーラを見るとそれだけで即死するとかレミリアは噂していた。よくある神話とかの誇張だと思っていたが、「影」でこの始末だと、ガチそういうことがあっても不思議ではない。


「怯むなみんな。まずはアドミニストレータだっ」

「わかってる」

「モーブっ」


 全員の攻撃がアドミニストレータに集中する。


「オブジェクト:羽持ち」


 アドミニストレータが、指先をランに向けた。


「コンストラクタ定義。依存性インジェ――」

「言わせるかっ」


 駆け込んだ俺が、野郎の指を斬り落とした。その勢いのまま喉を掻っ切ろうとした俺は、強い衝撃を受け、背後に五メートルほども飛ばされた。


「ぐ……ぐっ」


 苦しい。胸が焼けるようで息ができない。見ると魔王の真紅の瞳が、輝きを戻すところだ。あそこから行動不能系の魔王技が飛んできたに違いない。


 ゲーム本編のラスボス戦では、これがほぼほぼハメ技。なんせ食らうと大ダメージを受ける上に、しばらく行動不能になる。その間に敵が同じ技で追撃してくるから、ハメ技もハメ技だ。他のパーティーメンバーがうまく立ち回らないと、あっさり全滅する。


 まさかここでラスボス技が出てくるとは……。


 地面でのたうちながら、絶望を感じた。この戦闘、どうやって勝てばいいってんだ……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ