12-6 魔王のハメ技
中ボス戦フィールドがボス部屋に広がると、やれやれといった様子で、アドミニストレータは顎を撫でた。
「モーブ……、お前は厄介な宝具を持っているな。それ、卒業試験ダンジョンで手に入れた剣だろ。アルネの奴、私の仕掛けにまでアーティファクトを潜り込ませやがって」
溜息をつくと、そのままぼそっと口にする。
「オブジェクト:イレギュラー」
「コンストラクタ定義」
「依存性インジェクション実行」
特になにかが起動した様子はない。派手なエフェクトもない。だが野郎が謎の呪文を口にすると、俺の体に異変が起こった。
まず、冥王の剣、その柄から感じられていたアーティファクトならではのパワーが、すっと消えた。よくわからんが、おそらくアーティファクトの持つ特殊効果をバトル中キャンセルしたんだろう。
野郎はオブジェクトとして「イレギュラー」を指定した。「冥王の剣」ではなく。ということは、対象は俺全体。「業物の剣」や「ハンゾウの革衣」等、他の装備の効果もキャンセルされているのに違いない。
つまり俺は、敵HP吸収やAGIなどのボーナスポイント、必中といった特殊効果を持たない、素の「即死モブ」として戦わないとならないってことだ。
「くそっ!」
こうなれば、戦闘力に欠ける俺は、タンク役として囮になるしかない。この世界に転生した頃の、初期のボス戦と同じで。おまけに相手はアドミニストレータと魔王のダブルボス。即死モブが囮として耐えられるような敵じゃない。
唯一、ラッキーだったのは、頭痛と高熱が消えたことだ。おそらくヴェーヌスによるマーカーが特殊効果として判定を受けたのだろう。
なに、今はランもマルグレーテも、初期よりはるかにレベルアップしている。それにレミリアとリーナ先生もいる。その点に俺は、望みを懸けていた。
「作戦どおりだ。ランっ!」
「わかってる」
ランの手に、オレンジの光が輝いた。
「HP定期回復っ」
「魔力増大」
「戦闘中HP二十パーセント増加」
「詠唱速度向上」
味方に向け、エンチャント系の魔法を連発する。
「敵行動速度十パーセントダウン」
「敵魔法効果半減」
「行動速度二十パーセントアップ」
リーナさんが敵味方に必要な効果を付与する。
「HP半減っ」
「HP半減っ」
アーティファクト「従属のカラー」効果に従い、マルグレーテから、魔法が二重掛けされる。……だが、どうやら魔法効果があるのは、アドミニストレータだけのようだ。魔法が着弾した瞬間、魔王の影の周囲を繭のような光が包むから。魔法効果をキャンセルしているに違いない。それを感じたのかマルグレーテに、焦りの表情が浮かんだ。
「ひ、HP半減っ」
「HP半減っ」
またも同じ。仁王立ちした魔王の影は、ゆらゆら揺れている。
「魔王の影に構うな、マルグレーテ。アドミニストレータ相手に徹しろ」
「う、うん」
マルグレーテが詠唱に入った瞬間――。
「ロールバック」
アドミニストレータが指でマルグレーテを指す。
「くそっ!」
走り込んだ俺は、マルグレーテを体でかばった。
「ごはっ!」
特になにも見えないが、なにかが俺に当たった。痛い。俺は思わず座り込んだ。
「邪魔するなモーブ、魔法キャンセルできないではないか」
アドミニストレータが苦笑いした瞬間――。
「爆炎、レベル十二」
「爆炎、レベル十二」
マルグレーテの炎魔法が、アドミニストレータを襲った。同時に、レミリアの放った矢が連発で、野郎の胸にドスドスと突き刺さる。
「ふん。この素体に痛覚がなくて助かったわ」
胸の矢を握ると、アドミニストレータが抜き捨てる。野郎の体が一瞬輝くと、炎魔法に焼け落ちた白衣が、また復活している。肌に火傷の痕すらない。
「データ吸い出し用素体も、そこそこ役には立つな」
「まだまだ、矢はあるよーっ」
レミリアの叫びと共に、続けざまに八本も矢が刺さった。メガネを貫いて左目にも刺さったが、野郎はそれも抜いた。なんということもなく。指に刺さった棘を抜くような態度で。
「マルグレーテ、こいつはHP底なしじゃ。半減魔法を連発せよ」
居眠りじいさんの声が響いた。
「先生」
マルグレーテが、再詠唱に入る。
「HP半減」
「HP半減」
「どうした魔王」
マルグレーテの魔法を受け流しながら、アドミニストレータが魔王を見た。矢に貫かれた眼窩に、左目がもう復活している。
「早く参戦しろ。契約したであろう」
「それは……互いに嘘をついていなければだ。契約には信頼条項がある。お前は信用ならん」
「もし協力せねば、娘の命はないぞ」
「父上、あたしの命など――」
「だが――」
背後からヴェーヌスが叫んでいる。それを魔王は遮った。
「だが、どうやらモーブとやらは、我が娘の運命に絡んできよる。……そこは気に入らん。アドミニストレータとの契約などどうでもいいが、モーブにはここで死んでもらおう」
魔王の体から、紫色のオーラが立ち上った。とてつもない威圧感。魔王の姿を見るだけで辛い。まるで実際に圧力を掛けられているかのようだ。
魔王本体のオーラを見るとそれだけで即死するとかレミリアは噂していた。よくある神話とかの誇張だと思っていたが、「影」でこの始末だと、ガチそういうことがあっても不思議ではない。
「怯むなみんな。まずはアドミニストレータだっ」
「わかってる」
「モーブっ」
全員の攻撃がアドミニストレータに集中する。
「オブジェクト:羽持ち」
アドミニストレータが、指先をランに向けた。
「コンストラクタ定義。依存性インジェ――」
「言わせるかっ」
駆け込んだ俺が、野郎の指を斬り落とした。その勢いのまま喉を掻っ切ろうとした俺は、強い衝撃を受け、背後に五メートルほども飛ばされた。
「ぐ……ぐっ」
苦しい。胸が焼けるようで息ができない。見ると魔王の真紅の瞳が、輝きを戻すところだ。あそこから行動不能系の魔王技が飛んできたに違いない。
ゲーム本編のラスボス戦では、これがほぼほぼハメ技。なんせ食らうと大ダメージを受ける上に、しばらく行動不能になる。その間に敵が同じ技で追撃してくるから、ハメ技もハメ技だ。他のパーティーメンバーがうまく立ち回らないと、あっさり全滅する。
まさかここでラスボス技が出てくるとは……。
地面でのたうちながら、絶望を感じた。この戦闘、どうやって勝てばいいってんだ……。




