11-9 敵ボスの「正体」
「ゼニス先生……」
「どこにいらっしゃるの?」
姿は見えない。声だけだ。
「いかにも、わしじゃ」
どこからともなく響く。
「姿を見せて下さい」
「それは無理じゃ。今、幽体離脱しておる」
「大賢者魔法……」
じいさんの凄さはほとんど知らないレミリアが、口をあんぐりと開ける。
「それも、難度最高クラスじゃん」
はあ。ヘクトールの授業で、毎日突っ伏して居眠りしていた。あのときじいさんは幽体離脱して、対魔戦争最前線の状況を偵察していたって話だった。あれと同じことをしてるんだな。じいさん本体は今ごろ、ポルト・プレイザーの宿のベッドで倒れ伏してるに違いない。
「わしの魂だけ、この村に飛ばした。ランやマルグレーテ、レミリアに、追跡用のマーカーを打ったからのう……」
「いつの間に……」
マルグレーテが首を捻る。
「そんな気配なくってよ、先生」
「柔らかくも中に筋肉の芯を感じる、まことに素晴らしき太ももであった」
「あっ!」
「やだあれ?」
マルグレーテとレミリアは、目を見開いている。ランはにこにこしたままだ。てか俺も驚いた。あれ、ただの痴漢エロ攻撃じゃなかったんか。
「あのセクハラ、そういう意味でしたの?」
「うむ。大賢者魔法とはそういうものよ」
嘘つけ。
「モーブに射てばよろしいでしょう、先生」
まことにもっともな話だ。
「男の尻など、触りたくもないわい」
「この……」
マルグレーテの額に、ぴくぴくと血管が浮いた。
「エロジジイ!」
貴族らしからぬ罵倒だわ。
「おう。ごほうび、ええのう……」
喜んでやがる。だめだこりゃ。全然効いてない。
そもそもハナから怪しいからな。百歩譲ってマルグレーテやランにマーカーを打つのでも、別に尻とか太ももなんか触らんでもいいよな。腕でも効果、変わらんだろうし。やっぱこいつ、大賢者じゃなくてドスケベ居眠りじいさんだわ。
「先生、お懐かしゅうございます」
どこを見ていいかわからないのか、リーナさんは天井を見つめている。
「おうリーナ。ようやく会えたのう。……まあ、まだ実際に会えてはおらんが、ほっほっ」
「私が消えて、ご心労をおかけしたとのこと、痛み入ります」
「よいよい。ヘクトール学園長アヴァロンやわしにとって、お主は孫娘も同然。母の胸でべそをかいていた小さな子が、村の危機に立ち上がる、正義感に溢れた娘に育った。わしもアヴァロンも鼻が高いわい」
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだ。
「それより先生、一緒に戦ってくれますか」
とりあえず、セクハラ話よりはこっちが大事だ。
「したいがモーブ、それは無理じゃ。わしは魂だけだからのう」
「なら最初から同行してくれれば良かったじゃないすか」
「わしの本体が参加すれば、敵に感づかれる。大賢者の波動があるからのう」
「だから魂だけ幽体離脱して、私達を見守ってくれたんだね」
「そういうことじゃ、ラン」
「先生まさか……」
マルグレーテの瞳が、すっと細くなった。
「わた……わたくしの水浴シーンとか覗き見しなかったでしょうね。それに……トトトトイレとか」
「いや見とらん、見とらん。ほっほっ。そこまで腐ってはおらんわ。見たいときはちゃんと頼むわい」
「本当っすか先生。前、マルグレーテとランの水着、透視魔法で中身覗こうとしましたよね。口の中で詠唱までしてたし」
「うっ……」
声だけのじいさんが、絶句してやがる。
「か、隠れてはやらん。安心しろ」
「もし覗いたら、わかってますわよねえ……」
うごごご……と、マルグレーテの髪が逆立った。
「わかっておるって。……おなごは恐いのう、ほっほっ」
「それより、なんのご用ですか、ゼニス様」
リーナさんが口を挟んできた。
「声をお出しになったということは、なにか伝えたいことがあられるのでしょう」
「そうじゃ、リーナ。さすがは賢い娘。あいつの落とし胤だけはあるのう。……モーブよ」
「はい、先生」
「心して戦うのだ。此度のボスは、危険中の危険。なんせ魔族側のボスはの、魔王じゃからのう」
「魔王!?」
「そんな……。魔王がどうしてこんな辺境に」
「側近すら連れずに」
「そんなことはありえません」
「それにのう……もうひとりの敵、『人間っぽいおっさん』のほうだが、そいつはアドミニストレータじゃ」
「マジすか!」
思わず、俺は立ち上がった。こんな辺境に、魔王にアドミニストレータとか……。どういうことよ! それにどうやって勝てばいいんだっての。魔王って原作ゲームのラスボスだぞ。おまけにアドミニストレータは、俺を最大のバグと考え潰そうとしている「ゲーム運営」だわ、まだ俺の憶測に過ぎんが。
これじゃラスボス戦どころかマジ、裏ボス戦並じゃん。
●じいさんがもたらした敵ボス情報が、モーブ組に波乱を広げる。
次話「魔王の影」、おたのしみにー!




