11-5 レミリア、ニンジャと化す
「じゃあ、モーブはボス部屋の中身を見たというの」
夜の「戦略会議」、マルグレーテは目を見開いた。
「ああ。俺もそのとき倒れて朦朧としていたから、あんまり細部は覚えていない。ただ、広い部屋で、中に少なくともふたりいた」
「ボスを見たの、モーブ」
「ああラン。ひとりはなんか真っ黒な奴。影になってるかなんかで、表情とかは読めなかった。俺くらいの身長で、人間体型。声や姿からして、多分男だ」
「もうひとりは」
「こっちは姿を見ていない。声だけなら男。このふたり、仲いいというより、利害で結びついた関係のようだった」
ふたりの会話を、思い出せる限り、みんなに伝えた。
「あそこにいるの、『あのお方』と『あの野郎』でしょ、ハンプとダンプに言わせると。どっちがどっちよ」
レミリアは、例によってくすねてきた堅パンをもぐもぐしている。
「みんなも食べてね」
懐から大量にパンを取り出してテーブルに並べた。
「こんなにパクって、よく万引きGメン……いや見張りにバレないな、お前」
いやマジ、感心するわ。
「そこはそれ、エルフの神業って奴よ」
「いやエルフ関係ないし。お前もうスカウトからシーフにジョブチェンジしろよ」
「なにそれ。馬鹿にしてんの」
怒ってるな。おもしれー。
「それよりどっちがどっちよ」
「それはなレミリア、多分、真っ黒い奴が『あのお方』だ。オークがどえらくブルってたし。それにこいつは、ヴェーヌスの父親らしい」
「ヴェーヌスって、迷いの森で映像化した魔族の娘よね」
マルグレーテが唸った。
「ああ。ヴェーヌスはあのとき同様、遠隔地から通信してたようだった」
「ならあの娘、これで魔族確定だね、モーブ」
「そうだな、ラン」
「もう少し、人間ぽかったけどなあ……」
レミリアは首を捻っている。
「いずれにしろ、これでボスもわずかながら情報が取れたわね」
リーナさんが俺を見た。宣言どおり、今日、昼に見た「素の彼女」じゃなくて、もう「先生」に戻っている。
「ボスは魔族。もうひとりは確証がないけれど、あそこに詰めている以上、こちらも魔族でしょ」
「見えたほうのボスは、魔道士系というより、幻術士かなにかの印象ね」
「あんまりパワー系の感じはないよね」
「多分な」
「見えてないほうがどうかな」
ランに言われて、俺は考えた。
「ダブルボスだとすると、それぞれ特徴は異なるだろう。ゲームでは、それぞれの相乗効果を狙うのが一般的だ」
「ゲームってなに」
「いやレミリア、そこはスルーしろ」
「でも――」
「ほら、食え」
テーブルのパンをひとつ、口に入れてやった。たちまち黙ってもぐもぐやり始める。いやこいつ、意外に扱いやすいな。
「片方幻術士とすれば、もう片方は重戦士あたりかしら。それなら戦闘時のバランスもいい」
「そうだなマルグレーテ。ただ、曲がりなりにもボスだ。仮に前衛系モンスターとしても、知能は高いはず」
「となると、まさかとは思うけど、悪魔系かもしれないわね」
リーナ先生が唸った。
「悪魔は人間を堕落させて魂を奪う。詐欺師も同然の裏のある契約書を交わして罠に嵌めるからね」
「悪魔だと戦闘が厳しいね。アンデッドというくくりでもないし」
「たしかに……」
「もう少し様子を見ようか」
「いや、そろそろ行動に移りたい」
俺は提案した。
「連中の話だと、もうじき目的は達成するらしい。そうなってからだと決起なんかできない。その前に全員、殺されるだろうしな。そてにヴェーヌスだかカーミラってあの女も、関係者だとわかった。いつまでもぐずぐず引っ張ると、どういうところからほころびが出るかわからん」
「そうね。……たしかに」
マルグレーテは頷いた。
「わたくしもそう思うわ」
「でもモーブ、あのヴェーヌスさんからは、ものすごく魔力を感じたよ。その父親なら、きっとかなり危険だよね」
「そうだなラン。だからボス以外の雑魚は事前に一掃しておきたい」
「どうするの」
「そこでレミリア、お前にお願いがある」
「なにー」
まだもぐもぐやってやがる。これで腹でっぱらないのが不思議だ。
「お前はスカウト、身のこなしに優れ、敏捷性も高い」
「だよー」
「だから連中の宿舎を偵察してほしい。今から」
「あたしが?」
「ああそうさ。連中、村の村長の家を奪って宿舎にしただろ。いい家だし、三階建てで大きいからな」
「そうだね」
「それが連中の間違いさ。村一番の建物だけに、窓がある。そこから覗いて、敵の配置と守備状況を探ってほしい。これはな、身のこなしの鮮やかな、スカウト系エルフのお前にしかできないことだ」
俺は説明を続けた。レミリアはちょっとお調子者のところがあるが、言ってもエルフだ。基本のステータスが俺達人間とは段違い。しかもスカウトとくればうってつけだ。なんたって垂直な壁だろうが大木だろうが、うまいことするすると登るからな、こいつ。
「わかった」
細かな手順まで決めてから、レミリアは頷いた。
「じゃあ今から探ってくるね」
「気をつけろ。バレそうになったら逃げてこい。安全第一だ」
「わかってる。……でもお願いがあるんだ、モーブ」
「なんだ。なんでも言ってみろ」
「ちゃんと任務を果たすからさ、なんか食べ物用意しといてよ」
「はあ? まだなんか食うのかよ」
俺が呆れたような目をしていたんだろう。レミリアは口をとがらせた。
「育ち盛りだもん、しかたないでしょ。あたしだって早く成長して恋がしたいし。それに胸だって大きくなりたいもん、ランみたいに」
なんだ気にしてたんか。
「大丈夫よ、レミリアちゃん。幸い、レミリアちゃんが持ち込んだパンがたくさんあるしね、ここに」
リーナさんが微笑んだ。
「あれでミルク粥を作ってあげる」
「マジ? やったーっ!」
両手を上げて大喜び。いやそうすると、胸が小さいのバレるぞ。
「ならもう行く。すぐ行く」
立ち上がった。現金な奴。
「みんな待っててねーっ」
「気をつけ……って、もう飛び出したか」
後には開けっ放しの扉が揺れてるだけだわ。
「笑わないの、モーブくん。レミリアちゃん、いい子じゃないの」
「そうですねリーナさん。実力があって前向きなのは認めます」
その分、たまーに暴走するけどな。
●
念のため、全員武装した。隠してあった武器防具を身にまとい、俺が見張りとして扉の前に立って。村でなにか戦闘の異音でもすれば、即座に全員で駆け込むつもりで。そうなりゃもう、決戦まで突っ走るしかない。
だが一時間後。
「モーブ」
前の樹々がかさかさと揺れると、陰からレミリアが姿を現した。
「平気だったか」
「うん。窓はちょろかったから、開けて中に入った」
「中に入れとは言ってないぞ」
「外からだと全貌はよくわからないからね。いくらエルフは夜目が利くと言ってもねー」
「まあいい。無事だったんだからな。中まで調べたんなら、お前の金星だ」
「えへーっ。褒められちゃった」
「ほら話せ」
「中でね。それに――」
唇を突き出した。
「お粥、食べてからだよ。約束でしょ」
「そうだな。悪かった」




