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11-3 ボス部屋の扉、開く

「あれ……」


 急にめまいがして、俺はツルハシを岩場に放り投げた。体が熱い。頭がふらふらする。ずるずると、岩壁にもたれたまま、座り込む。


 いつものように「言うことをよく聞く奴隷の穴掘り」を演じながら、最深部の情報を集めているときのことだ。


「くそっ……」


 とにかく力が入らない。視野もぼやけて、ものがはっきり見えない。


「くおらっ!」


 どすどす足音を立てて、見張りのオークが近づいてきた。


「さぼるんじゃねえ。お前、いつもは真面目に働くじゃねえか。俺様が甘やかすと思ったら、大間違いだぞ」


 棍棒を突きつけられた。


「すみません。なんだか熱っぽくて。……風邪かな」

「病気だと……お」


 身を屈め、顔を近づけてきた。いや臭いから寄るなよ――とは思ったが、それより頭が痛くて、そっちのが辛い。


「そんなもんはな、殴れば治る」


 周囲の村人が穴掘りの腕を止め、棍棒を振りかざすオークをぼんやり眺めている。みんな激しい奴隷労働に感情を無くし、誰かが殴られようが気にする奴はいない。


「せーのおっ」


 オークが振りかぶった。


 その瞬間。


「おいっ!」


 バンっと音を立てて、「ボス部屋」の扉が開いた。


「は、はいっ!」


 途端に棍棒を放り投げると、オークは扉の前にすっ飛んでいった。


「な、なにかご用でしょうか」


 しめた――と思った。ボス部屋の内部が、わずかに見える。苦しくて頭を抱えた体にして、指の隙間から、俺はボス部屋を観察した。なにしろランの「脇道寄り道作戦」でも、結局ボス部屋は開かなかったからな。これは貴重な機会だわ。


 強い明かりが漏れている。そのせいで顔を覗かせた「ボス」の姿は逆光で、わかりにくい。オークより背は低い。体型からして、おそらく男。黒く抜けた輪郭は、なぜかゆらゆらと揺れている。


 どっちだこれ。「あのお方」なのか、「あの野郎」のほうなのか。媚びへつらったオークの態度からして「あのお方」のほうに思える。だが嫌な野郎でも、逆らうとなにされるかわからない状況なら、表向きはぺこぺこするだろう。


「そこに怪しい奴はいないか」


 野太い声だ。


「いえ……」


 振り返って、オークは周囲を見回した。


「奴隷がいるだけです」

「そうか……」

「ですが父上」


 部屋の奥から、女の声がした。どこか聞き覚えがある。


「父上との通信最中に、たしかにセンサーが反応しました。つまりおそらくそちらに居ます」

「例の男だな、ヴェーヌス」


 ヴェーヌスだと……。それ、迷いの森祈祷処に映像で現れた、例の魔族の女じゃんか。カーミラという別名を持つ。


「はい。迷いの森の祈祷処を起動した、不思議な男です。いずれ殺す必要があり、あのとき遠隔でセンサー術式を起動しました」

「ふむ……。邪魔だっ、デクノボウ」

「へ、へいっ」


 オークをどかせると、ゆらゆらと、「父上」は部屋から体をわずかに出した。坑道のランプに照らされているのに、姿は黒く抜けたまま。逆光だからとか、そういう話じゃないな、これ。


「特に異変は感じん。奴隷が何人かおるだけだ」

「なら違うか。あの男が奴隷になど身をやつすはずもなし」

「ヴェーヌス、お前のセンサーの誤作動だろう」

「いや父上、それは――」

「もうよい。こっちは忙しい。邪魔をするでない」

「は……い」


「父上」は、強制的に話を終わらせた。ヴェーヌスは「父上と通信中」と言っていた。ということはあの祈祷処のときと同じく、どこか離れた地から、ここボス部屋と「通信」していたってことだろう。


 でも「父上」だと……。ここには魔族しかいない。ということはやはり、あの女も魔族で確定だな。魔族にしては妙に人間臭いから、魔族でなくヴァンパイアあたりではとレミリアは推測していたけれど、間違ってたか。


「親子喧嘩とはな……」


 部屋の中から、別人の声がした。こいつが「あとひとりのボス」だな。


「やはり『影』は弱いわ。……組む相手を間違えたかもしれん」

「なんの」


「父上」は、ゆらゆらと部屋に戻っていった。


「私の協力がなければ、そっちはなにも手を出せないではないか。わざわざ私の本体が出ていくような案件でもなし。そもそもそのなんとかいう野郎なぞ、我々には関係ない」

「まあそう言うな。……もう気配は強い。じきに精神感応できる。そのときのことを詰めておこう」

「ふん……」


「父上」の前で、扉が閉じた。さぼらせるな――という捨て台詞をオークに残して。


「ちっ」


 ほっと溜息をつくと、オークは棍棒を拾い上げた。


「ほらてめえら、なに見てやがる。働けっ。でないと今晩は飯抜きだぞ」

「ご勘弁を」

「そ、それだけは……」

「食わねえと、明日起き上がれないっす」

「なら働け、クズ」

「は、はいっ」


 あちこちから、ツルハシとシャベルの音が響き始めた。


「ほれ、てめえも立て。……殺されたいのか」


 俺の前に立ち、冷たい瞳で見下ろしてくる。


「モーブっ!」


 ランの叫び声だ。魔導猫車を放り出し、駆けてきた。


「どうしたの。……やだっ、すごい熱」


 俺の体を抱いてくれた。


「おう、ちょうどいい。おめえ、ちょっとは回復魔法が使える旅人だったな。この奴隷を治療しろ……って、言うまでもないか」


 苦笑いしている。実際、ランが回復魔法を俺に注ぎ込み始めてるからな、もう。


「どうモーブ、大丈夫?」

「あ、ああ……。だいぶいい」


 ランのおかげで、熱や頭痛は収まった。だが、ランが詠唱を終えた瞬間から、また体が熱くなる。


「なんかおかしい。……この場所が悪いのかも」


 ランはオークを見上げた。


「今すぐ治療が必要です。地上に戻らせます」

「ああ? ふざけんな。こっちにはな、ノルマっちうのがあるんだわ、姉ちゃん。適当に回復させとけ。一日もちゃいい。あとはひと晩寝れば治るだろ」

「死んだらどうするの」


 立ち上がると、オークを睨みつけた。


「ひとり減ったら、困るのはそっちだよ。それにモーブが死んだら私……」


 ランの体から、オーラが立ち上った。ぱちぱちと爆ぜるような音と共に、黄金の火の粉のようなものまで。


「あなたたちを許さない。たとえあなたが地獄の業火に焼かれても」

「おいおい……」


 慌てた様子で、オークが手を振った。


「おめえ、ただの旅人じゃねえな」

「旅人だよ。……ただ、命を捨てて起動する魔法を知っている」

「くそっ」


 ランのハッタリに、オークは首を振った。


「ならまあいいわ。その奴隷を連れ出して治療してもらえ。俺様は鬼じゃねえ。情けの心だってある」


 なんとか自分の度量が広いって線に落とし込んだか。それにオークって、分類すれば鬼の類だけどな。


「では連れていきます」


 ランの体から、殺気が消えた。


「ほら、立てる?」

「あ、ああ……。悪いけど、肩を貸してくれ」

「うん」


 ふたり寄り添ってよろよろ歩きながらも、ランは回復魔法を詠唱し続けてくれた。俺の体調も、最深部を離れるに連れて、良くなってきた。


「もう大丈夫だ。……ありがとうな、ラン」


 地上の光が見えてきた。


「ちょうどいいわ。少しさぼらせてもらう。お前は地下に戻れ。怪しまれないようにしないと」

「ダメだよ。ちゃんとリーナ先生に治療してもらわないと。怪我ならともかく、病気に対しては回復魔法は対処療法でしかないからね。根本の原因を治療しないと。私だって心配で、土運びどころじゃないよ」

「うん……」


 考えた。ランの言うことはもっともだ。今日は幸い、もうサボり放題だ。ならプロに診断だけでもしてもらうべきだろう。


 それに、連中の切れ切れの話を繋ぎ合わせると、もういよいよこの坑道での目標達成は近いようだ。そうなれば村人はおそらく全員殺されてしまう。ならこちらも急いで動かないとならない。その意味で今見聞きしたことをさっそく整理しておきたいし、一石二鳥だわ。


「そうだなラン。そうするわ」

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