11-2 対魔族戦略会議。お夜食ティータイム付き
「地形はこんな感じか……」
その夜、俺達の宿舎に、昨日同様、リーナさんも来てくれた。五人で戦略を練っているところ。俺達が囲むテーブルには土が広げられ、そこに指で地下の地図が描かれている。
この地図は、ランが描いた。なんせ今日、初日の一日で、何度も最深部と地上を往復したからな。途中、道を間違えたふりして、脇道も一部チェックしたらしい。まだ全貌は掴めていないが、数日「道を間違え」れば、あらかた地図は完成するだろう。
地図を紙に描かないのは、もちろん証拠を残さないためだ。大雑把な通路の形だけでなく、魔族の見張り配置も描き込まれていた。
見張りは、俺が配属された最深部にオーク二体。途中、脇道にオーク一体、坑道の入り口脇に、トロール一体。このトロールは、午前と午後で入れ替わる。
「なんでトロールだけ交代制なんだろ」
「それはね、ラン。体がもたないからだよ」
砂で描いた「トロール見張り」の位置に、レミリアが指でバッテンを描き加えた。
「トロールは体長三メートル近い巨漢でしょ。消費エネルギーが半端ないんだ」
魔族に詳しいレミリアの話では、トロールは極端に筋力がある分、エネルギー消費も激しい。だから交代で休んで飯を食いまくってるんだろうという話だった。
この村に詰めている魔族連中も一日二食で、昼は見張りしながら携行食を食べている。だがトロールだけは例外として、坑道の脇でもしゃもしゃ昼飯を取るらしい。それはリーナさんも目撃していた。
「残りはオーク一体、ホブゴブリン二体、魔道士ふたり。それに例のボス級ふたりね。ボスの数は今日、モーブが聞き出してくれたし」
地図上の「魔族宿舎」を、マルグレーテはとんとんと叩いてみせた。
「魔道士ふたりは昼も宿舎に居る。そこでおそらく、なにかしている」
「きっと、ボス級と連絡でも取り合っているんだろう。……リーナさんはなにか知らないですか」
「モーブくん、多分で悪いけれど……」
水をひとくち飲むと、リーナさんはほっと息を吐いた。
「ここの魔道士は、村を取り囲む魔導障壁も構築したくらい実力がある。だから村人個々の動きを、魔法で把握してるんだと思うわ。怪しい動きがあれば、遠隔でボス部屋に情報を送って、指示を仰いでるんじゃないかな」
「それ、試したらどうかな」
地図の中間あたりを、ランが指で示した。
「どうせ脇道調べたいし明日、脇道で長時間時間潰してみるよ。おかしいと思った魔道士がボス部屋に連絡すれば、ボス経由でオークに動員が掛かるだろうし」
「でもそれ危険よ、ランちゃん」
「平気だよリーナ先生。いざとなればモーブが守ってくれるし。ねっ」
「任せろ。絶対ランを危険になんて晒さない」
「えへーっ。モーブ頼もしい……」
俺の腕を胸に抱くと、肩に頬をすりすりする。
「ふふっ。ランちゃんとモーブくん、やっぱり仲いいのね」
思わずといった様子で、リーナさんが微笑んだ。
「うらやましいわ」
「だって私、もうモーブのお嫁さんだもん。もらったんだよ、ほら」
例のアーティファクト「則天王の指輪」を、リーナさんに見せている。
「まあ」
リーナさん、目を見開いたな。
「それはそれは……」
「それにマルグレーテちゃんも、モーブのお嫁さん。ねっ、マルグレーテちゃん」
「あの……」
リーナさんの視線を受けて、マルグレーテは赤くなった。下半身を手で隠すようにして、もじもじする。
「その……。一応……」
「まさか、レミリアちゃんも」
「違うよー。あはははっ」
大口開けて、レミリアが笑った。
「あたしたちエルフは、よっぽどのことがないと、人間とは恋に落ちないもん。エルフの恋はスローペース。こっちが好きになった頃、相手はもうおじいちゃんだよ、普通は」
そういや前、レミリアからそんな話、聞いたわ。
「そうなの。……まあいいことじゃない。モーブくん、ふたりもお嫁さんができたなんて、モテるわねえ」
リーナさんに見つめられた。ちょっとどきっとする。なんせリーナさんには、ヘクトールでの別れ際、キスされたからな。気持ちの告白と共に。
「と、とにかくラン、万一ってこともある。なるだけ俺の配置から近い脇道で試せ」
急いで話を戻した。嫁の話が続くと、なんだかヤバい気がしたから。
「俺がすぐ駆けつけられるようにな」
「わかった」
魔道士、ボス、オークと命令が渡るなら、オークはボス部屋に呼び出されるはず。となればあの扉が開く。すぐ脇にいる俺は、中を覗くことができるかもしれない。――そう話すと皆、頷いた。
「そうだね。ボス部屋の造りとかわかると、決起のときに役に立つよ。もしボスの姿でも垣間見えたら、大金星じゃん」
ポケットからなにか出すと、レミリアは口に放り込んだ。
「なんだそれ」
「堅パン。晩ご飯のときにくすねておいた」
「器用だなーお前」
「みんなもやるといいよ。見張りの魔族間抜けだから、いくらでも目を盗めるし」
「わたくし、盗みはちょっと……」
「これも戦争の準備だよ。腹が減ったら戦はできないってね。はい。みんなも食べて」
懐から、次々にパンが出てきた。
「お前……こんなに抜いてたのか」
こんなん笑うわ。
「ほら、食べて食べて」
「わあいいね。いただきまーす」
「なら、わたくしも……」
「そう言えば少し、お腹空いてたかもね」
「ええ、リーナさん」
あっさり乗ったランをきっかけに、時ならぬ夜食大会になった。でもまあ晩飯は魔族が急かせるからゆっくり味わう暇もなかったし、こうして夜食が食えるのは、悪い話じゃない。明日からもレミリアにはこそ泥させとくか……。
「話を戻すけどさ」
あらかた食べ終わった頃合いを見て、俺は切り出した。嫁や仲間との和気あいあいもいいが、少しは進めないとな。
「残り一体のオークは、どこに居るんだ」
「あれは遊軍よ、モーブくん」
リーナさんが教えてくれた。そのオークは、坑道内に詰めていたり、食事の準備をする村女に睨みを利かせたりと、居所が定まらないらしい。
「おそらく、オークにしては頭が回るんだと思う。だからそうしてあちこちに目を光らせる役目を請け負ってるのよ」
「なるほど」
「で、ホブゴブリンのハンプとダンプ。こいつらは下っ端も下っ端だから、なんか魔族の用足しとかハンチク仕事とかに駆り出されてるわけか」
「そうそう。あのホブゴブリンはよく、村の外で獣を狩ってるわ。村男はほぼ全員、鉱山に投入されているからね。猟師も」
「猟師に弓矢持たせると、反乱されたときに武器として使われるからね」
「ふむ」
マルグレーテの言う通りかもな。その分、ホブゴブリンが肉や木の子の調達とかしているのかも。実際、俺達が出会ったときも多分、そんなようなことをしていたんだろうし。
「さて、これからどうする。モーブくん」
リーナさんに振られた。
「モーブくんは、私達のリーダーよ。あの卒業試験ダンジョンと同じで。うまく私を導いてね。……もちろん、みんなも」
「そうですね、リーナ先生……」
みんなの顔を見ながら、俺は考えた。まだ地図も完成していないし、敵の情報も不足している。……特にボス関連が。
「もう少し、様子を見ます。それである程度敵の様子が掴めたら、次の段階に進みましょう。それまでみんなで、目を光らせるんだ。……あとレミリア」
「なにー」
「お前には夜食調達係もしてもらう。晩飯のときに、たくさんくすねろ」
「任せてー」
「ふふっ」
リーナさんは微笑んだ。
「久しぶりで、モーブくんの采配を見られたわ。……たくましく、本当にたくましくなったね、モーブくん」
じっと、熱い瞳で見つめられた。




