10-9 正体不明のボス級魔族
「十二人に加え、ハンプとダンプは『例の野郎と例のお方』が居るっていってました」
「そうなのよモーブくん。それねえ……」
眉を寄せ、唸った。
「どうにも正体不明。多分、ここがいちばんヤバいと思うわ。宿舎にも居ないようなの。鉱山に潜る村人の話だと、最深部の脇に魔法でどでかい部屋を作って、そこで暮らしてるらしいとか」
「姿を見てはいないんですか」
「うん。稀に魔族が出入りしてて、なにか中から怒鳴り声が聞こえるとか」
「そんな大きな部屋を作れるんだったら、自分達で穴掘りすればいいじゃん。魔法で」
「彼らが探しているのは、なにかの地脈。どうやら、魔族では手を出せないらしいわ」
「てことは、聖なる存在絡みかも」
俺は考えた。近くで例のアーティファクト『コーパルの鍵』が見つかったことだし、アルネ・サクヌッセンム絡みかと思ったが、そうじゃないのかもな。そもそもアルネに魔族がちょっかい出す理由も意味もないし。
「神様関係とか」
「いや、勇者だろう」
「勇者?」
「ああラン、充分考えられる」
魔王を倒す存在があるとしたら、それは勇者。それがわかっているから、魔王はヘクトールに勇者の末裔を殺しに来たわけで。一年前にこの村に襲来したってことは、俺達がちょうど遠泳大会で遊んでいた頃。
勇者の正体のヒントがここにあると仮定したらどうか。去年の八月に魔族がこの村に襲来。地下を掘って地脈から勇者の痕跡を次々に掘り出しているとしたら……。
それで勇者の血筋がヘクトールにあると知って、三月に学園を襲った。それは失敗したので今は更に勇者の弱点を探るかなんかで、さらに地脈を漁っているとか。
ヘクトール襲撃事件のとき、中ボスは俺に向かって「お前がもしや『もうひとつの可能性』か」と言っていた。魔王を倒しかねない存在を、地脈から探ったのかもしれない。
そう説明すると、みんな頷いた。
「モーブくんの説には説得力があるわね」
「とにかくまとめてみましょう」
節くれだったテーブルを指でとんとんと叩くと、マルグレーテが切り出した。
「魔族は下っ端十人と、例のお方に例の野郎のふたり、あともしかしたら数人、幹部クラスが宿舎に籠もっているかも」
「はっきりわからないのは問題かもね」
ランは眉を寄せた。
「タイミングを見て戦いを挑んでも、後から敵に援軍が来ると厄介だよ」
「それはあるな、ラン。全部のジョブや種族が偶数なのは、冗長性を持たせて戦闘時のリスクを減らしているんだろう」
「じょーちょーせいってなに、モーブ」
「要するにスペアみたいなもんだよ、レミリア」
「そっかー。鶏肉でお腹が足りなかったら魚を食べるみたいなもんだね」
「ああそうだ」
全然違うけどな。説明もめんどいから、もうそれでいいよ。
「魔族の目的は、地脈からなにかを探ること。魔王を倒す存在の情報収集説が有力」
「それが全部終わったら、証拠隠滅で村人は全員殺されちゃうかも」
「それは充分あり得る。殺してその穴に放り込み埋めれば、村人と秘密の鉱山、どっちも隠蔽できる。一石二鳥だ」
「魔族って、残酷だからね」
このメンバーでただひとり、魔族と戦ったことのあるレミリアが呟いた。顔を歪めているから、よほど酷い経験だったに違いない。
「いずれ戦うことになるよ。どうやる、モーブ」
ランに手を握られた。
「ただ勝つだけじゃなくて、村人さんの犠牲も防がないとならないよ」
「もちろんだ」
俺は考えた。よくある手としては、闇討ちだ。魔族は全員、夜は宿舎で眠っている。村人の逃亡は、魔導フェンスで防げるからな。
「宿舎を燃やすか。マルグレーテの炎魔法、初手から全力で」
「多分無理ね」
マルグレーテは、ほっと息を吐いた。
「戦略としては、初歩の初歩だもん。当然、耐炎魔法を宿舎に掛けているに違いないわ」
まあそうか。
「寝込みを物理で襲ったらどう。忍び込んで順番に倒せばいいでしょ。いくら強い魔道士だって言っても、寝ている間にあたしの矢が心臓に刺さったら即死だよ」
「一撃必殺ができるなら、無音で倒せる。敵は起きてこないから、ひとりづつやっつけられるね、モーブ」
「ああラン。……だが問題がある。敵は全員宿舎ってわけじゃない」
「そっか。鉱山最深部にふたり居るんだったね」
「しかも話からすると、ボス級よね」
「ホブゴブリンも、名前を呼ぶのもためらわれるって感じだったし」
「だからまず宿舎の敵を全滅させ、それから地下でボス戦だ」
「ボスだと厄介だよ。多分……私達が夜中に鉱山に忍び込めば感知されるし」
「途中に罠くらい仕掛けるかもよね。ランちゃんの言う通りに」
「そこだよマルグレーテ。……だからまず、鉱山を隅々まで調べよう」
「夜中に忍び込むなら、足元の石で転ぶだけで気づかれるかもだしね」
「そういうこと。内部構造、見張りのローテーション、そのボス部屋周囲の様子……。全部調べよう」
「リーナさんは鉱山労働を免除された。つまり中の様子はわからないんだものね」
「ああ。魔族にとって村でいちばん危険な存在は、リーナさんだ。そこまで考えて、鉱山労働から外したんだろう」
「管理者にうってつけだったし、一石二鳥ね」
「そうだな、マルグレーテ」
「つまり、敵は脳筋だけじゃないってことじゃん」
レミリアは、ほっと息を吐いた。
「絶対誰か、相当頭いい奴がいるよ」
「そういうことだ。ひとりかふたり。複数配置だから、おそらくふたり。そいつが多分、宿舎のいちばん奥に控えている。そこでここの実務を回しつつ、鉱山奥のボス級と連絡を取ってるんだろう。遠隔通信かなんかで」
「仮にふたりとすると、全部で十四人ね」
「とにかく、まずは情報収集だ。あらゆる戦いの要諦は、事前の準備。俺達は明日から、ただの間抜けな旅人を偽装し、こき使われながら戦略を練る。じっくりとな」
「わたくしたちは今から密偵ね。敵の秘密を探るための」
「そういうことだ、マルグレーテ。これから毎日、夜はここで作戦会議だ。いいな」
俺の言葉に、全員頷いてくれた。




