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10-8 七滝村占拠の経緯

「入れてちょうだい、モーブくん」


 扉が微かに叩かれた。


「はい」


 軋む扉を開けると、宵闇に紛れてリーナさんが入ってきた。


 七滝村に潜入した最初の夜、俺達四人があてがわれた村外れのボロ屋。先程の打ち合わせどおりに。俺達に因果を含めさせ明日から奴隷労働に組み込むよう、ホブゴブリンはリーナさんに言い渡した。今日はその準備だけ。だから時間はたっぷりある。


「……」


 外に人影はない。なるだけ軋まないよう、そっと扉を閉めた。


「みんなが来て、びっくりしちゃった」


 辺境寒村のましてや奴隷小屋に、茶なんかない。水を入れたカップも人数分はないので、ふたりでひとつの勘定で、傾いだテーブルに並べた。


「きっとコルムくんに聞いたのね」

「ええ。居眠り……大賢者ゼニス先生も、リーナさんがここにいることは知ってます」

「私の手紙、ちゃんとアイヴァン学園長に届いたんだ」

「だからゼニス先生もわたくしたちも、ポルト・プレイザーに集まったんです」

「リーナさんの話を聞きたくて」

「ごめんねー。なんだか面倒な案件に巻き込まれちゃってさ。……で、その娘は」

「あたしは森の子レミリア。どうしてもってモーブが泣いて頼むから、パーティーに参加したんだよ。あはははっ」

「いえ行き倒れを拾ったんですよ。腹ペコで死ぬ寸前に」

「あらまあ……」


 改めて、レミリアの体を、上から下まで見ている。検分するかのように。特に胸のあたりを。


「……たしかに、発育がちょっと遅れているわね。明日、朝ご飯のときに蜂蜜ゼリーを付けてあげるわ、病人用の」

「うわーい! さすがは養護の先生だけあるねっ」


 諸手を挙げて大喜び。いやお前今、胸の話されたんだぞ。飯食えたらなんでもいいんかい。さすがは大食いエルフだけあるわ。


「俺達は、先生と村人を救いに来たんです」

「それ、さっき聞いたわ」


 リーナ先生は、ここ七滝村で、魔族との交渉窓口を任されていた。魔族にしても、頭が切れ段取りのうまいリーナさんを通すと管理が楽になるとかで、鉱山労働は免除され、様々な調整業務についているらしい。


 その権限を使って、俺達四人を村外れの目立たない家に配置してくれた。ここなら秘密の話がしやすいから。他の村人の家とも離れているし、魔族の詰め所からも遠いし。


 リーナさんはもちろんそれに加えて、村人の健康管理だの、病気の村人を労働から外す調整や治療も手掛けている。そりゃ本来養護教諭だからな。


 魔族に支配されたショックからか村長は病に倒れ寝たきりだそうだ。それだけに重宝されているということだった。


「でも、ここの村人三百人は人質も同然だ。だから正攻法で攻めるのは無理。こうして潜入して内部から倒すことにしたんです」

「賢い作戦ね。さすがはモーブくん」


 頼もしげに、俺を見つめた。


「頭がいいだけじゃない。半年で、随分たくましくなった。……もう、立派な大人の体になってるわ」


 瞳に熱が籠もっている。卒業でリーナさんと別れた日、キスされたことを思い出す。あのときリーナさん、「次に会うときは、教師と生徒の関係じゃないから」って言ってくれたんだよな。こうして見つめられると、なんだか恥ずかしいわ。


「まず先生……」


 黙ったまま見つめ合う俺達に、マルグレーテが口を挟んできた。


「魔族がこの村を襲った理由を教えてください。作戦を立てないと」

「そうそれ。私達が聞いた話では、なんでもこの村の地下で地脈を探るとか」

「マルグレーテちゃんにランちゃん。ふたりとも懐かしいわ。そういう話し方だったよね」


 微笑んだ。


「でも旧交を温めるのは、いつでもできる。今は情報を整理しましょう」


 ときどき思い出すかのように斜め上を見ながら、リーナさんはゆっくりと話してくれた。お茶代わりの水を飲みながら。


 話はこうだった。


 この村に魔族が姿を現したのは、そもそも一年ほど前のことだ。寒村に冒険者などいるはずもない。村民の多くは林業や猟師だ。猟に使う弓や短剣、それに斧や猟犬といった武器があることはあるが、戦いの経験はないし、訓練も積んでない。おまけに第一魔族との遭遇など、村の開墾以来、初めてのこと。あっさり占領され、魔族が張り巡らせた魔導障壁を出られるのは、食料や医療品調達のみに限定された。


「敵は何人です。ハンプとダンプとかいうホブゴブリンの話では、十数人というところでしたが」

「私もそれ、調べたのよ。ここは辺境。辺境すぎて納税すら免除されている貧しい土地よ。だからなのか、魔族も弱い種族が多いわ」

「戦闘より管理ということね。ここが占領されたの、王都では誰も知らないでしょう」

「マルグレーテちゃんの言う通りだね。誰も知らないんだから、王国軍が奪還に攻めてくることもないし」

「近くの都市が、なんたって歓楽貿易港ポルト・プレイザーだしな」

「それで結局、何人なの」

「そうね、レミリア……ちゃんでいいのよね。見かけた魔族はこっそりメモにして数えたの。ホブゴブリンが二体、彼らは見張り兼雑用ね。種族のよくわからない魔道士がふたり。これは万一の反乱に備えてだと思う。細い年寄りだけれど、そこそこ魔力を感じる。だから舐めてかかると危ないかも。魔族が宿舎にしている祈祷処に籠もりっきりで、ほとんど出て来ない」


 リーナさんの話は続いた。


 あとオークが四体にトロール二体。もちろん戦闘要員だろうが、どちらかというと村人に姿を晒して反乱を防ぐ役らしい。こいつら、見た目が恐ろしいからな。脳筋ムキムキ系モンスターだし。


「ここまでで十体。私が直接見たのは、これだけね」

「それで全部? ホブゴブリンは、十二人って言ってたけど」

「わからない。……宿舎でなにか計画してる幹部クラスは居ると思う」

「オークやホブゴブリンに計画も進捗も判断できやしないものね。魔道士はちょっと役割が違うし」

「食堂に出て来ないの」

「食事の量は多いのよ。ただそれ、大鍋いくつかで作って宿舎に届けるだけだから」

「ナイフやフォークの数でわからないのかな」

「いえレミリアちゃん、魔族は大鍋から手づかみみたい」

「そっかー。ちゃんとフォークとか使ったほうがおいしいのに」


 いや馬車で拾ったとき、レミリアだって大概な食い方だったけどな。丸かぶりしてたし。


「十二人に加え、ハンプとダンプは『例の野郎と例のお方』が居るっていってました」

「そうなのよモーブくん。それねえ……」


 眉を寄せ、唸った。


「どうにも正体不明。多分、ここがいちばんヤバいと思うわ」


 リーナさんは、話を続けた。

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