10-7 ホブゴブリン、ハンプとダンプ
出てきたのは、二体のホブゴブリンだった。革鎧に凸凹の鉄胸当てがくくりつけてある。鉄は素材も悪いらしく、あちこち錆びている。まあいかにも下っ端用装備だ。
一応長剣も下げてはいるが、どうせこれもただの軟鉄剣かなんかで、鞘から抜いたらサビサビだろう。むしろ錆びてざりざりの分、斬られたら余計に痛いまでありそう。まあナマクラ剣が肉を斬れるならの話ではあるが。
ゴブリンと違って、ホブゴブリンは大規模な群れをあまり作らない。数体で疑似家族的に行動するのが一般的だ。
性格は残虐というより間抜け。知性がない分、命令に忠実なので、下働きの脳筋系モンスター程度の扱いだ。ゴブリンと異なり他種族の女を襲うこともないので、無駄に軋轢を生まない。上位魔族にとって、その意味でも使いやすい駒とは言える。
「がおーっ!」
脅しているつもりらしい。
「ひ、ひえーっ」
「なにとぞ命だけはお助けを」
「きゃーっ」
こっちは適当に叫ぶ。なんだか全員おざなりだが、偽装を気づかれた気配はない。連中、頭悪いからな。
それでも、万一を考え、旅人の服の内部で、俺は剣の柄を握り締めた。背後から、マルグレーテが小声で詠唱しているのも聞こえる。
「おう、男一匹とメス三匹か」
近づいてきたホブゴブリンは、ギョロ目で俺達を睨みつけた。
「兄弟、こいつらどうする」
「そうさな兄弟、殺して食う手もあるが、ガキでもないしジジイでもない。まだ働ける歳だ。ここで食ったら、親方に俺らが殺されっちまう」
「ならどうする。このまま逃してやるのか」
「馬鹿かお前、ひっとらえて村に持ち帰るのよ」
「そこで食うんか」
「だからてめえは抜けてるって言われるんだ。奴隷にするに決まってるじゃねえか」
「そうか。砿山で働かせるんだな」
「人手不足だからなー。早いとこ、なんとか地脈を探らねえと俺達、親方に食われっちまう」
「だなー」
俺達に向き直った。地脈云々は気になるが、とりあえずなんも知らんふりで通すわ。
「お前ら森で道に迷ったんだろ」
「ど、どうしてそれがわかった。あんたら天才か」
「さっきてめえが叫んでたじゃねえか、アホ」
「ひいーっ。あれを聞かれたのかあ」
「ふん、人間なんて間抜けだな」
自分でも馬鹿馬鹿しいが、とりあえずこいつらの警戒は完全に解いたなこれで。俺達のこと、幼稚な旅人と信じ込んだはずだし。
「あんたら、魔族のトップクラスと見た。名前を教えてくれ」
「俺か? ハンプだ」
「俺はダンプ」
底辺魔族がトップクラスとかおだて上げられて、すっかりいい気だな。この調子でいずれ全員の名前掴むわ。攻撃作戦立てるときに相手の名前がわかるとやりやすいからな。
それにしても口軽いな、こいつら。……せっかくだから、もう少し突っ込んでみるか。
「あ、あんたら、俺達を奴隷にするんだな」
「おうよ」
「あんたら魔族には絶対逆らえないわ、俺達ただの旅人だから。……あんたら、何人が七滝村にいるんだ」
「お? 俺達が七滝村にいるって、よくわかったな」
「あんたら強い魔族の噂は、全世界に轟いてるからな」
「そうかそうか」
喜んでやがる。
「まあそうだなー。俺達は強いからこそ、たった十二人で村人三百人を奴隷にできてるわけで」
「十二人だったか、兄弟」
ダンプは首を傾げている。
「ひいふうみつよ、みつごおろく」
指を折って数えている。
「兄弟、おめえ今、三つを二回数えたぞ」
「そうか。ならいいわ、十二人ってことで。よくわからんし」
「あとほら、例の野郎と例のお方が」
「そうそう、忘れてた。なら十八人か」
「十二にふたり足すんだから十五人だろ兄弟」
「ちげえねえ」
二匹してげらげら笑ってやがる。
うーん……。これは信じていいか微妙だわ。とりあえず数十人規模でないのは確かだろうが、十二人プラスアルファを信じて作戦を立てるわけにはいかない。
「とにかくこっちにこい」
「はい。……お手柔らかに」
「うむ。おめえら中々素直だな。この俺様、ハンプ様が目をかけてやろう」
「ははっ、ありがたき幸せ」
なんか時代劇調になったが、まあいいか。
俺達四人を引き連れ、ハンプとダンプは森の獣道を歩き始めた。俺達の逃亡や攻撃を警戒すらせず、ふたりして先行して、後ろすら振り返らない。村を占拠する魔族が全員この程度だと助かるが、それはさすがに無理だろうな。
「ほらよ。ここが七滝村だ」
「とっとと入れ」
「はい」
特段、塀やら濠やらはない。だがなにか魔法の隔壁のようなもので、村は囲まれていた。連中が「村境」と言い張るところに、半透明の黄色いもやが、壁のように立っていたから。ただの警報なのかもしれないが、おそらく攻撃機能も持っていると思われる。これで村人の逃亡を防いでいるんだろう。
村の名前から推察できるように、村には小川が流れていた。北に五メートルほど切り立った崖があり、七つに分かれた川筋が、静かに崖壁を辿っている。
貧しそうな土レンガの家がそこここに建っているが、人気はない。真っ昼間だし、おそらく鉱山に送り込まれているんだろう。煙突から煙の立っている大きな家屋は、造りからしておそらく食堂だ。野菜を抱えて入り口から出てきた女性が、俺達を見て驚いた様子だった。そりゃあな、また四人、拉致仲間が増えたんだものな。
「ここだ」
一軒、村長の家と思しき屋敷に、俺達は連れて行かれた。屋敷と言っても単に大きいだけの話で、土レンガ造りの貧しい建物なのは、他と同じだ。
「入れ」
「はい……」
土レンガだけに壁強度が低いのか、窓はない。暗い室内には、昼というのにランプが灯されていた。ランプに使われてるのは、おそらく質の悪い獣脂。獣臭い香りが漂っている。
「おい出てこい。新しい客人をお連れしたぞ」
「ぷっ」
客人という呼び方に、ダンプが噴き出した。
「おうよ、客人だ。俺達のために働く奴隷の客人な」
「はい……」
ぱたぱたと奥から出てきたのは、リーナさんだ。春に冒険者学園ヘクトールで別れたときの姿のまま。かわいい十七歳の養護教諭の。特にやつれた様子はなく、俺は安心した。
「なんですか。……って」
俺達を見て絶句している。
「モ、モー……」
「はじめましてーっ!」
大声を上げると、俺は頭を下げた。頭を上げると、魔族にわからないよう、目で合図を送る。
「はじめまして。俺はモーブです」
「そ、そう……」
即座に、俺の意図を見取ったようだ。微かに頷いたから。
「それに俺の仲間。ラン、マルグレーテ、レミリアです」
「はじめまして」
「よろしくお願い致します」
「よろー」
「そう……」
リーナさんは、改めて俺の目を見た。
「皆さんよろしく。私はリーナ。ここ七滝村で、村の人達のまとめ役をしているのよ」




