10-2 商人「トルネコ」ことコルムのその後
「いやあ懐かしい」
じいさんの隣でベンチに陣取ると、コルムは俺達を見回した。
「モーブがヘクトールを卒業したのは四月頭だから、あれから五か月弱か……。モーブもランちゃんも、マルグレーテ様も、全然変わらないな」
「コルム、お前もな」
「少したくましくなったね、コルムくん」
「そうかな」
ランに持ち上げられて、嬉しそうだ。
「行商人を始めたからかな。まだ店を持つのはずっと先だろうけど、武器や防具の売り買いで街を回ってるんだよ」
「生き生きしてるわね、コルム」
「マルグレーテ様、そうなんだよ。すごく楽しい。武器商人の父親も応援してくれてる。移動販売馬車の屋号はもちろん、『トルネコ商会』さ。……モーブが名付けてくれたからね」
ボードウオークの端に駐めた馬車の屋号を指差した。暇そうな馬車馬は、道端の草をもしゃもしゃ食べている。
「それに仲間が増えたんだね。僕はコルム、お見知りおきを」
「あたしはレミリア。森の子よ」
「エルフかあ……。かわいいなあ……」
うっとりしてる。
「あら」
レミリアも、満更じゃないようだわ。
「あなた、わかってるじゃん。モーブとは大違いだわ。あははははっ」
例によってのどちんこ見せて笑ってるし。
「先生、コルムと待ち合わせしていたのね」
「そうじゃ、マルグレーテ。コルムとはたまに便りを交わしていたでのう」
へえ。一応担任ぽいこともするんだな。授業中はなんも教えず、ずっと寝てたくせに。
「コルムはのう、モーブやお前達が卒業してすぐ、ヘクトールを退学した。値千金の決断であった」
能力的に冒険者にはなれないと見限ったコルムは、在学中に俺に話してくれたように、予定通りヘクトールを退学し、ふるさとに戻った。父親の武器ショップで最低限の知識を身に付けると、後は実践とばかり家を飛び出した。馬車に飛び乗って。……で、あちこちで売ったり買ったり。供給の多い街で仕入れて、需要の多い街で売る。そうして小銭を稼いでは、新たに仕入れを増やす。その繰り返しで、扱う商品のレベルを上げているところだった。
「僕はね、モーブのような超一流の冒険者の役に立つ商人になりたいんだ。そのために、量産品というよりも、特にレア装備の買い取りと販売に特化していこうと思ってる」
「おう。しっかりしてるな、お前」
生まれつき商売の才覚があったんだろうな。これでかわいい嫁さんと子供をゲットしたら、マジ「トルネコ」だわ。
「それで先生、コルムと待ち合わせた理由はなにかしら。……旧交を温めるだけではないのでしょう」
「さすがはマルグレーテじゃのう……。頭が回るわ。モーブもいい嫁を取った」
「あら……」
こっちも満更でもなさそうだわ。
「もちろん、ランもかわいいしのう」
「えへーっ」
三人喜んだところで、じいさんは続けた。
「コルムはのう、あちこちの街を回っておる。商売を通じ、各地の冒険者から噂を聞かされるし。……いい密偵じゃと思わんか」
「はあ、なるほど」
そうか。じいさんは学園を離れ、旅に出た。だがひとりで回れる場所には限りがある。そこで出る前にコルムに話を着けていたのか。
「だから、コルムがゼニス先生に頻繁に便りを出していたのね」
「そういうことじゃ、マルグレーテ」
「だが手紙では詳細を伝えるのは難しい。コルムが行商でこちらに来るとわかったので、招いたのじゃ。……モーブにも情報を聞かせたいし」
さすが腐っても大賢者か。大したもんだわ。昨日、レミリアの透け水着に惑わされ、魔法詠唱すらできなくなったおっさんとは思えない。てか本当に同一人物か。実は戦略担当とエロ担当の双子で、犯罪現場で入れ替わるとかいう、ど古いミステリー小説のパターンじゃないだろうな。
「さてコルム、聞かせてもらおうか。……なんでも、リーナの居場所を突き止めたとか」
「リーナさんの!? マジかよコルム」
「ああ」
「無事なのか。どっかにとっ捕まってるとかエロいことやらせれてるとか」
「大丈夫だよ、一応は。……モーブ、妄想激しいなあ」
苦笑いしてやがる。やかましわ小太り。はよ話せい。
「貴重な防具を造るドワーフの噂を聞いて、街道を離れて山奥に向かったんだよ。ここポルト・プレイザーの割と近くで。結局そのドワーフはもう亡くなっていたんだけど、最後に鍛えた銘品を、遺族から入手はできたんだ。その帰り道、森の中でリーナさんに会ったんだ、ばったりと」
「偶然会ったってのか」
「うん」
「リーナさんは、ポルト・プレイザーでアイヴァン学園長からの次の指示待ちだったはずよ。どうして勝手に移動したのかしら。しかも理由すら告げずに」
「なんでも、とある山村に滞在してるらしいよ。七滝村っていう、隔絶された僻地に。……しばらく、そこを離れることはできないとかで」
「はあ? 捕まってるわけでもないのにか」
「うん。どうやら七滝村で人助けしているらしい」
「人助け……」
「それ、どういう意味かな。先生は養護教諭だから、お医者さんとかかな」
ランは首を傾げた。
「山村なら、お医者さんが居ないとか、あるもんね。ねえモーブ、私達のふるさとだってそうだったよね」
「ああそうだな、ラン」
魔族襲来イベントの後でランが言ってたけど、医者は歩いて二日の隣村にしか居ないって話だった。
「で、どういう理由なんだ、コルム」
「うんモーブ、その村には魔族が湧いてるんだよ」
「うそっ。魔族が襲ってきたら普通、皆殺しじゃない。モーブやランちゃんのふるさとだって……あっ」
マルグレーテが口を押さえた。
「ご、ごめんなさい」
「気にするなマルグレーテ。俺もランも、もう立ち直ってる」
「そ……そうね」
なんとか笑みを浮かべたが、それでも俺やランに悪かった、口が滑ったという表情だ。気にしなくていいのにな、マルグレーテも。
「殺されてないってことは、魔族に使役されてるんだよ。そういうケースもあるって、あたしも聞いたことある」
手持ちのボトルから、レミリアは冷たい茶を飲んだ。
「まあ聞こうよ」
「マルグレーテ様が言ったように、リーナさんは、ポルト・プレイザーで指示を待つ予定だったんだ。そう言ってたよ」
「なにかあったんじゃな」
「ええゼニス先生。その村は魔族に掌握され、遠くに離れることは禁止されていたようで……。それでもただひとり、医薬品の買い出しを許可された娘が、ポルト・プレイザーに来たそうです。そこで、ヘクトールの養護教諭の噂を聞いた。養護教諭なら医薬品は詳しい。しかもポルト・プレイザー起点であちこち、調査に赴いているという。それなら当然、魔族にも詳しいはずだ。おまけにそもそも王立冒険者学園の教師なわけだし」
「リーナはのう、ここを起点に、とある存在を調査していたのじゃ」
思わせぶりに、じいさんが俺を見た。
リーナさん調査の件は、ここでじいさんに会ったときに聞いたからな。羽持ちの謎を調べていたと。羽持ちとアルネ・サクヌッセンムの繋がりを解明したのもリーナさんだと。
「そう判断した娘は、リーナさんの後をつけて、逓信処の外で、リーナさんに接触したそうだよ。村に来て助けてほしいと、そのとき頼み込んだんだって」
コルムの話は、長く続いた。




