10-1 アーティファクト「コーパルの鍵」
「おう、来たかモーブ」
「先生……」
翌朝。俺達がビーチ沿いの公園に向かうと、居眠りじいさんは約束どおり待っていた。砂浜から一段高く、ポルト・プレイザー周回馬車も通る、幅広ボードウオークがある。その脇の東屋で。
ベンチとテーブルを備えた東屋は、ボードウオーク沿いに転々と設置されている。おおむね、将棋やチェスに似たテーブルゲームを楽しむじいさんが占拠している。若い連中は、公園なんて眠いこと言わんで、ビーチでいちゃつくからな。俺だって本来、今日はそれしてたはずなんだけどさ。
「なんじゃ、みんな水着ではないのか」
リゾートウエアの俺達を見て、露骨にがっかりした表情だ。
「先生、興奮するとお体に悪いですよ」
マルグレーテにあっさりいなされている。それでも大賢者か。そこらの隠居じじいがガールズバーであしらわれてるのと変わらんじゃん。
「話があるんだよね、なに」
じいさん向かいのベンチに陣取ると、レミリアは腕組みした。約束の買い物が後回しにされたからか、微妙に機嫌が悪い。
「早く済ませてご飯食べたいんだけど」
ちっこい体で大食いエルフだからなー、こいつ。
「そう慌てるな。まだ来ておらん」
「誰かと待ち合わせですか、ゼニス先生」
ランは興味津々といった様子。
「おうよ。お主らも知っておる男じゃ」
「わあ楽しみ。誰だろう」
「誰っすか先生」
居眠りじいさんが待ち合わせるとしたら、まさかとは思うがハーフエルフのヘクトール学園長アイヴァンとか。
「そう焦るな。時を待て」
これだからなあ……運命論者って奴は。人生は自分で切り開くもんじゃないのかよ。
「ならまあいいか。ちょうどいい。待ち時間に俺も、先生に聞きたいことがいくつかあって」
いちゃつきもできないし、無駄時間を生かしたいわ。
「ほう、なんじゃな」
「ええ、まずこれです」
迷いの森で見つけた謎アイテムを、テーブルに置いた。例の小判状の奴。透明に墨流し状の茶色い模様の入った、樹脂製のように見えるアイテムだ。
「これなにかわかりますか、先生」
「鑑定スキルに定評のある、冒険者ギルドでも鑑定できなかったんです」
マルグレーテが付け加えた。
「もちろん、わたくしの鑑定スキルでもダメ」
「これは……」
眉を寄せると、手に取った。俺を見る。
「どこで手に入れた、モーブ」
「迷いの森です。いろいろあって……」
レミリアの借金解消のため、人買い業者の要請で、絶倫茸とか、気味の悪い植物採取に行った。そのついでで見つけたんだよな。
「水辺にあったから、どこからか流れてきたんじゃないかな」
「これはのモーブ、『コーパルの鍵』だ。……間違いないわい。特殊なアーティファクトじゃ」
「なんすか、それ」
鍵というからには、宝箱を開けるとか秘密の通路を開くとか、そうした存在だろう。
「前、アルネ・サクヌッセンムの話をしたじゃろう、モーブよ」
「ええ。なんでも、世界開闢のときから、うんえ……謎の存在と、世界の運命を巡る戦いを繰り広げているとか」
アルネの相手がおそらく原作ゲームの運営だろうと、俺は判断している。だがじいさんやマルグレーテといったこの世界の住民には、「運営」なんて意味不明だろうしな。
「これはの、アルネの居場所とつながる鍵だ。アルネと会ったことのあるわしなら、アルネの波動はわかる。……このアイテムから、その波動が漏れておるでな」
「時の琥珀っていうとこに住んでるんでしょ、その人」
「いやラン、住んでいる……という言い方はあまりふさわしくはないのう」
笑ってる。
「隠れているとか存在しているとか、見守っておるとか、そういう在り方だわい」
「へえー、大賢者なのに地味だね」
身も蓋もない感想を、レミリアが漏らす。
「先生はアルネの野郎と会ったんでしょ。このアイテムを使ったんすか」
「いや、わしは違う。それにお前だってモーブよ、アルネに会うのに鍵が必須なわけではない。これを持っておれば、会える可能性が増す程度に思っておけ。……今はな」
「はあ……」
わけわからん。まあ持っていて危険なものとかじゃないとわかったんだから、マイナスはなんもないか。
「じゃが、なぜこのような貴重なアイテムが、落ちておったのか……」
ひとつ唸ると、横を向いて海を見つめた。寄せては返す波の上で、小魚を狙う海鳥が代わる代わる海面に突っ込んでゆく。
「水辺か……。たしかにどこやらからか流れ込んだと考えるのが自然。流れは地下から生じ、また雨水からも始まる。そして山の上には……」
ふと、俺を見る。
「たしかあの森には古代の祈祷処があったのう」
「ええ」
そもそもその周辺が俺達の目的地だったからな。
「そしてあの森は魔族に封印されてしまった。……魔族とサクヌッセンムが一本の糸で繋がるとすると……」
「それはなんです、先生」
「うむ、それは……」
「それは?」
「さっぱりわからん」
「……」
俺の脳裏に、ズコーッという擬音が鳴り響いた。
「先生、お年を召したんじゃあございません?」
マルグレーテも呆れた様子。
「ただの偶然かもしらんしの。ま、考えておくわい」
「カフェの女の子のことばかり考えないで、くれぐれもお願いしますね」
「ほっほっ。これは一本取られたわい。……で、モーブ、次の質問はなんじゃな」
「これも迷いの森……というかその祈祷処絡みなんですが、変な女の映像が祈祷処に出現しまして」
俺は説明した。樹木神ククノチ戦レアドロップ品「渡り鳥の魂」を持って祈祷処に近づいてから起こったことを、全て。
「その女のことが知りたいのじゃな」
「ええ」
「魔族だったのは、確かか」
「うん」
レミリアが頷いた。
「あたし魔族と戦ったことあるし、まず間違いない」
「うむ」
「でも……少しだけ違う感じもしたんだ。ちょっとだけ人間ぽいというか。……雰囲気が」
「ほう」
「だから、もしかしたらヴァンパイアとかかも」
そういや、そんな雰囲気あったわ。瞳も真っ赤だったし、吸血鬼っぽいというか。
「もしヴァンパイアだとしたら、かなり高位ね」
マルグレーテが口を挟む。
「とても強そうだったもの」
「かわいい娘だったよね」
「そうだな、ラン」
頭を撫でてやった。ランはうっとりと瞳を閉じている。
「カーミラ、そしてヴェーヌス。ふたつの名前を持っていたのだな、その女は」
「そうです、先生」
「もし魔族だとしたら、厄介じゃ。ふたつの名前を持つ魔族は、滅多におらん。魔王が許さんからな。……それにそもそも、ふたつの名前を持つということは、二面性を持っておるということだ」
「もし戦いになるとしたら、厳しいわね」
マルグレーテは顔を引き締めた。
「映像からもわかるほど、強大な力を感じたし」
「その女がモーブ、お前といずれ会うと言った。お前を殺すために」
「そうです」
「じゃが、そうは心配はいらんだろう」
「どうして。モーブが襲われたら、わたくし……」
「泣くなマルグレーテ、心配ないわい。その女は『いずれ相見えることになる』と言ったんじゃろ」
「そうっすね。正確にそう言ってました」
「『いずれ』なら、すぐ襲いかかってくる可能性は低かろう。そもそもその女は、映像で現れた。とうことは、離れた地にいるのであろう」
なるほどな。それに「あの森は封印していたはず」とか言ってたわ。おまけに画面外のあらぬ方向を見たり、なにか操作したりしていた。画面外の誰かと会話したり。……てことは、どこかコントロールルーム的な場所にいるんじゃないか。航空管制室的などこかとか。いやなにをどう制御してるのかは、さっぱりだが。
となるとそこの業務もあるだろうし、そもそも実際に遠い場所だろう。忙しいからこそ「いずれ」と言ったのかもしれないし、居眠りじいさんの判断にそう間違いはない気はする。
まあ間違ってたら俺は襲われて死ぬかもしれないが、わからない部分で悩んでても仕方ない。誰だって交通事故で死ぬ可能性はあるけど、「俺、明日交通事故で死ぬかも」と思って悩んで生きてはないだろ。それと同じ。その日が来るまで楽しく暮らすだけさ。それが人生だ。
「だから今日の人生を楽しめ、モーブよ。そしてラン、マルグレーテ、レミリアも。生きるのだ」
「へえ……」
レミリアが、感心したかのような声を上げた。
「エッチなだけの困ったおじいさんかと思ったけど、一応賢者なだけはあるんだね」
「エッチなだけとは何だ。これでも賢者、というか大賢者じゃぞ」
「先生、ほら」
抱き寄せると、ランの胸を揺らしてみた。
「うむっ!」
いや、思わず立ち上がってるじゃん。目を血走らせて。こいつマジ、居眠りエロじいさんだわ。
「大賢者ねえ……」
マルグレーテが、溜息を漏らした。
「とりあえず、わたくしとランちゃんのお尻を触るのは、もう勘弁ですわよ」
「あれも業務だ」
「業務って――」
「それよりマルグレーテ、あれを見よ。客人が来たぞ」
「モーブ! モーブじゃないか」
背後から声が掛かった。見ると荷馬車だ。荷台を覆う幌に、「トルネコ商会」というロゴが描かれている。御者席で笑っているのは、もちろん俺が「トルネコ」とあだ名を着けたクラスメイト。つまり武器商人息子の、コルムだわ。俺やランと、王立冒険者学園ヘクトールの最底辺Zクラスの同級生だった、小太り野郎の。
「懐かしいなあ、モーブ。見てくれよ、僕、ちゃんと武器商人になったよ」




