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9-20 鳴り響くモーブコール

「ピッ!」


 試合終了を告げる笛が響くと、大歓声が巻き起こった。二十一対二、俺達の圧倒的勝利だ。


「くそっ!」


 居眠りじいさんこと大賢者ゼナスこと本当は大賢者ゼニスが、吐き捨てる。


「モーブお主、早くこの邪悪な術式を解除せい」


 なんせ俺のバグ技で、相手チーム全員、場所固定されたからな。一歩動くどころか、足が砂浜に固着されたので、ビーチバレールールにある途中でのコートチェンジすらできず、放棄した始末だし。


「もう平気ですよ、先生。動けるはずです」


 試合が終わったからな。自動的にバグ技は解除されたはずだ。


「おう……動くわい」


 気持ち悪そうに、二歩三歩と、砂を踏み締めている。


「ゼーさん、あたしも歩けるよ」

「あたしも」

「やったあ! ねえねえお願ーいっ」


 歩けるようになったカフェガールが、駆け寄ってきた。


「水着にサインして、モーブさん」


 手回しよく、太いペンを握り締めている。


「またか……」


 まあいいか。でもビキニだし、胸に書くしかないけどいいんかな。


 キュッキュッ。


「はあは……あ……、あっ!」


 体を震わせた。


「モーブ様、お上手……」


 胸の先を突いた俺のペンを愛おしげに握り締め、濡れた瞳で、うっとりと俺を見つめる。いやいつの間にか「様」に格上げになってるし。


「ずるーいっ。あ、あたしも」

「私が先よっ」

「並んで並んで」


 ひとりひとり俺がていねいにサインする間、じいさんは悔しそうに唸っていた。悪いなじいさん。でも別にエッチな行為に入るわけじゃないし許せ。……それにあんたの彼女でもないし。マッサージ師扱いされてるんだろ、自分だって。


「はあ……モーブ様、またカフェに来てねっ」


 最後にひとりひとり、ハグされた。いやハグというにはもうちょい熱がこもってたけどな。


「じゃあねーっ」


 カフェガールズは観客席に近寄って、またなじみ客と雑談したりしている。そこはやっぱ客商売だからな。しっかりしてるわ。


「ふむ……まあいいか」


 はあーっと、じいさんは息を漏らした。


「最後の最後、お主に寝取られたとはいえ、わしだってガールフレンドの水着姿は見られたし。それにマルグレーテやラン、レミリアの……むふふ」


 瞳を細めると、レミリアのバスタオル姿を見てやがる。これ本当に前大戦の英雄たる大賢者かよ、マジで。


「……にしてもモーブ、お主、奇妙な技を持っておるのう。ヘクトール入学式以来、久々にお前の謎の力を見たわい」


 真面目な顔となった。


「大賢者アルネ・サクヌッセンムが、『特別な存在』とお主の登場を予言しておったのは、これか」

「勝手にコマにされるのは迷惑です」


 はっきり言っておいた。アルネ野郎と運営が、世界の運命を巡って争っているとか言うが、正直、勝手にやれ。俺を巻き込まないでほしい。そう告げると、じいさんは奇妙な笑みを浮かべた。


「まあそう言うな。運命のストリームには従うことじゃ。……ところで今の技はどうやった。魔法でも幻術でも、呪術でもない。大賢者たるわしでも知らんぞ」

「神に祈ったんですよ」

「神に?」

「ええ。きっと『運命を司る神』って奴が、俺に味方してるんでしょう」


 俺が転生者で、前世の経験からこのゲーム世界のバグ技を使ってるとか、説明しても意味不明だろうしな。……少なくとも今、明かす必要はない。じいさんに俺の正体を教える日が来るかもしれないが、とりあえず今日じゃない。


「よほど祝福された身の上に生まれたのじゃな、モーブ」

「まさか。神に祝福されてるなら、孤児みなしごなんかになるわけないじゃないですか」

「それもそうか。ほっほっ」

「ゼーさん、もう行こうよ。お酒飲も」

「そうそう。あたしたち、今日は非番にしてもらったからさ。大会出るってことで」

「しかもちゃんとお給料もらえるんだからね。おまけにマネジャーが、ご飯とお酒、奢ってくれるって」

「今行くわい」


 女子に手を振ると、俺に向き直る。


「ところでモーブ、明日、用事があるか」

「大事な用があります。ビーチでだらだらです」


 例のデッキチェアで、少し酔ったランやマルグレーテと、波の音を聞きながらいちゃいちゃしたいしな。レミリアはレミリアで、うまい酒とつまみでも食わせとけば、脇で俺達がいちゃついてても気にせず大喜びだろうし。


「ふむ……。それは明後日にせい。十一時、ビーチ沿いの大公園で待っておる」

「急用ですか。……まさかリーナさんの」

「元から誘うつもりではおったが、今日、お主の技を見てな。なおのこと明日は会っておかねばならん」


 レミリアの透け水着で大喜びしていたおっさんとは思えないくらい、真面目な瞳。大賢者の顔だ。


「……ならいいですよ。ビーチでいちゃつくのなんか、いつでもできるし」


 とりあえず今晩、寝台で思いっ切りあれこれするし。俺は欲求不満というわけじゃない。


「さあ、モーブさん」


 俺の手を、司会者バニーが引いた。いつの間にか、実況席はもう片付けられてるな。そこにお立ち台が置いてある。


「こちらで勝利者インタビューをお願いします」

「はいはい」


 レミリア解放に協力してもらったしな。礼としてリゾートを盛り上げるのに協力すると、マネジャーと約束している。これも仕方ないわ。


 お立ち台は、観客席の真ん前。ランやマルグレーテ、レミリアが立つと、大歓声が巻き起こった。


「うおっ! 超近い! は、早く魔導カメラマンを(以下同)」

「レミリアちゃん、もうバスタオル外してるじゃん」

「くそっ! もう透けてない」


 そりゃ、透けが消えたからタオル取ったわけで。残念でした。


「なに、透けてなくても最高だろ。なんせエルフだからな。稀少種だ」

「……まだ子供だけどな」

「なんの、俺のストライクゾーンだ。ちょっと老けすぎてはいるが」


 ひとり変態が交ざってるな。


「モーブさん、勝利の要因はなんですか」


 バニーにマイクを突きつけられた。


「パーティーのチームワークですね」


 マジ、そう思ってるからな。第一戦の沖仲仕戦からじいさん戦まで、多彩な敵チームの戦略に、臨機応変に対応できたのは、気心知れた仲間だからだ。


「なるほど。たしかに見事な連携でした」


 頷いた。


「チームの連携には、水着戦略も大きかったのでは」


 もう我慢できんといった表情で、コメディアンが口を挟んできた。


「は?」

「ランちゃんの南国ワンピース、それにマルグレーテ様の紺スク水と、最高の組み合わせでした」

「はあ……」


 いやこいつ、なんでスクール水着のこと知ってるんだよ。この世界にスク水概念なんかないぞ。こいつが転生者なはずないし、エロ妄想が凄すぎて、外の現実世界のエロ概念が脳に侵食でもしてるんかな……。


「それに切り札がレミリアちゃんとは思いませんでした。まさかのまさか、最終戦まで隠し通した挙げ句、透け攻撃に出るとは、この李白、夢にも――っ」


 ボコボコボコっ。ピー――。


 バニーちゃんのマイク拳が炸裂し、コメディアンは砂浜に突っ伏した。もうお前、そのまま明日の朝まで眠ってろ。


「と、ところで……」


 バニーちゃんが、なんとか話を戻す。


「優勝賞金は、なんに使いますか」


 そこそこ、普通の人の年収分くらいはある。だが俺は、もう金はいらんのさ。ここリゾートに大量のコインをまだキープしているからな。おまけに終身利用権もらったから、ほぼほぼなんでも無料だし。


「そうですね……」


 なんも考えていなかった。俺の手を握ったマルグレーテが、耳元に口を寄せてくる。


「後でゆっくり考えます、よ、モーブ」

「あ、後でゆっくり……」


 復唱しようとしたが、脳裏に、悲しそうな女の子の顔が浮かんだ。


「……いえ、カフェスタッフのジャニスに半分進呈します。ご家族が病気とのことなので」

「まあ……」


 仕事を忘れて、バニーが素の顔になった。


「それは……ありがとうございます。ジャニスも喜びます」

「モーブ……」


 マルグレーテが、俺の腕に腕を絡め、胸に抱いた。


「素敵よ……」

「あと残り半分。これはですね、観客の皆さんに一杯奢ります」


 うおーっという歓声が、ビーチの砂を揺らした。波の音なんか、かき消えて。


「今晩、ビーチ沿いに蜂蜜酒のパンチを大量に作ってもらいましょう。フリードリンクです。常夏のビーチで、ゆっくり酒を楽しんで下さい」


 拍手喝采、歓声。


 やがて歓声は、モーブコールへと収束してゆく。真っ昼間の熱気に、モーブコールはいつまでも鳴り響き続けた。




●次話より新章「リーナさんの密偵、そしてブレイズの影(仮題)」に突入!

ビーチで会合を持ったモーブとじいさんの元に、意外な人物が姿を現す。リーナさんはどんな事件に巻き込まれているのか。全てが判明したとき、モーブを待つ陰謀とは……。

お楽しみにー


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